第356話、無謀なる『外』へ向かうのは、始まりのプロットに記されし者達
初見である王神を除けば、いきなりネタバレというか、正体を表した柳一に対しあまり驚いてはいないようだった。
柳一の能力である、『紅』たちをさんざん目にしていたから、薄々感づいていたのかもしれない。
まゆ……ケンとしては、逆に『中の人』が別にいた事に驚いていたりするわけだが。
よくよく思い返してみると、この舞台……異世は確かに父、剛司のものだが、試練と称して立ちはだかってきた者達は、確かに『紅』を元にしたものがほとんどで。
客観的に見て初めて分かる、父を含めた大人達の手のひらの上であった、という感覚。
まぁ、そんな大人達が何をしたかったのかをよくよく考えれば、おおっぴらに文句を言えないのは確かなわけだが。
「んん? ちょっと、なにげにスルーしちゃう所だったけど、おっさん、あんな……そんなカワイイ格好で私たちを油断させてくっついてたってこと?」
怜亜にそう言われて、思い出すのは頭の上に鎮座していたり、胸に抱いていた記憶。
加えて一回り以上も小さな娘を彼女にしていたことを知られたらどんな目に遭う事か。
自身の危うさに気づいた柳一は、ジト目の怜亜の追求を避けるようして、そんな事より、などとのたまい、さっさと本題に入る事にしたようで。
『さてさて、なんとか三つの宝珠を手に入れ、試練を乗り越える事ができたわけだけど、この最後の試練が始まる時のメッセージ、覚えているかい?」
「……ええと、確か、試験の内容とクリアした後の報酬について、好き勝手に書かれてたんじゃなかと?」
試練と、この異世自体が皆を留まらせ、時間稼ぎが一番の目的だった事を考えても、報酬もクソもないはずなのだが。
一方的に与えられた試練とは言え、律儀にもご褒美がもらえるらしい。
『そう。ある程度は予測していただろうが、基本的にここで叶えられる事ならなんでもオーケーだ。この異世でなら、失った幼馴染を取り戻す事も、治らないはずの病も、治す事ができる』
試練を乗り越えたもののご褒美のはずなのに、その譬えはあまりに皮肉が効いていると言えよう。
そもそもあの試練の始まりのメッセージには、そんな事一つも書かれてはいなかった。
「……ここに残ることを決めたひとたちには悪いけど、それでもジョイの願いをあげるのなら、それはここから出ることだから」
滅びいく世界から身を守るためのシェルター。
それでもやるべきこと、やりたいことのためにジョイ……正咲の願いは外に出ることだった。
「あ、はいです。リアもお外に出たいです」
「右に同じ、とね」
大人達が子供達を守るためにここを作り、手紙を託したのだと分かっていても。
奪われかけた使命を全うするために。
犠牲によって起こる使命を止めるために。
それら全てを見届けるたけに、大人に反発する。
それが、外に出る者達の、本当の願い。
『やはり気持ちは変わらない、か。まぁ、ある程度は覚悟してたけどな。……で、そっちの三人の言い分は分かった。それじゃあ、そっちのお三方はどうするつもりなのかな?』
まるで人間みたいに、クソでかため息を一つ吐いて。
何故かケンにくっついて離れない正咲に対抗してぺとっとくっついているリアから視線を外し、柳一は怜亜、王神、真澄の返事を待つ。
「俺は……先ほども述べたが、ここまで来たのなら、怜亜と共に在るのみよ」
自分だけに与えらた使命があるのなら。
そう言わんばかりに王神は改めてしっかりと怜亜を見据える。
つきまとっていた昔には、そんな事一度もなかったのに。
今更になって照れる気持ちを抑えられず、手のひらで顔を隠す仕草をしつつ、怜亜はそれに応える。
「我が儘に願っていいんでしょ? ……それなら、『ママ』からに託された物は、『ママ』の本当の子供たちに託すことにするわ。そして私たちは、『ママ』の眠るここに残りたいって思ってる」
きっぱりはっきり迷いなく。
怜亜は懐から赤胴色の鍵を取り出し、ケン……まゆに渡そうとしたところで、横からリアにかっさわられる。
ここに来て一層キレのある動きに目を瞬かせていたが。
それより何より、怜亜の言葉を聞いてむすっとしているというか、あからさまに機嫌の悪そうな正咲に、怜亜は思わず吹き出してしまう。
「なによぅっ、何がおかしいのよっ」
「だって、見事に自分の思い通りにならないって顔してるんだもの」
正咲としては、怜亜がそんなはっきりここに残る宣言をするとは思ってなかったのだろう。
愛の力は強いのよ、とばかりに怜亜が正咲を煽るようにして王神の手を取るから、とばっちりで王神が睨まれる事になったのはご愛嬌、といったところか。
「もういいもんっ。そしたら、真澄ちゃんは? いっしょにきてくれるよね?」
ずっと蚊帳の外にいる感じがあって、それに気づいたのか、参加させてくれる事に対しては嬉しいは嬉しいのだが。
改めて真澄はそこで自分のしたかったこと、目的を思い出す。
「僕はここがロボットになる前から閉じ込められていたから、出たいのはやまやまなんだけど、もしかして敏久、ここの地下に運ばれたりするのかな?」
リアについて長くここにいた真澄は、この場所へ来る原因となった阿蘇敏久に会うためにとモチベーションを保っていた。
しかし、蚊帳の外なりに話を聞いていると、金箱病院に眠る元能力者達がここに運ばれてくるらしい事を知ってしまった。
『これから運ばれてくるから確実とは言えないが、金箱病院や若桜高校など、カーヴ能力者に長けた者がここに集められる予定だよ。すべての人間が救われるわけじゃないのが心苦しいがな」
この海に座す蒙昧なる異世は、まさにノアの箱船。
全てのものを救えないからこその苦肉の策。
だが、病院に眠る才能ありし彼らは、ここで生き残る事ができる。
そう言われて特別な使命などあろうはずもない真澄の答えは決まっていた。
「……ごめん。正咲さん。僕もここに残るよ」
「そっかぁ。まぁ、仕方ないよね。真澄ちゃん、ずっと会いたがってたもんね」
「随分私の時と物分り度が違う気がするけど」
「怜亜ちゃんなんかいーだ。ばくはつしろ」
「どこでそんな言葉覚えてくるのよ……」
猛獣……ではなく、げっ歯類のように歯を剥き出しにして威嚇しているのに、どこか正咲は寂しそうで。
自分本位に動き、彼女の期待に添えられない怜亜としては、苦笑するしかなくて……。
(第357話につづく)
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