第352話、あの夏の魔物へ敗北が、ボクらを大きく成長させてくれた


「いや、ちょっと待つとね! 鳥海……いや、うちの母から手紙を預かっとると。読んで欲しいんだ」


石渡怜亜宛のものを除く、残りの手紙。

慌てて取り出し渡そうとするも、そんな事をしている間にどんどん狭くなっていく壁の隙間。

加速度的に早くなっていくそれは、ケンをますます焦らせるには十分で。



「あっ、しまっ」

「もうっ、お姉ちゃんってばーっ!」

「……っ」


思わず触れてしまった肉壁。

瞬間、強烈に吸引される感覚。

ケンが声をが上げるのと同時にさらに強くしがみつくリアと、赤い法久。

両方から押さえつけられる形となったケンは。


「うおぉーいっ!?」


そのまま、塁達のいる壁の向こうへと吸い込まれていって……。






そのまま放り投げられたかのごとく。


反対側に投げ出されるケン。

ちゃっかり赤い法久とリアは、ジェットと小さな翼を使い、地べたとのキスを免れていて。

ケンから言わせれば何だかなぁ、という感じである。



「ふん。正に自業自得ってやつだ。あまりにお手本すぎて逆にためになるよ」

 

辛辣で、だけど呆れたような声を上げたのは勇……ではなく、それまで言葉を発せずにいた哲であった。

それを、正論付けるかのごとく嫌な音を軋ませて閉まる肉壁。


情報……まゆの記憶と、AKASHA班(チーム)の良心……弟くんのイメージと全然違うじゃないかと内心で思いつつ。

ケンが一人投げ出された所から顔を上げると、そこにはあまりにも分かりやすい、

彼らが壁を壊せども出られなかった理由が発覚した。



「塁さん、その足っ!?」

「もう。結局こうなるのかぁ。誤魔化せると思ったんだけどなぁ」


いつか見た、この元屋敷の番人であった近沢雅や露崎千夏。

そして、徘徊していた赤い異形達のように、赤い粘土質のものをまぶしつつ、三人が三人とも足が地面に一体化していたのだ。


おろおろするリアを脇目に、バツが悪くなったのか、最初からそのつもりだったのか、何故か偉そうというか自信満々に勇が口を開く。

 


「なに、気づくのは少々遅かったが、幸いにも今のところは足首までですんでいる。あの壁を完全に破壊しきったらちぎってでも出るつもりだっただけさ」



きっとそのザマは見苦しいだろうから。

どこか冗談半分でそう言って笑う勇。

笑ってはいるが、その言葉に嘘はないのだろう。


問題は、壊しても直ぐに戻ってしまう壁をどうするか。

勇がそう言うように、赤黒い地面は凹凸が激しく、赤い水浸しになっていて。

同じ場所に居続けると沈み込んでしまいそうになる。


よって、全身濡れ鼠となってしまったケンは、いっそのこと今から着替えちゃえば色々解決するんじゃないのかと馬鹿な事を考えつつも。

なんとかそれでも濡れずに死守した手紙を、それぞれに手渡してみせた。



「……これは?」

「さっき言った母からの手紙ばい。あなたがたの見るに耐えない真似は、それを読んでからでも遅くはないと思うとよ」


読んだ上で外に出たいのなら、自分の力でどうとでもなる。

そんな意味を込めてのケンの言葉であったが。


ある意味ケン達より真実に近しいであろう勇達がそれを読むことで、一体どんな反応を示し答えが返ってくるのかは。

ケンにしてみれば大いに注目すべきところで……。

 



                   ※



「こんな、ことって……」

「……ちっ。薄々分かってはいた事だけど、いざ突きつけられるときついなおい」


真実を、この世界の答えを知り、呆然と言葉が続かない塁。

一方で、ついぞ先ほどまで(ケン達は知る由もないが)敵側に……『パーフェクト・クライム』と近しいところにあった哲は、苦々しくそう呟いている。

 

そして、ここにいるメンバーの中では一番真実に近しいところにあった勇は、深く考え込むみたいに息を一つ吐き、瞳を閉じる。

きっと、自分の中で考えをまとめ、落とし前をつける必要があったのだろう。

 

……それは、長いようで短い時間だったのかもしれない。

 


勇たちの現状に、自分ではどうしようもならないと気づき、しかし姉……まゆならどうとでもなるのではないかと考え、リアが無意識で無責任にも落ち着きを見せた頃。


丁寧に手紙を畳んでしまって懐に入れた勇が、そのどちらかと言えばキツめの、赤みがかったブラウンの瞳をかっと開き、何かを決心した様子で言葉を紡ぐ。





「……ボクたちは、『パーフェクト・クライム』の被害者で、その正体を掴んだのならば報復を望む事は必然だったはずだった。でも、結果として今をよく見てみれば、その理由は意味をなさなくなっていたようだ。愛すべき人も、共に歩むはずだった弟もここにいる。これ以上何を望めばいい? 今を守れるのならば、もう何もいらないというのに」



かつてのまゆがそうであったように。

結果として『パーフェクト・クライム』の、駒となり舞い戻ってきた哲には限りがあったが。


舞い戻らせ、ある意味生き返らせたのは、そもそも命を奪った当人で。

塁も自分を取り戻し、身代わりでいる必要もなくなった。

 

今のこの状況を鑑みれば、勇たちに『パーフェクト・クライム』に対し恨むことなどもうないのだ。


一度真実を知ってしまったら。

元より、敵対などしたくもなくなっていて。

しないで済むのなら、その方がいいに決まっていた。


 

「そんなボクたちが足を引きちぎってまでここを出る理由があるか? きっともう戦えないって、分かりきっていると言うのに」

 

世界を、先頭に立って自分たちで守るのだと。

一貫して主張してきた少年の、それはやけにあっさりした敗北宣言。


始まりの勇自身がそんな事を耳にしたなら、そんな自分に怒り狂って食ってかかっていた事だろう。

 

しかし塁も哲も、そんな勇に対して何も言えなかった。

そんな勇の言葉に反論の余地など、一つもなかったから。

 

人々を、この世界を、守るためにと使わされた天使(まゆ)だったのなら。

そんな勇に対し理解が及ばなかったのかもしれない。


無理だ、と思っても世界を壊しかねない災厄を前にすれば、戦うしかないって判断するのではないかと思われる。


そういう意味では、いみじくもここにいる天使の子供たちは。

欠陥品、と言えるのかもしれなくて……。



            (第353話につづく)






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