第359話、白々と惨めに覚めていく夢が消える前に


そんな二人……晶と仁子の最後の邂逅より数刻ほど前。


資格ありとして金箱病院の地下にて眠らされ、しかし『プレサイド』に送られる事なくやり過ごした人物が一人いた。



魔球班(チーム)リーダー、阿蘇敏久(あそ・としひさ)その人である。

朴訥した五分刈り坊主の青年は、起き抜けなのかいまいち状況を理解しないまま、『LEMU』……夢の異世の広がる場所を歩いている。


夢遊病者のようにあてもなく、ではなく。

そんな彼を先導するかのように目の前、少し上空には、青いメタリックボディの……いつもの法久とは様相の違う、とさかのついた一つ目のやつがそこにいたのだ。


名前はザック。

つい最近まで法久の意思が入り込めるのはネモ専用ダルルロボのみだったのが、こっそりグレードアップして、他の者にも乗り移られるようになった結果であり、その初お披露目でもある。


「……記憶を戻してくれたのはありがたいけんども、やってもらいたい事ってなんだべ? おら、真澄の事探したいけんども」



一度、敵に破れ能力を失った敏久。

しかし、あるカーヴ能力により戦っていた頃の記憶や能力を取り戻す事ができたようである。

故に、死地に残した真澄が心配でそう口にしたのだが、法久(ザック)は軽い口調で言葉を返す。



「大丈夫でやんすよ。真澄ちゃんの居場所は把握してるでやんす。このままここにいれば会えるでやんすから」


あまりに気安いので、敏久の胸中には漠然とした不安がわだかまったが、敗者となって今に至るまでの記憶までは当然戻らなかったので、今は自分の置かれた状況を知るべきだと、とりあえずは頷いてみせて。



「そう言うなら法久さんを信じるべ。……んで、おらはここで何をすればいいだ?」

「本来、この場所には情報を……【パーフェクト・クライム】の正体を探るために来たのでやんすが、うちの大将が気まぐれで、ここで情報収集する人がいなくなっちゃったのでやんす。そこで、敏久さんにわざわざ御足労いただいたのでやんすよ」


本来は不可能なはずのカーヴ能力者同士の戦いに敗れ、記憶と能力を失った自分を戻してまで。

相変わらず口調は軽いが、それはよっぽどの事なのだろう。

何せ記憶を取り戻す能力……それは見知らぬ白衣を着た能力者であったが……彼女の作った丸薬は、一つしかなかったのだから。



「具体的には、何をどう調べればいいんだべ?」


能力はともかく、記憶を戻してくれた事については感謝してもしきれない。

だからこそ余計に、その見返り……お代が高くつくのは確かなのだろう。

恐縮して敏久がそう問いかけると、一つ目法久(ザック)はくるりとその場で、回ってみせて。



「敏久さんの魔球の力を借りたいのでやんす。確か、あったでやんすよね。「とっておき」が。それでこれから、ある場所に潜入してもらいたいのでやんす」



いつの間にそこにあったのか。

どこかの待合室のような扉を開き、法久(ザック)は敏久の返答を待つより早く部屋へと入り敏久を手招きしてくる。



「とっておき、か」


はたして法久がそう言うくらい特別なものがあっただろうか。

そもそも敏久の能力、【魔九乾坤】はランダムであってその時に使いたいものを使えるわけじゃないのだが大丈夫なのだろうか、などと思いつつ法久の後に続くと。


そこには……。





         ※      ※      ※





満身創痍。

言葉で知っていて、比較的耳にする事も多い、そんな言葉。

自信やおごりも確かにあったのだろうが、自分自身がまさにそんな言葉に相応しい状況に陥る事など夢にも思わない仁子である。


カーヴ能力者としてずっと戦ってきて、今までいくつも危機があったはずなのに。ここまで心に余裕のない自分を自覚するのは、仁子にとって初めての事であった。



班(チーム)に恵まれた事もあったのだろう。

頼りになる仲間たちがいて、いつでも仁子は心に余裕を持てていた様に思う。


しかし、今は一人になってしまった。

初めて心に余裕がなくなって、えも言われぬ焦燥感がせり上がってくる。


どこにも逃げ場のない焦りが、冷静さを失わせ、最近出来たばかりの新しい仲間……晶の事も見捨てるに等しく地上へとやってきてしまった。



一体いつからこんなにも焦っているのだろう。

弥生がファミリアのさつきを置いていなくなってしまった時から?

美里が、自分以外の好敵手を見つけてしまった時から?

ちくまやカナリが自分の正体に気づいた時から?

敵に陥れられ、空想好きの小さな少女と相見える事になった時から?



それらは全てきっかけではあるが始まりではない。


それは多分きっと。

大切な人を奪い、世界を滅ぼさんとする『完なるもの』に出会ってからなのだろう。



(一体……いつ、どこで?)


いつの間にやら邂逅していたと言うのか。

見たことなどないはずなのに、見つけた影だけが残る、薄気味悪いその感覚。


それがどうしても我慢ならなくて。

「お兄ちゃん」が傷つけられるよりも早く、なんとかしなくちゃいけない。



だから、あの夢の地下世界に兄がいる事は望ましいことなのだ。

晶達が守っているうちになんとかしなければ。

晶には、兄に会いに行くなどと言っていたが、本当は違う。


きっと、初めて会った時から漠然と思っていたこと。


兄を守る、兄を渡さない。

そのために相手を滅ぼす。


それは、確かに夢の地下世界で『見た』事で。

仁子は、それがただのまやかしでない事に気づいていた。


夢で見た場所へ、兄より先に向かう事。

故に焦っていて、余裕がない。

そんな、おぞましい自分の心がいつかあっさり白日のもとに晒されるのではないかと。


怯えながら、覚束無い足取りで仁子は地上へ戻ってくる。


早く事を済まさなくては。

早く誰かにこんな自分を止めて欲しい。

二律背反なその感情のままに目的地に向かおうとして、びくりとなった。




「……っ」


まるで、そんな仁子を待っていたかのように。

元は庭だったのだろう、据え置きのベンチに、青いメタリックボディのノーマルな法久(ネモ専用ダルルロボ)がもたれかかるように座っていた。

しかし、よくよく見ると電源が切れ、眠っているように見える。



このままやり過ごせるのでは?

そう思い立ち、ゆっくりゆっくりその場を移動しようとしたが……。



「……んん? よっし~?」


案の定、呼び止められはっとなる。

どう見ても法久の形をしていて、法久の声なのに。

二人が常に一緒にいたせいなのか、同時に知己にも呼び止められたような気がしたからだ。



「よっしー!? ひどい怪我じゃないか、でやんす! 待ってろでやんす。 ちょうど榛原会長にもらったけど全然使う事のなかった、会長(の能力)謹製の回復薬(スプレー式)があるでやんすよっ」


真似するものがいたせいで、誰も彼もが忘れていたかもしれないが、ノーマルで初期型のネモ専用ダルルロボな法久は。

元々リュックモードに変身でき、昔は知己も律儀にリュックとして使っていたのだが。

そんな描写もろくになく、本人も忘れ去ってしまったという悲しいギミックである。

それでも、使うべき時に思い出せたのは、僥倖といえよう。


背中のジッパーをぶきっちょに開けて、スプレータイプのちょっと怪しげな色合いのアイテムを、判断の鈍くなっている仁子は言われるがままに使用していく。



「……どう、治った?」

「ええ、なんとか。きいてる気がします」



傷は塞がり血は止まり、見た目は綺麗になった。


しかし、奈緒子から受けたダメージと、半身であるトゥェルを失った代償は大きく、虚勢を張るのが精一杯で。


中身がボロボロなのは相変わらずで……。



            (第360話につづく)






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