第301話、あなたが幸せならばそれでよいと言いたい



「ひどいよマチカさん。初めてじゃないよ?『喜望』のビルで自己紹介したと思うけど……」


すると少女は。

まるで呼吸するみたいに嘘をついて見せた。

あまりに自然すぎて、分かるマチカが申し訳なくなるくらいに。



「……私ね、こう見えても寂しがり屋なのよ」


ため息の後の、唐突なマチカの言葉。

意図が分からず、首を傾げる少女。



「一度自己紹介した人は忘れないの。だって、もしかしたらこんな私のお友達になってくれるかもしれないでしょう?」


しかし、それだけで理解が及んだのか。

その瞳に、どこか強い光か灯る。



「あなたとは今が初めての出会いのはずよ? 『喜望』のビルで会った沢田晶さん。若桜で会った、晶さんの妹の真琴さん。あなたは確かにその二人によく似ているけれど」



それは恐れか喜びか。

少女の顔にあどけない幼さが消える。

まるで、硝煙の香りが似合う、そんな雰囲気だ。



「単純に三つ子のお姉さんって線も考えないではなかったけどね。あなたは私と同じみたい。二人のファミリアの主。加えて、赤いダルルロボ側ともとれる発言。なおかつタイミング良くあなたはこの場所に現れた。……そんなあなたはどこの誰? 差し支えなければ、教えて欲しいのだけど」



それは、あるいは。

マチカが自身の分身である二人がいたからこそ気づけたことなのかもしれない。


ファミリアは、決して無から生まれるものではない。

家族のような強い繋がりがそこにある。


性格や容姿、理想の自分と出せない自分。

裏の顔に見栄。

使う能力者そのものの姿が、様々な形で反映されるからだ。



「風間真。……世間ではレミと呼ばれているようだね」


すると少女は。

くるりとカードをひっくり返すみたいに。

口調も態度も雰囲気も変えてそう名乗った。



彼女がレミという名の人物であるかもしれないということは。

マチカの考えうる可能性の一つとしては確かにあった。


赤いダルルロボが口にした明確な首謀者の名前。

赤いダルルロボが教えてくれたこの異世の意義を知っていること。

なおかつ、タイミングを計ったかのようにこの終着点に現れたとなれば。

かなり高い確率だといってもいいだろう。


だが、それを認めてしまうと、納得できない点がいくつかあった。



「それじゃあ、私たち側にいるようにも見えた晶さんや真琴さんは……」

「敵とか味方なんてはじめから存在していない。誰かにそう言われなかったかな?」


そんなものには縁遠い感じもしたのに。

少女の言葉には明確な熱がこもる。

身内を貶められそうになったことに腹を立てたか。

無頓着で傍若無人に見えて、その実内ゲバなのかもしれない。

そんなところは自分に似ていると思うと、苦笑浮かべずにはいられないマチカである。



「何かおかしいことでもあったかな」


余裕そうに見えて、存外余裕がない。

おそらく、マチカはイレギュラーだったのだろう。

寝こけもせずに毒を吐いてくるなんて、思いもしなかったに違いない。


ならばとばかりに。

マチカはそれに応える意味で言葉を続ける。



「二人のファミリアを生み出して。人を眠りに誘う能力を持っていて。さらにこんな夢を見せる世界を作るなんて、できるものなのかしらね?」

「妹たちは私の夢の産物だ。夢というものにくくれば、理に叶っている。不可能はないはずだ」


自信ありげに。少女の余裕が戻ってくる。

事実カマをかけたが、音に聞く通り名を持つ彼女ならばそれは正しいのだろう。


だが、マチカが知りたかったのはその事ではない。

カードは揃った。

今まさにマチカが一番聞きたかったことを、口にする。



「でも、この現実の世界……無機質な鉄でできたこの世界は、あなたが作ったわけじゃないでしょう?」

「……っ」


本当の意味での言失。

それを見てマチカは、ど忘れしていたものを思い出した。


それは身代わりだ。

世界の『もう一人の自分』。

畳み掛ける。



「そして私は、この世界が……」

「それ以上は言わなくていい。君が真実を知っているのなら語るのは無意味だ。私だってそれを知っているのだから」


ぴしゃりと遮る、有無を言わせない言葉。

焦っている。

その意味にマチカは気づいて。



「真実じゃないわ。ただの予測よ。私は何も知らないの。何故こんなことをしなければならないのか。どうしても知りたいの。ひとりぼっちはイヤだから」



突き詰め、露わにするのではなく。

共有の道を選んだ。

それは、マチカの真の願いだ。


悲壮とも取れるもの。

邪魔はしないから仲間に入れて欲しい。

たとえはじっこでも、同じ舞台の上で見ていたい。

そんな本音。



「……たいしたものだ。知りたいが為だけに真実にたどり着くとわね。知己さんでさえ、その事には気づかなかったのに」



破顔一笑。

誰にも言えなくて苦しかったものが解放されたかのような、そんなカタルシス。



「どうかしらねぇ。私が気づくくらいなんだから、知己さんだって気づいているんじゃない?」


おそらく、知己をさらったのは彼女たちで。

そのよく似た容姿で入れ替わりという悪戯を画策したのだろう。


何故それをする意味があるのかは二の次だ。

おそらくは、マチカが思うに知己は気づいている。

気づいた上でそんなものは関係ないとばかりに彼女たちにつき合っているのだ。


知己は、そういう人だから。

マチカはそう確信していて。




「それは……参ったね」


全く持って痛くもかゆくもなさそうな、そんな言葉。

再び彼女の余裕を崩してやろうとマチカなりの意地悪であったが、もとよりその事は織り込み済みだったらしい。



「……となると。あまり無駄話をしてる余裕はなさそうだ。どのみち夢の中で教えるつもりではいたんだ。さっそく真実を知る旅に出ようじゃないか」

「真実を知る旅、ね」


それはきっと間違ってはいないのだろうが。

あまりにストレートすぎて、そのカールがかった髪型のごとくひねくれているマチカは、胡散臭いなどと思ってしまう。



「お気に召さないかな? 若桜の友達はもうそれを知っていると言うのに」

「真実を知る旅、格好いいじゃない。今すぐ行きましょう、そうしましょう」


だけどそんなことを言われてしまえば。

初めから渋るつもりはなかったが頷くしかなかった。


と言うより、気づいてしまったのだ。

先ほどの夢を作り出したのが彼女……真であるならば。



「大丈夫。私はあなたの夢を応援しているよ」

「……」


サムズアップして白い歯を見せらそう言われて。

恥ずかしくて逃げ出したくなる夢は、全て彼女の手のひらの上で。

マチカは指の先まで赤くして言葉失うしかないのだった……。



それは……。

知りたかった真実が。


マチカの予想を遙かに超える悲劇であることに気づく、ほんの数刻前の出来事。




            (第302話につづく)










  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る