第355話、中間管理職おっさん、ついには正体を現す


「あの、怜亜さん? これ、お母さんから託された手紙、なんだけど……」

「しばらく会わないうちに随分と他人行儀なのが気になるけど、あんたのお母さんって言ったら、『ママ』のことよね?」

「ああ、そっか。怜亜さんそう呼んでたっけ」



他人行儀というか、ケンにしてみれば色々な後ろめたさによるもので、一番怒られそうだからとびくびくしていたせいもあるのだが。


わかっててスルーしてくれたのか、それより何より手紙が気になるのか、特にお咎めなしで怜亜は手紙を受け取ると、丁寧に封を開けて歩みを止めず中身をためす返す。


意外と速読なのに気づかされて、内心で感心していたケンだったが。

読み終えた怜亜が大きな大きなため息をついたのを見て、答えを求めるようにじっと怜亜を見据える。



「完なるものが、どんな子だったかってのは分かっていたつもりだったんだけど……ね」


反面教師で怜亜がかえって冷静になった、一途で妄執の塊のような人物。

似ている所もあって、だけど憎めなくて。

血肉となり手足となり、傀儡として動く事にそれほど抵抗はなかったわけだが。



「これ、ダーリンに見せても?」

「え? あーっと、いいんじゃない」


ある意味、もう取り返しのつかない所まで来てしまっている。

本来関係のないはずだったケン自身も内容を把握しているようなものだし、特に問題はないだろうとすぐに言葉を返す。

 

「だってさ。ちょーっとダーリンには刺激が強すぎるかも知れないから、心して読んでね」

「む、そうやってあからさまに脅されると読む気もなくなってしまうが」


おっさん臭(ダンディとも言う)を醸し、眉間にしわを寄せつつも素直に手紙を受け取る王神。

 


「……あっ」


それにより、一人蚊帳の外……手紙の内容を知らない事実に気づいてしまった真澄が声を上げたが。

それもすぐに王神のリアクションによってかき消されてしまう。



「こ、これはっ。なんとも。何と言ったらいいのか……須坂兄弟はこの事を知っているのか?」

「はい。お母さんが二人にも手紙をあててくれたとね。知った上で、ここに残るって決断してくれたよ」


どちらかと言えば真実の近い所にいた王神。

見た目以上に衝撃を受けていたことだろう。

 



「王神さんはどうすると? 時の境界で分断されるこの異世なら……」

「みなまで言わなくてもいいさ。忘れかけていた俺の夢は、ここでしか叶わない。我が儘言うようで悪いが、俺達もここに残らせてもらおう」

「あ、なら私も残るよ、ダーリン!」

「達って言ったろ。ハナからそのつもりだよ」

「そっか。……へへ、ありがと」

「礼を言う必要などない。俺の我が儘さ」



そこから始まる甘甘空間は、ごちそうさまとしか言えないが。

自分の意志を正直に言葉に出来るのは凄いことだなと、ケンは再度感心していた。


正咲やリアについていきたい気持ちがあるのは確かだが、自主的ではなくそのあとを考えていないのも事実で。

どうしたものかと考えているうちに、一行は再び『魂の間』へと舞い戻ってきていた。



「怜亜ちゃん、おーしんさん、こっちだよ」


まちくたびれたよ、とばかりに正咲が二人に最後の『魂の宝珠』を据え置くべき場所へと誘う。

代表して、大事そうに炎秘めし宝珠をかかえていた怜亜が最後に残されたくぼみへと差し入れる。

 


「……っ」


するとどうだろう。

ここしばらくはリアの頭上で置物のごとく大人しくしていた赤い法久が、ふわりと飛び上がり、何かを惜しむかのようにリアの方を一度だけ振り返ったかと思うと。


三つ揃った事により淡い炎のような光が増し始めた台座に向かって行き、幽鬼のごとくすぅーっと台座に吸い込まれていって……。


 


『ふう、なんとかノルマ、達成できたみたいだね。よかったよかった』


どこからともなく、ここにいる何人かが聞き覚えのある声がした。

 


「その声は柳一のおっさん?」

『やっぱりその呼び方なんだねぇ。君の彼氏よりは……まぁ、いいけど』


怜亜の誰何に、苦笑交じりの……後半はごにょごにょして聞こえなかったが、そんな肯定する返事が返ってくる。


それは確かに、ここの主に騙され、異世の糧となったはずの、怜亜のかつての相棒、神出鬼没な赤いファミリア使いの東寺尾柳一その人の声であった。

 


「まゆちゃんが無茶した時はどうなる事かと思ったけど、とにもかくにもこれでミッションクリア、だな」


柳一自ら作った意志持ち学習するファミリア、『紅』。

主の命に関係なく、世界中に散らばっているそれは、柳一にとっての基地局のようなもので、柳一の意志で自由に行き来できるらしい。


だが実際、彼の実体は存在しない。

それは、膨大な力の代償と言えるかもしれないが、逆に言うと『紅』一体一体が彼本人であり、リアたちにくっついていた赤い法久も、天使の両親に言われずっと見守っていた彼自身というわけなのだが。



「……誰ですか? リアたちのこと見てたのです?」


リア的には、赤い法久イコール声の主とはならなかったようだ。

元々敵側だった事もあり、あまりよろしくない雰囲気が漂いそうだったこともあり、柳一はせっかく綺麗に捌けたのになぁ、などとひとりごちつつ、自身の分身にして本体とも言える赤い法久の姿をとって、再び台座からひょこっと顔を出した。



「俺だよ、俺。ついさっきまで一緒に行動してただろう?」

「赤いロボットさん! おはなし、できたのですか?」

「注目するのはそこなのね。いやまぁ、他も見てなくっちゃだし、省エネモードだったからさ。ずっとだんまりだったのは申し訳ないと思ってるけど」



ペコリと頭を下げる柳一であったが、リア自身中の人がいたことについてはあまり気にしていないようであった。


まぁ、どちらかというと、『中の人』がいるという感覚が理解できないだけなのかもしれないが……。



            (第356話につづく)






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