第四十五章、『Again~うたかた』
第358話、昇る太陽が静寂を焼きつくす前に行かなきゃ
―――金箱病院、地下深く。
『LEMU』と呼ばれるレミという名の少女が創りし異世。
仄暗く、しかしどこからともなく発せられた灯りが、天井が低く縦横に伸びたフロアを、スポットライトのごとく照らしている。
その数は数百を超え、まるでついさっきまでそこに何かがあったかのようで。
事実、数分前までは。
そこには数百を超える、コールドスリープ用のカプセルベッドがあった。
たった今しがた、それらはレミとその仲間達の力によって、同じく地下深くにある『プレサイド』なる異世に運ばれていったのだ。
故に、『LEMU』なる場所は、役目を終えたように思えたが……。
たった一つだけ、残されたカプセルがあった。
そこには、泣きぼくろが妖しく際立つ青年……音茂知己(おとしげ・ともみ)らしきものが眠っている。
らしきもの、なのは。
顔が見えるはずの天窓ガラスの部分が、磨硝子のようになってはっきりしないからだ。
それでもその縁でじっと見守る沢田晶(さわだ・あきら)には関係なかった。
黒髪おかっぱ……アシンメトリーが特徴の濃青の瞳の少女は、レミ=風間真(かざま・まこと)と瓜二つであり、主とファミリアの関係である彼女は、役目を全うし消えた、やはりそっくりな妹と同じく与えられた使命を全うするのみだと考えていて。
今現在、この世界の過去やあるはずの未来を見せると言う名目で、レミが知己の事を足止めしている。
晶の使命は、その時間稼ぎに気づき、邪魔をせんとするものがいた時の万が一の保険であった。
とは言っても、ここに訪れたものの大抵は『プレサイド』へと送ってしまったし、それ以外のものは外へ出てしまっている。
晶の仕事は特になく、退屈に飼い殺されながら終末の時を待つのみだったのだが。
「……まだ残っている人がいたとは、驚きね~」
のんびり間延びしているように見えて、その実余裕も余力もない、消え入りそうな声の割によく響くそれに、ハッとなって晶は薄闇の向こうを振り返る。
そこには、満身創痍の一言に尽きる、黒髪ボブの黒目、グラマラスで目の置き所に迷う……しかしどことなく知己に似ている気がしなくもない少女が、滴る血をものともせず、凄絶な笑みを浮かべてそこにいる。
「よっし~さん、どうしてっ」
うまく誘導され、結果的に『喜望』の仲間による同士討ちの果てにお互いが相打ち、そのままカプセルに収められ、送られたはずなのに。
同じ班(チーム)の仲間だった事もあり、後ろめたさと驚きをない交ぜにしながら、晶は目を見開きそう問いかける。
「あら~、誰かと思ったら晶ちゃんじゃない。無事でよかったわ~。わたしの方は捕まってどこかに連れて行かれそうになったところで目が覚めてね。相棒が身代わりになって助けてくれたのよ。わたしには、どうしてもやらなくちゃ……やりたい事があったから~」
堰き切ったように語る仁子のその口調は震えていた。
満身創痍であるから、と言うより、相棒のファミリアのその行動にやるせなさと感謝を覚えていたからだ。
「やりたい事? 安寧を蹴ってまでやりたい事ってなんですか?」
相棒……得物、戦う術を失い、息も絶え絶えで無理して終わるしかない世界へ戻る意味とはなんなのか?
自分を棚に上げ、しかし警戒はとかないまま晶はそう問いかける。
「晶ちゃん言ってたじゃない。勇くんたちにバカをやる覚悟があるのかってさ。わたしはこの世の行く末を知りたいの。たとえどんな結末が待っていようとも、知らなくちゃいけない。……『お兄ちゃん』がそこにいるんだもの。わたしだけぬくぬくと寝てるわけにはいかないわ」
「……っ」
晶は仁子の言葉にはっとなって身構える。
そんな行動自体が、知己がそこにいると言う事を伝えているようなものであったが。
そういう意味で言ったわけではなかった仁子は、それに気づく事はなかった。
むしろ仁子は、真実に気づいていたと言ってもいいだろう。
それは、残り火が激しく燃え盛るような、仁子にとっての一番の目的。
知己の側にいられなくても、海神(わだつみ)のように遠くで見守る事を考えていたのだ。
……ただ、それでも短い間であったとはいえ、仲間であった晶が何の意味もなくここに残されようとしている事をしのびなく思ったのは確かで。
「晶ちゃんはどうするの~。安全な所へ行ったほうはがいいんじゃない?」
一つだけ残されたカプセルが、目に入ってないわけじゃないのだろう。
なのに、邪魔するどころか晶を心配するかのようなその口ぶりに、晶はかえって動揺してしまう。
「だ、大丈夫です。わたしにはこれを見守る使命がありますから。その後、ちゃんと安全な所に避難しますよ」
見え透いた、どうしようもない嘘八百。
どうしたって主……レミのようにシニカルでスマートにはいきそうもない。
仁子がここに眠る人物に気づき、起こされてはたまらないし、晶は仕方ないとばかりに自らの能力……眠りに誘う力を行使しようとしたわけだが。
「……っ!?」
満身創痍で武器もないはずなのに。
一瞬目を切った瞬間、目の前から仁子の姿は消えていた。
ぞっとして振り返りカプセルを見るも、近くに仁子の姿はなく。
「わかったわ~。命を大事に、ね。多分下に美里や弥生達もいると思うから、何かあったら頼るのよ~」
愛おしく、慈しむように。
後ろから抱きしめられ、そんな優しい言葉。
「よっしーさんっ?」
なんで、どうして。
そのままカプセルを見る事なく晶から離れ、暗闇の向こう……
上階へと続くエレベーターのある場所まで歩いて行ってしまう仁子の行動の意味が分からず、晶は自分の使命も忘れて慌てて追いかけようとすると。
「ごめんね。おあいこってことで~」
「な、何が……っ」
申し訳なさそうに、苦笑して上へ向かってしまう仁子に。
晶は結局さよならの挨拶すらできなかったのである。
お互いの嘘を晶が知るのは、もう少し先のこと。
呆然としつつも、晶は与えられた使命を全うせんと、たった一つ残されたカプセルの所へ戻るしかなくて……。
(第359話につづく)
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