第357話、天使姉妹とねこうさぎ、終末を垣間見んと外界へ



『……ふむ。なんとか話はまとまったかな。ではお望み通り願いを叶えよう。ついてきてくれ』


同じく、くつくつと笑みをこぼしていた赤い法久改め柳一は。

今までと変わらずロボットの見た目の割に駆動音の一つもなく(そこが本物の法久との違い)、ふわりと浮き上がった。

 


はいです、と勢い混みつつもアヒルの子供のように一番にくっついていくリアを先頭に、柳一の言葉のままにやってきたのは、体内の中にあるのに赤レンガ造り小屋めいた、『心臓の間』……その奥であった。

 

心なしか薄暗く、いくつかの分かれ道や階段のある、六人で入れば少々狭い場所。

リアやケン達が入った時には、二箇所しかなかった道か三ヶ所増えている。


そのうちの一つは、正咲や真澄が、怜亜や王神を連れてやってきた場所だろう。

まだ足を踏み入れていないのは、急激に登る螺旋階段と、真っすぐに下る階段の二つ。



『ご察しの通り、下りが避難施設(シェルター)へと続き、上へ登るのが地上へ続くものだ。時の属性(フォーム)により、上下とも空間遮断されているが、手持ちのカードで通行が可能だ。それぞれのカードは上下どちらかにしか使えないから、よく考えて使ってくれよ」



それはすなわち、地下へ残る組と、地上へ出る組の、最後の別れの場所がこの狭く薄暗い場所、ということになるわけで。

 


「こうやってあからさまにされると、今更だけど迷っちゃうじゃない。もう、正咲のせいよっ!」

「なんだよう。だったらいっしょにくればいいじゃないかっ」


悩ましい声を上げる怜亜に、頬を膨らませつつもどこか嬉しそうな表情の正咲。

心情的には正咲に賛同したいケンであったが、正咲(とケン)と怜亜では立場が違うのだ。

簡単についてきてくれとは言えなかった。

 

リアや正咲があまりにあっさりと何のためらいもなく外へ出る気でいたから失念しそうになるが。

月が変わる頃には、完なるもの(パーフェクト・クライム)……黒い太陽によって人々の文明は終末を迎えるのだ。

地上にいれば、命が危ういだろうことは容易に想像できる。

 

それでも正咲やリアが外に出ようとするのは、リアは異世界へ向かうという使命があるからだし、そのための舟を動かす……異界への扉を開けるのは、正咲の一族でなければならないからだ。


ケンとしては、心配だからそれを見届けたいという理由もあるが、実の所を言えばそれだけではなかった。

ある意味、身内の責任を連帯すると言ってもよくて。


命を失うかもしれないという事実が、怖くないわけではないが。

それよりもっと大事なものがそこにある。

 

その点、怜亜は違う。

最も大事な人は隣にいる。

正咲もそれは分かっているのだろう。

だからこその、子供みたいなワガママなのだ。



「……ふむ。前言を撤回するようで悪いが、怜亜が出たいというならそれも一興だろう。AKASHA班(チーム)として、あれだけ豪語しておいて皆で地下に引き篭るとなると、情けない部分は少々あるからな」



命をかけて完なるもの(パーフェクト・クライム)を暴き出し、滅する。

そんな班(チーム)の目標は既に有耶無耶になってしまっているが、出られるなら出るべきだというのが、班(チーム)の総意だろう。


そんな事、話し合わなくともわかる。

ただ、そんなプライドと矜持だけで命を捨てるのか、と言われれば何も言い返せないわけだが。




「あーっ、もう! やっぱりダメ! 私は何の見返りもないのに命を投げ出すことなんか望まない! せっかくこうしてダーリンと会えたの、やっと心が通じたのに、それを手放すなんてできないわっ」



迷いに迷って。

吹っ切れてより自分に正直になったのだろう。

落ち着き払った大人の余裕を見せていた王神も、あまりにストレートな怜亜の台詞に、両手で顔を覆う始末。



「はは。正咲の負けだな。これ以上はやぼってやつとね」

「なによう。まけてないもん。ジョイだって! ……んんっ、じゃなくて! ジョイは死なないもん。かたすとろふぃなんてへのかっぱ、だもん」


ケンちゃんがそれを言うの!? と叫びかけ、終いにはそんな論点のずれた叫びを返す正咲。

そんな会話に混ざりたかったのか、リアも死にません、みんなを守るです、などと鼻息荒く宣言している。

おかげで、その場にはなんだか弛緩した空気が漂って。



 

『おほん。それで、最終的なそれぞれの進路は決まったか? 別にもう二度と会えなくなるわけじゃないんだ、さっぱり行こう。あまり重く考えることじゃないだろう?』


それは、あまりに無責任な、根拠のない言葉だったが。

それがかえって良かったのかもしれない。



「その言葉信じるわよ。正咲、私たちはここにいるから、必ず会いに来るように」

「んだとう、えらそうにっ」

「偉いのよ。そんな事、今更気づいたの?」

「べーだっ」



言葉面は言い争っているようにも見えるのに、お互いの言葉尻には涙が滲んでいて。

それを悟られぬようにと、怜亜は王神の手を引っ張って下へと降りていってしまう。

正咲が腕で目元をゴシゴシしているのを、見ないふりをしていると、恐る恐る手を上げるみたいに真澄が声を上げた。



「それじゃ、僕も行くよ。敏久のこと、気になるし」


ちょっと出てくるから、また会いましょう。

そんな軽いノリで、真澄も怜亜達の後を追い、階段を下ってゆく。

 



結局。

最初の予定通り、その場にはケン、リア、正咲、そして柳一が残されて。

 


『よし、それじゃあ地上口まで案内しよう』

「ロボットさんはついてきてくれないですか?」

『そうしたいのは山々なんだがな。このボディはこの異世専用なんだ。外に俺の創った別の分体がまだいるから、見つけたら声をかけてくれよな』

「はいです。ぜったい声をかけるですよ」


中身いい年したおっさんロボットと、天使な幼女。

字面はあれだが、こう見えても二人の付き合いは突き合わせれば誰よりも長い。


そんな二人のやり取りは、最後の別れなど微塵も感じさせなかった。

その事に、やっぱりどこかほっこりしつつ、ケンは取り繕いを終えた正咲と顔を見合わせ、苦笑しつつ上へと続く階段を上がっていって……。




 

     


蒙昧なる人の型で言えば、心臓から脊髄を通って首へ。

それを実感させるくらいには長い長い螺旋階段が続いて。


それでも辿り着くは、頭蓋の頂き。

大きな大きな、金庫にでも使うような丸い扉が天井にある所までやってきていた。

 


『あそこにカードの差し入れ口があるだろう? それが扉を開けるためのただ一つの方法だ、早速使ってみてくれ』

「はいですっ」


お姉ちゃんに任せるとどうなるかわかったもんじゃないから。

実際、リアがそう思っていたかどうかはともかくとして。


何事もやってみたい年頃のリアは、率先して踊り場へと続く横に長い階段を駆け上がり、迷いなくカードをちょうどカードが入りそうな切れ込みに差し込んでいく。


すると、そのカードはすぅっと吸い込まれていって。

ゴゥン! と大きな音がしたかと思うと、丁度頭蓋骨の切れ目みたいにギザギザに扉が開いていくのが分かって。



「随分とゆっくりとね」

『異世の境界ごと裂いてるからな。ちょっと時間がかかるんだ』



仮にその扉があっさり開いていたのなら、運命は変わっていたのだろうか?

それは、誰にも分かりようはなかったが。

ちょっとと言っておきながら、開くのに小一時間かかったのは確かで。


 

 

「ん? 誰か来るよ」


正咲が警戒心の強い猫のように今来た道を振り返った、その瞬間であった。




「ちょ、ちょっと待ってーっ!!」


息も絶え絶えに、下で別れたはずの真澄が上がってきたのは。

 

 

「ど、どうした、そんなに急いで。忘れ物と?」

「とっ、敏久が、敏久が金箱病院から来た人の中にいないんだっ」



そして。

そんな真澄の叫びとともに、開かれる扉。



イレギュラーな彼女の叫びは。


これからのますますの波乱を引き起こす引き金、だったのかもしれなくて……。



             (第358話につづく)






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