第四十四章、『スピンオフ』

第350話、終末の天使姉妹、アカシャのあとさきへ



「……さて、ふらりと流されてやってきたのに、やることてんこもりになっちゃったわけだけど」


まず、何から手をつけるべきか。

かなりの重要人物である正咲(ジョイ)と合流するのは間違いないとして。

ケンとしては、まゆとして話を聞いてしまった以上、手紙などを他の人達に渡さなくてはならないだろう。


また、この世界を管理し、集められたノアの箱船の動物たち……選ばれし人々をまとめる人員も探さないといけない。

その中に自分を入れないのは、ご愛嬌と言ったところで。



「たぶん、このこおりの下にみふゆさんがいると思うです」


だから、掘り起こして助け出そう。

そう言わんばかりにちっちゃな羽をパタパタさせるリア。

すかさず赤ん坊のようなその手を氷に触れようとしたので、ケンは二重の意味でそれを止めるためにと彼女の手首を掴む。



「っ、お姉ちゃん?」

「ちめたいからやめるとね。それに、その美冬さんって人はこの異世から出たくないんじゃなかと?」


自分がそうだからって、他人に意見を押し付けちゃいけない。

それでも、どうして? という姿勢を崩さないリアに、ケンはひとつ息を吐いて例え話をする事にした。


 

「こうして結果的にしろ、僕達に手紙を託す事になったって事は、なにか出られない理由があるはずとね。例えばなにか重い病気。ここは終末を超えるためのシェルターなんだから、コールドスリープによって未来にかけているのかもしれんとよ?」


 

事実、手紙の中身を読まずとも時の狭間の眷属であった美冬は、この世界の顛末を知っていたのだ。

一心同体の主を守るために、安全なこの場所へ時が来るまで身を潜めようと考える事に間違いはないはずで。



「……そう、ですね。邪魔しちゃ悪いです。きっと美冬さん、大好きな人に会えたのですね」


ケンの言葉を理解していたのかどうかはともかくとして。

そんな事まで語り合った友人の事を何とはなしにリアも理解できたらしい。


リアのある意味成長に、ケンがホッと胸をなで下ろしていると。

カーヴ能力に付随する気配察知能力により、ここまで来た道から、何らかの気配を察知した。



「……あっ、赤いロボットさんです! ここにいたですかっ」


すわ、敵襲かと思いきや、構えるケンより早く嬉しそうに駆け出していってしまうリア。

自分で放っておけと言いつつ、氷の山に後ろ髪引かれながらケンもその後を追う。

 


するとそこには確かに宙に浮かぶ赤いロボット。

どう見ても法久より三倍早く動く系にしか見えない、赤いメタリックボディのファミリアがそこにいた。

置いていかれて、やっと見つけた、とばかりに抱き合うふたり。



実際、リア自身今思い出したというのは言わぬが花だろう。

やっぱり赤色の方が強そうだな、なんてケンが内心思っていると。

赤いダルルロボ(正確には東寺尾柳一のファミリア、『紅』だろうが)はじたばた暴れ、リアから抜け出すと、一回転して後頭部にあるディスプレイを晒す。



そこには『魂の宝珠』を『心臓の間』まで運んでください、と言う一文がズラリと記されていた。


どうやら、リアに置いてけぼりにされたのが効いているらしい。

そのままくるりと一回転して、リアをひっしと離さんばかりに抱きつかんとする仕草を見せたので、偽物のはずなのに意志があるというか、法久を幻視したわけでもないけれど、ほとんど無意識のままにそのでっかちな頭をむんずと掴み、自身の頭に乗せてみるケン。


初めは不満げにもぞもぞしていたが、やがて納得したのか大人しくなったので、『心臓の間』とやらに急ぐです、と駆け出すリアを追いかけていって……。




それからしばらくは、羽根付きシューズのぴこぴこ響く音と、時折ケンの方を振り向いて確認するリアのいじらしい姿が見られたが。


体感でこの蒙昧なる人型の、左手の付け根にぶつかるよりも早く、ケン達は行き止まり……このエリアの終着点に辿り着いた。

 


急激に道幅の狭くなったそのどん詰まりの壁には、左半分に七色ごてごての無駄に装飾がなされた、『魂の宝珠』をはめ込むのだろう機械めいた台座があった。


右半分はいかにも何か出現しそうな何もないのっぺりとしたピンク色のまっさらの壁で、リアの持つ『魂の宝珠』をしかるべき場所にはめ込めば、新たなる道が開かれるのだろうと予測していると。


取り出した『魂の宝珠』いざ置かんとしつつも、まごまごしてケンを伺いつつ一歩進めないでいるリアを脇目に、ふわりと浮き上がった赤い法久(ダルルロボ)が、何だかそれっぽい機械に取り付いた。


よくよく見ると、台座らしきものの脇に、彼らが座れるスペースがあるようで。

案の定腰を落ち着けて再び一回転し、後頭部のモニターを見せつけてくる。



「『最後の試練、魂の宝珠……獲得、進捗情報。三つ必要な魂の宝珠のうち、ひとつが確保されています。残る四つの宝珠は、二つが現在移動中、二つが充電されていません……』


 

「ええと、二つが移動中って、ひとつはこれですかね?」

「多分そうじゃない? 試しに置いてみるとよ」


他の所もこんな風に至れり尽くせり、なのだろうかと内心でケンは思いつつも、リアに先を促す。

リアが大げさに頷き、恐る恐る、いかにも丸いものが上に置けそうな、螺旋状にネジされた台座の上に炎秘めし宝玉を置くと。

刹那機械の駆動音がして、ガシャンと台座が崩れ、ぱかりと穴が空き、宝珠が機械へと吸い込まれていく。

結構派手な音がして、二人して軽くびくりとなっていると、途端キラキラ装飾が賑やかになり、赤い法久が次なる一文を打ち出した。

 


「『心臓の間に三つ中、二つの宝珠が封ぜられました。成功報酬……現世への扉が開くまであとひとつです。また、クリア特典により、他の試練場への道が開かれました。今すぐ向かいますか?』


どうやら、クリアすると他の場所へも行けるらしい。

リア達以外の四組で、一組はリア達より先にクリアしたようだ。


もう一組の移動中の所へ落ち合うべきか、クリアした人達に会うべきか。

未クリアのもう一つの所へ向かうか。

三つの選択肢がリア達にはあったが。

開かれた道がどこに繋がっているのか、見ないうちから考えるものでもないんだろう。


 

「はいです。今から向かいます」


律儀にそう答えつつ、タップする形でリアが赤い法久のつやめく頭を軽く撫でると。


『了解しました』

の一言が返ってきて。


その機械が、壁がより一層光り始める。

その、必要かどうかも分からないエフェクトに目を白黒させていると、ガツンといい地響きがして、目論見通り壁以外何もなかったスペースに扉が出現した。

 

魔法……と言うか、カーヴ能力っぽい割に、近未来的な丸鉄極厚の扉なのは、父、剛司の趣味なのだろう。


ケンがそれに何とも言えず苦笑いしていると。

今は何が何でも自分がやりたい、という心持ちになっているリアが、うくくと力の入っている気がしない掛け声で、横向きについた、鉄製の面長ノブを引っ張った。

 

初めはびくともしなかったが、焦ったリアが全体重をかけるようにノブにつかまった事ですとんと下に落ち、そのままぶら下がったまま外側へと開いていく丸扉。



「あわわ、ま、待ってください~、お姉ちゃんっ」


裏返って扉と壁に挟まれる形となったリアは、リアが先に行きたいのを分かっていて敢えて意地悪したくなってしまったケンの後を慌てて追いかける。


丸扉の向こうは、ちょっとした薄暗い広間になっていて。

正面には、また扉があって塞がれており、左手を見やれば上の方へと上がって行く階段があった。

どうやら、開かれた道は今のところ一つだけのようだ。

 

 

「上に行くしかないみたいとね。ここから上っていうと、『脊髄の間』……かな」

「いそぐです。みんなを助けるですよ」

「……」


転がるように丸扉の向こうからやってきたリアの手には、ちゃっかり赤い法久の姿がある。

特に指示のないところを見るに、上に上がっていくしかないようで。

ケンは急ぎたがるリアを抑えるようにして、背中押しつつ階段を上がっていく。

 


上がってすぐ、螺旋を描く赤い階段。

結構上がったかも、なんて考える頃には、あっさりと終わりを告げて、横隔膜の間並に広い場所へとたどり着く。

 

天井は高くないが、先ほどまでとあまり変わらないような洞窟の道。

一本道となっているそこに足を踏み入れると、二人と一体はすぐにある異変に気づいた。

 


「なにですか? 誰か戦ってる?」

「明らかに誰かが能力を使ってるとね」


一定間隔を置いて聞こえるは地響き。

巨人の行進か。

あるいは龍の咆哮か。

 

ケンでも分かるくらいに……震える程のアジールが広がり、カーヴ能力が発現している感覚。

顔を見合わせた天使なふたりは、とにかくまずは状況を把握すべきだと駆け出していって……。



            (第351話につづく)






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