第354話、ドミノの本線ではないけれど、あれよあれよと集う勝者たち
美冬たちから……母、春恵から託された手紙。
渡していないのは後一人。
まゆとリアと赤い法久は、再び『心臓の間』へと向かいつつ、その一人……石渡怜亜を探しに向かっていた。
これでまゆたちが行っていないのはあと二箇所。
当の怜亜と、真澄……ケンが元々探していた正咲(ジョイ)のいるであろう場所である。
もれなく『心臓の間』へと辿り着いて、さて今度はどちらへ向かおうかと、ケンがリアに相談を持ちかけようとしたその瞬間。
『心臓の間』から他の場所へ行くための階段の方から、バチィっとどうも見慣れた放電現象が起こり、アーチをかけて地を這うそれがケンたちの方へ向かってくるのが分かって。
リアがはっとなってまゆを庇うよりも、そんなリアを押しのけてさらに前に出ようとするケンよりも早く、文字通り黄色い声……嬌声を上げて低い体勢から弾丸のように突っ込んでくる、これまた黄色い物体。
「おーい、けんちゃーんっ! ひさしぶりじゃないの~っ!!」
「うごふっ!?」
「んきゃっ」
何だ、お前はケンだって分かってくれるのか。
……そう言いたかったがどうかはともかくとして。
目にも止まらぬ、みぞおちへの甘える頭ぐりぐりに噴飯もので。
ケンはもんどりうってリアさえ巻き込み、ごろごろと転がってゆく。
「なんだよぅ、いるならいるって言ってよ! 帰っちゃったかと思ったじゃん!」
リアやまゆ、その他……実は正咲の後ろからやってきていた真澄たちと共に過ごしていた時にはほぼほぼ見せなかった、キャラ崩壊に等しい、正咲の甘えた態度。
うまいこと合流できた王神公康(ダーリン)に対する自分はこうなのかと、ドン引きしている怜亜を脇目に。
正咲は誰憚ることなくぐりぐりを止めようとしない……いや、憚るものはそこにいた。
先手を取られ、巻き込まれたリアである。
「ちょっと、正咲さんっ、お姉ちゃんから離れるですっ! お姉ちゃんは『ケンちゃん』じゃないですよっ」
「やーだよっ。だってひさしぶりなんだもんっ。リアちゃんこそなによぅ。ケンちゃんはどう見てもケンちゃんじゃん」
「うわあ」と思わず怜亜が口に出してしまうほどの正咲の変わりっぷり。
当のケン……まゆは、何か言いたくても妹と幼馴染の言い合いに巻き込まれ、二人にのしかかられるようにくっつかれ、何も出来ないでいる。
「……ああ、わかったです。それが今のお姉ちゃんの呼び名なのですね。だけどお姉ちゃんはお姉ちゃんですからっ」
「リアちゃん、きみは……」
失った姉の面影を幻視し、囚われてしまったのか。
ハッとなってある意味正気に戻った正咲は、そこで改めてリアをまじまじ見つめるも、しかし彼女は何かに囚われているわけでも逃避しているわけでもなかった。
ケン……まゆが、ここまでずっとしらばっくれて誤魔化そうとしている事に気づいてなお、離さぬように必死にしがみついているのだ。
それが分かり、ひまわり色の猫……みゃんぴょうかぶっていた自分が、ケンの前で顕著であったことにここで気付かされて。
真っ赤になっていたたまれなくなるのをなんとか我慢してケンから離れると。
一つわざとらしく咳なんぞしつつ、正咲は気持ちを切り替える。
「いやぁ、はっは。ごめんごめん。まゆちゃんだったかー。ケンちゃんかと思ってはしゃいじゃったよ」
しかし、全然切り替えられていないというか、切れ味のいいナイフ……冴えた獣のようなここに来てからの正咲はどこかへいってしまったようだ。
そんな滑稽な正咲に、ケンがやっぱり苦笑浮かべるだけで何も言えないでいると。
その何とも言えない空気を破ったのは、ある意味この状況でもあぶれてしまっている真澄であった。
「ええと、何だかよくわからないんだけど、最後の試練? を通った人達が集まったってことでいいんだよね?」
そんな所でふざけてじゃれあっている場合じゃないでしょう。
そんな意味合いが裏にあったかどうかはともかくとして。
改めて真澄のその言葉で再度我に返った一同は、再会に喜び現状況への情報のすり合わせを行った。
その中で、天使の姉妹と王神は初顔合わせな事もあって、今更ながら自己紹介をしたのだが、怜亜が自分のダーリンだと紹介したからさあ大変。
正咲に続いて変わり果ててしまったかと、ひと悶着あったのだが、それも現在ボッチでイライラしている真澄によってとりなされ、その後それぞれの、今までの経過を話すことになったわけだが。
「王神さんってば、いつのまにかジョイに糸くっつけててさ、それで連絡が取れたからよかったけど、あらかじめ言ってくれないとさぁ」
そんな誤解? を生みそうな発言をするものだからさぁ大変。
私だけじゃなかったのかと、鬼と化した怜亜を必死に宥めつつ噛み砕くと、ようはこういうことらしい。
始めて王神と正咲……ジョイが出会った時、ファミリアのふりをして行動するジョイの事を、王神は敵か味方か測りかねていたのだ。
そこで表向きはファミリアを操る力としていた自身の能力を、念のためジョイにかけていたようで。
味方としても敵としても、いろいろ都合がつくようにと、とらぬみゃんぴょう……ではなく、転ばぬ先の杖というやつである。
とはいえ、王神自身も半ばその事をここに来るまで忘れていたわけだが。
その念の為の繋がりが、王神たちの生死を分けたと言ってもよかった。
王神からの通信に正咲が気づき、駆けつけてくれなければ、王神も怜亜も今頃問答無用でこの蒙昧なる巨人の糧となって(実際は下に送られるわけだが)、ノルマクリアとなる三つ目の『魂の宝珠』もおじゃんになっていた事だろう。
「ダーリンの生真面目なところが生きたってことね」
「……たまたまさ。運が良かったんだ」
正咲と比肩する態度の違う怜亜はともかくとして。
長年のしこりが取れ、何か吹っ切れたかのように穏やかな笑みを浮かべている王神を、同じ班(チーム)の者達が見ていたら、一体どんなリアクションをしただろうか。
冷やかしつつも、素直に祝福してくれただろうか。
しかしそれは実現せず、ある意味自分だけが勝ち残ってしまったことに、王神は運命の皮肉を噛み締めていたわけだが。
とにもかくにも、三つ目の『魂の宝珠』を『心臓の間』に持っていこう、という事になって。
その道すがら、母から、美冬から託された最後の手紙をまゆ……ケンは、怜亜に渡してしまう事にして……。
(第355話につづく)
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