第351話、世界を救うといった宣誓より大事なもの
「……行き止まり?」
そうして辿り着いたのは。
またしてもどんづまり……丸く膨らんで広がる場所だった。
「……っ」
しかし、その元々赤黒かったであろう地面には、激しい戦いがあったのだろう。
リアが思わず絶句するくらいの光景が広がっていた。
雨でも降ってどろどろになっている地面に、様々なものが散乱している。
血のようなもの、ガラスのようなもの、跡形もなく壊された鉄くず。
脊髄じゃなくて、胃の中なのだろうか。
思わずそう思うくらいには荒れていて。
「お姉ちゃんっ!」
リアがハッとなって叫ぶのと、行き止まりのはずののっぺりとした壁が撓んだのはほぼ同時だった。
ケンは、その裏側から強いカーヴの力を感じ、慌ててお誂え向きに避難場所のごとく凹んでいる横壁へとリアを抱きしめるようにして転がり込む。
瞬間、のっぺりとした壁にいくつもの斬られたような罅が入り、轟音立てて崩れたかと思うと。
その合間から赤と青の、透けた龍にしか見えない光線が飛び出してくるではないか。
それにより、向こう側に閉じ込められた誰かが壁を壊そうとしていた、というのは分かったのだが。
「あっ、塁さんですっ」
案の定、それはリアの知り合いであったらしい。
こちらに人がいるとは思わなかったのか、呆気にとられた赤髪の兄弟……須坂兄弟の姿と、まゆやリアの大事な友達の一人である、大矢塁の姿が見える。
激しく大きい戦いの名残か、『喜望』仕様の服もぼろぼろで、血だか何だかよく分からないものがそこかしこにこびり付いていて心配になるほどだが。
かつて出会った頃の面影がなくなってしまっているのは確かなのに、リアはまごうことなくはっきりと友人の名を口にした。
まゆ……もといケンが、彼女が大矢塁であると疑わなかったのは、リアがそう言ったからというのもあるだろうが。
ある意味リアとしてはそういった真実を見通す力を身につけてしまった、とも言えた。
「リアさんと……まゆさん? 無事だったんですね!」
逆に、塁はまゆとケンの違和感に気づいたようだ。
背中の羽の自覚のないケンとしては、やっぱりそんなにも僕とまゆはにているのかと、何とも言えない気持ちになっていたが。
リアがそんな塁の言葉に答えるように近づこうとした時、それは起こった。
蒙昧なる人の体内を模した異世にふさわしい桜色の肉壁。
正しく生き物のように蠕動したかと思うと、近づいたリアを捕らえんと肉襞が伸び、迫って来るではないか。
「恵ちゃんっ!」
咄嗟に声を上げ、割って入ろうとするケン。
「お姉ちゃん、ダメですっ!」
しかし、それに反応したのはリアも同じだったようで。
迫るそれよりも早く割り込んで来ようとするケンにしがみつく。
「え? な、なんちーっ!?」
「リアはもう、まちがえないんだからぁっ」
それは、傍から見れば天使の姉妹? が状況も忘れてじゃれあっているように見えたかもしれない。
そこには友である二人の無事を知り、安堵していた塁も含め、まさか今の今まで破れなかった、閉じ込められしよりにもよって反対側に人……天使がいて呆けるしかない勇と哲の姿があった。
そんな二人が、声も上げずに呆けられていたのは。
その肉襞が二人を捕まえ飲み込もうとして、戸惑うように……あるいは止められたかのように寸前でぴたりとその動きを止めたからだ。
それは、天使な二人がこの異世の創造主の子供……だからではなく。
創造主の与えし試練を乗り越えたからであり、勝ち負けの差でもあった。
リア達は、試練を乗り越え勝ち取った。
勇達は、結果的に見れば失敗してしまった。
故に一方は事が終わるまで閉じ込められ、一方は自由に動ける。
その事情をなんとなく把握している塁はともかくとして、試練があった事すら実の所知り得なかった勇は。
ある意味ふたりの世界に入ってしまったリアたちを諌めるように声を上げた。
「キミ達はかつてこの屋敷に閉じ込められていたっていう天使たちだな? 悪いことは言わない! この奥に取り込まれる前にここから離れる事をおすすめするよ!」
叫んだその言葉に、はっとなる二人であったが。
勇の言うそれには、大きな矛盾をはらんでいた。
そんな事を言う暇があるのなら、こっちに出てくればいいのではないかと。
しかし、ケンがそんな疑問を口にするよりも早く、事態は動き出す。
迫り来る寸前で止まっていた肉襞が、リアたちに結局触れることなく引っ込んだかと思うと、先ほど感じた強大なカーヴの力で破ったのだろう肉壁が、徐々に閉じてきているではないか。
「ごめんね。二人とも。私、試練失敗しちゃったんだ。『魂の宝珠』っていうのもどこかへいっちゃったし、悪いけど後は頼んだよ」
ぐうの音も出ない敗北宣言。
だけどどこか吹っ切れて、やりきって。
自分の行動は間違っていないと満足した様子の塁。
多分それは、試練よりも大事な事で。
きっと二人の兄弟が彼女の後ろにいる事だったのだろう。
それは、自らこの地に沈む事を選んだ美冬たちと同じなのだろう。
一瞬どうしたらいいか分からず、顔を見合わせるケンとリア。
しかし、美冬達の事を思い出した事で、彼ら宛に手紙があった事を思い出して……。
(第352話につづく)
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