第349話、忘れないでいたいのは、何気ない瞬間に笑った君




「……んん、これは」 



鳥海白眉(まゆ)が、母袋賢(ケン)と一つに溶け合う事によって知ることができた、この世界の……【パーフェクト・クライム】の真実。


天使らしく自らの事などろくに省みもせず、いきなりその事が書かれていた。

それは、ケンが結果としてここに来る事となった理由でもあったので、ケン自身には驚くべき事ではなかったが。

他の手紙の渡し主にとってみれば、そうではないんだろう。


今までやってきた事が無になってしまう……とまではいかないだろうが、根本を揺るがされ考えさせられるのは事実で。



(だから、渡すべき相手はみんながここにいるんだろうな……)


やはり鳥海家……リアやまゆの両親によって意図的に囲われ、隔離されたものが多いのだろう。


そんなある意味、衝撃的な掴みの後には。

隔離されしこの場所について書かれていた。



鳥海剛司の創った蒙昧なる人型の異世、『プレサイド』。

まゆの記憶とリアの体験によれば。

父、剛司のいつものゲームでありながら、『パーム』と呼ばれる『悪役』たちが『喜望』に所属するカーヴ能力者達と相対するためのステージ、との事であるが。



そこに書かれている真実は。

まさに巨大な人の型が、海深くに沈んでいる理由でもあった。


まず一つ、この場所は最早防ぐ事叶わない『パーフェクト・クライム』によるカタストロフィ……黒い太陽の暴威から、身を守るシェルター的意味合いを持っているらしい。


海の底にある事により衝撃を和らげ、脊髄にあたる部分には、所謂次元の境界があり、そこを行き来するのには一緒に封ぜられしカードが必要、との事。



それとは別に二つ目として、この『プレサイド』なる異世は、『LEMU』と呼ばれる、金箱病院地下にある異世と連動しており、終末後の世界を生き延びようと多くの資格在りしものがそこに眠っているのだという。


その地下へ行くのにもカードが必要で。

場所は横隔膜の下裏、椎間板あたりに入口が隠されている、との事で。

 

 

それを踏まえて。

その手紙には、ケンとリアにこれからの道行きを示す……願いにも等しい選択が、締めの文として示されていた。


それは、この世界を管理し、終末を乗り越えて生きる人々とともに新たな世界への礎を築いて欲しいと言う事。


そしてもう一つは、この隔離されしシェルターから出て、『パーフェクト・クライム』を、世界を救うために、本当の『異世界』へと旅立って欲しい、というものだった。



異世界へ向かう、【時の舟】なるものの始動キーは、手紙を受け取るだろううちの誰かに。


舟の居場所は、それを代々守るもの透影の一族が知っている、との事。

本来なら、その始動キーを創る=異世界へ渡るのには代償が必要なのだが、それはもう支払い済みであると記されていて。

 


「―――あなたたちが、どのような選択をするかは自由です。天使失格だけど、伝えるべくして伝えるべき事はここに記しました。どうか、思うままに生きてください」

 


最後に記されし、そんな一文。

今更ながら口にしていた事に気づいて。

ケンは改めて、リアと見つめあった。

 


「……その、鍵をもってお舟に乗るのが、リアのやるべきこと、なんですよね」



それが、この世界……物語において舞台の外、まいそでの天使である、リアの宿命。


ある意味、この場において蚊帳の外と言えなくもないケンとしては、何が何でもその使命は譲れないといった真剣な瞳を向けてくるリアに、すぐに言葉を返す事ができなかった。 

舟を守る一族である正咲が、終末の時迫る中、外へ出ていくだろう事は分かっていたから行動を共にしよう、くらいの気持ちだったからだ。


逆に、この異世に残されてもケン的には知り合いもいないし、あわよくばどさくさに紛れてリアについていくのもありかもしれない。


その舟の定員や、代償の度合いも分からず不透明ではあったが。

この場所に終末(カタストロフィ)を乗り越える力があるとなると、ケン自身は確かにここに残る、という手段もあるわけで。



「僕はここに残る……って言ったら、どうすると?」

 

そんな気はさらさらないのに、ある意味覚悟を決めるため、ケンはそんな事を口にする。

そう思われると思っていなかったのか、自分のことしか考えていなかった事実に気づかされたのか、リアは驚きで一瞬固まってしまって。

 


「……はいです。リアもその方がいいと思うです。お姉ちゃんは今までずっと頑張ってきたんだから、今度はリアの番ですね」



ちっとも覚悟なんかできてない、泣き笑いの表情でそんな事を言うものだから。

 


「うっそぴょんとね。キミが泣いたってついてってやるばい」

「うゃあっ!? あたまはやめてですっ」


つやつやさらさらの栗色髪をわしゃわしゃしつつ、誤魔化すようにケンはそう言うのだった。


やっぱり正咲だけでなく、危なっかしくて目を離せない子が、ここにもいたかとしみじみと思いながら……。



             (第350話につづく)







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