第353話、始まりの救世主の、嘘つきパラドックス



「……戦えないのなら、戦う必要なんかなかとよ。それは負けとイコールじゃなかと。正面切って戦って勝つのが無理なら、他の方法を考えればよかと。理想の未来を探し、過去を改める。あなたたちに、この場所を、未来へ続く異世シェルターを、守り導いて欲しいとね。手紙にもあるように、世界の破滅を避け、生き延びようとする人たちが、これからここの地下にやってくるから。すべての状況を知り、導いてくれるリーダーは必要不可欠なんだ。そして、そんなリーダーに須坂勇さん、あなたが相応しいってそう思ってる。何より、この父の創った異世なら、今のままでいられると思うから」



ここに留まる理由も、外に出なくてもいい理由が、目的が、用意されている。

まゆの両親は、ここまで分かっていて互いに命を賭し、全てを託したのだろうか。


つくづく頭が上がらないと、改めてまゆ……ケンは思い知らされ、先ほどとは別種の苦笑を浮かべるしかなかったが。




「くくっ。途中で投げ出そうと言うボクに、そんな事実から目をそらせよとばかりに役目を与えるっていうのか。……面白い。せめてその程度のことは、まっとうしてみせようじゃないか」



勇に与えられた使命は、簡単ではないだろう。

それでもその程度と断ずるのが彼の最後のプライドであった。



「本当は創造者の娘たちが責任を負うのが筋なんでしょうけど、早々に別の役目を与えられちゃいましてね、すみませんがお願いするよ」


ケンはその役目を負うのが、たった一人残された天使であると示すように、リアの頭を軽く叩く。

分かっているのかいないのか、「はいですっ」なんて力強く頷いてみせるリアに。またしても別種の笑みが浮かぶというもので。

 


「それじゃあ二人は……外に?」


話の流れでリアとまゆ……ケンがここに残らないと言うのを理解したのだろう。

心配げに問いかける塁に、ケンは一つ大きく頷いて。



「まだ手紙、渡してない人もいるし、この娘以外にも外に出たがったいる娘たちが何人もいるから。僕はどんな結果になるにせよ、その娘たちを見届けたいんだ」


その結果、自身はどうなるか。

自分で本音を口にして、どうなるか分からない事に気づかされるケン。


自身の行く末が、どうでもいいだなんて、まるでどこかの天使みたいだ。

……と、ある意味背中の翼を認識し、気づかされたのはその瞬間なのかもしれなくて。


ケンが蚊帳の外にいる気なのを、リアはその言葉で気づいたのだろう。

三度目はないぞ、とばかりに、フォローするみたいにリアが言葉を繋げる。



「時の扉……お舟です。その鍵を見つけて、扉をあけて、未来とか過去に行くのです。きっと、『パーフェクト・クライム』さんと仲良くできる方法があるはずですから」



かつてのまゆ達のように、災厄を滅するのではなく、手を取り合うこと。

まだ未知数のリアのカーヴ能力ではあるが、一度戦う羽目になったまゆは、確かにその片鱗を感じ取っていて……。




「そっか。だから役割分担、なんだね」


お互いうまくいけばいいなと、続く塁の言葉は、その場のみんなの総意だっただろう。

 


(でも、その扉は……)


時の舟を、扉を開け動かすための鍵が多大な犠牲を元に生み出されたように、大きな代価を必要とするんじゃないか。


敵側にいた事で分かる事は多い。

それを地で行く哲が、それを口にしようとするも、さりげなくリアの背後にまわった事で、唇に人差し指をあてたケンに止められる。


それに対し、反論などは特になかったが。

やはり天使は身内にこそ残酷な生き物であると見せつけられたような気分で。

それなりに付き合いの深かった塁が、そんなまゆを諌めようと声を上げかけたわけだが。


ややこしく余計なことはしなくてもいいと言わんばかりに塁の言葉を遮るようにして。

勇、哲、塁の身体が底なし沼に沈むがごとく、赤い地面に落ちていくではないか。



「……わわっ!」

「む、これはっ」

「ああ、力ある、残るべき人々は地下深くに運ばれてるみたいだから……君たちの役割がが決まった事で案内してくれんじゃなかと?」


思わず焦りもがく三人に、ケンは話題を逸らすようにそんな事を口にする。

 

「……初めからこうなるコトが分かってたみたいで嫌んなるな」

 

当然、そんな愚痴めいた哲のボヤキは、スルーするしかない。

まぁ、こうなったのはあくまで結果論で、狙ってやったわけではないとは主張しておきたいわけだが。



「リアさん……と、特にまゆさん? 命を粗末にしないでくださいね」

「はいです。お姉ちゃんはリアが守りますっ」

「まさかそんな言葉を塁さんに言われるとはね。会った時には思いもよらなかったと」


ここに来てもスタンスの変わらないリアに、まるで立場があべこべだなと苦笑を浮かべるケン。

 

初めて会った時のことを知っている。

リアが目の前にいる。

まゆにそっくりなケンを疑っていなかったから、塁としても流していたが、やはり目の前にいるのはまゆ本人なのだろうか。


今ここにいるまゆには、かつて行動を共にしたまゆにはなかった生命力のようなものがあって、塁自身違和感を覚えていたのだ。

でも、今度こそと口にしたリアは、それすら分かって一緒に行動しているように見える。

 

つまりはどう言う事なのか。

興味本位でしかないそれは、当のケンとしては誤解というか流されたままでいる勘違いを解いてくれるならそれに越したことはないと思っていたのだが。

 


「ふむ。二人の出会い……かつての無謀な頃の塁の話か。たしかそんな彼女に哲もイロイロちょっかいをかけたのだろう? ……時間はあるようだ。その辺りの一大巨編、是非にもお聞かせいただきたいものだな」

「ちっ。余計な事を」

「え? えっと、それはそのっ」

 


命を粗末にしかけていた頃の塁と、悪役だった頃の哲。

知っているようで知らなかったそれらに、勇は柔らかな口調ながら目が笑っていなかった。


単純に仲間はずれが嫌で、拗ねているだけなのだが。

それは怒ってるな、と思わせるのには十分で。


結局、まゆがケンである事が、その場で晒されることはなく。


ぐだぐだな、だけどまたの再会を約束する以前に当然なことだと、そんな雰囲気が漂っていて……。

 

 


そのまま……三人がゆっくりと、赤い大地へと沈み込み。

後には天使の姉妹と赤いまん丸の、浮かぶロボットだけが残されて。



「……あっ、お姉ちゃん、とじこめられちゃったです。どうしよう」

「ふふ。何をおっしゃる妹ちゃん、あてくしの能力、忘れちゃったと?」

「あ、そでした。黒いわっかで出ればいいんですね?」

「……」


ならば、それと白い輪をうまく使えば勇たちも脱出できたのではないのか。

リアだけでなく、赤い法久ですらそれに気づいて無言のプレッシャーを与えてきたわけだが。


「さ、さぁ、時間ないよ、急ぐとねっ」


ケンは、根拠はないが最もな言葉でそれを誤魔化すことにしたのだった。


想定通りとはいかないけれど。


予定通りにはなっている展開を、自分の心中だけにとどめながら……。



            (第354話につづく)







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