第360話、ゴリ押しの正々堂々正面突破のようでいて……
「それより、こんな所で何をしてたんですか~?」
内心の動揺と身体的不調を誤魔化すように。
仁子が差し障りの無いことを口にすると。
ノーマル……知己専用の法久は再びはっとなって顔を上げ、捲し立てる。
「あ、そうだよ。まだみんな戻って来てないのに、麻理ちゃんとちくまくんが外に出てっちゃったのでやんすよ。早く探さないと」
ここが安全で、外は危険。
未だそんな事実も保証もないのだが、そんな未来に確信を持っているような法久の呟きに。
しかし仁子自身、違和感を覚えることはなかった。
『もう一人の自分』……自分にしか見えない自分が、そこらじゅうに蔓っているとはいえ、病院の外はいつものように平和なはずなのに。
やはり、法久も仁子も、これからどうなるのかを無意識のうちに感じ取っていたのかもしれない。
「うーんと、ういっと。ダメだ。いまいち飛び方がわからん。そんなわけでよっし~、怪我が平気そうならちょっと手伝って欲しい、のでやんす」
ぬいぐるみ大で歩いてもたかがしれている。
そう言ってお願いのポーズを取る法久をすげなくする事は仁子にはできなかった。
元より仁子も、外へ出る予定であったし、一人で外に行く事は躊躇いがあったというか、心細いのは確かだったから。
有無を言わせない上から目線のお願いであったが、本人にその自覚はなさそうだった。
お願いしたはいいが、背中の下部分……ちょうどお尻の上辺りについている一対のジェット孔を、おかしいなぁと呟きつつ必死に覗き込もうとしている。
その様は人間臭いというよりは、手間のかかる弟のような親しみめいたものを感じて。
さっきまでの焦燥感はどこへやら、思わずくすりと笑み一つこぼして、仁子はそのまま法久(初期リュック型)を、両手で抱えるようにして持ち上げた。
「おっふ。な、なんだぁ。暗くて息ができないけど、天国にいるかのようなぬくもりはっ」
「あら、ごめんなさいね~」
何気ない行動だった事もあり、顔……法久にとっての視界は見事たわわに塞がれてしまったらしい。
そう言えば弥生の手前もあって、法久をこんな風に扱ったことなかったかな、なんて事を思い出し、だけど不思議と弥生に対する申し訳なさが沸き上がってくる事もなく。
仁子は首をかしげつつも胸で窒息しかける形となって、だけど満更でもなさそうに見える法久に再度笑みをこぼしつつ、仁子は法久を前方に向かせて再び抱え直した。
「よ、よし。それじゃあ早速出発だ、でやんす」
「出発はいいけど、何処へ向かうの?」
本当は仁子の行くべき場所は決まっていたわけだが、『LEMU』の夢の世界で見た自分の行動を思い出し、その場へ向かえば同じような行動を取るだろうという考えが払拭できず、自分で決断する事ができないでいたのだ。
法久が、偶然でもなんでもそこへ向かうというなら仕方がない、くらいの考えでいて。
「どこって、だからちくまくん達を追いかけるんだ、でやんす」
なんでも一足先にいなくなってしまったカナリを追いかけるようにして、ちくまと黒姫の剣をもった麻理も、法久が充電しているうちに外へ向かってしまったということで。
「オレの知らないところで、みんな何かをしようとしている、でやんす。それはきっと自分を顧みない危険な事かもしれない。止められるようなら止めなくちゃ」
そんな法久の口ぶりには、仁子と同じ焦りがあるとともに、仲間たちを心配する気持ちが確かにあって。
「わかったわ。今はとにかく、急ぎましょう」
仁子が心得た、とばかりに大きく一つ頷き、未だ貼られているここと外界の区切り……氷ドームの結界の方へと駆け出していくのだった。
青き空を保ちつつも少しずつ終末の赤に侵食され始めている世界に。
今はまだ、気づかないふりをしたままで……。
※ ※ ※
黒い太陽が堕ち、世界を揺るがした一度目。
それよりも比べるべくもなく大いなる災厄が芽吹こうとしていた。
余りにも大きなそれは、しかし不幸中の幸いなのか、様々な予兆を人々に与えていた。
その内の一つが、自分自身にしか見えない『もうひとりの自分(ドッペルゲンガー)』である。
黒い太陽……『パーフェクト・クライム』と同じように、術者も分からず意図も分からないとされていたそれは。
後々に指し示された一つの未来である事と。
規模は比較にならなくとも『+ナーディック』のボーカルである更井寿一(さらい・じゅいち)の能力の一部と類似している事が判明している。
寿一の能力の一つ、『過去と未来を視る男』は、所謂死の予言である。
今回の『もう一人の自分』は、それを限定化し拡大化したもの……『パーフェクト・クライム』によって与えられるかもしれない死を可視化したものであり、それが見えないもの、見つからなかったもの、あるいは見つけたとしてもそこから離れる事ができれば死を回避できると言うものであった。
それを理解した上、なのかどうかははっきりしないが。
そんな『もうひとりの自分』を見る事なく集められた者達が地下に創られた異世に無数に存在していた。
それはある意味選ばれた者達であり、当然そんな異世があることすら知らない一般人が無数に存在する。
彼らのための救済措置もないわけではないのだが、その一方で真実を知りつつも自分の意思で地上に残った者達も一定数いた。
それこそがこの物語の舞台……最後を飾る者達と言えよう。
そのうちの一人。
主役と言ってもおかしくない人物は今、一旦舞台から離れこの物語の顛末を……
起こり得なかった御蔵入りのシナリオを知る機会を与えられようとしていた。
それは金箱病院地下の表層。
一つ残され、沢田晶が守る氷の柩の中にいる。
コールドスリープによる夢の世界にいる彼は今、その夢の案内人、レミにより未来の可能性の一つを見せられ、体験していた。
「んみゃーん」
「ごめんなさい。知己お兄さん。お兄さんに用意できたアバター、それしかなくて」
艶めく黒髪をアシンメトリーにして、氷のように澄んだアメジストの瞳を隠す、沢田晶瓜二つの少女、レミ。
彼女が動かぬ表情の割に申し訳なさの感情がこもった呟きをこぼす相手は、ビリジアンの瞳を持つ小さな黒猫となって、同じくなんだか申し訳なさそうな声あげてレミの腕の中に収まっていた。
夢を操る能力、【悠久夢幻】を持つ彼女は、世界の記録帳(アカシックレコード)から情報を抜き出し、寿一とは別ベクトルで、未来と過去を示す事ができるのだという。
そんなレミが最初に訪れたのは、このまま何も解決できず、『パーフェクト・クライム』が再び猛威を振るった……その未来であった。
黒猫の君としては、一応『パーフェクト・クライム』の正体とか、倒す方法とか、直接的な情報が知りたかったわけだが、
聞こうにもにゃんにゃんとしか言えないので、それもままならない。
ここまでくれば知己も、これが女子に手をあげられない弱点を逆手にとった時間稼ぎである事に気づいてはいたのだが。
まさかせっかくこんな大層な能力で色々と教えてくれるというのを無下にはできず、せっかくだから色々と教えてもらおうと言う事になったのだ。
「おーい! ともみくーん、レミちゃーん! 向こうの『喜望』のビルを発見したでやんすよ~っ!」
どうせ教えてもらうのなら、全ての記録係の法久も必要不可欠だろう。
そんなわけで、過去未来探訪のお供には、鋭角な肩パッドを持つダルルロボ……キューバレの姿をとった法久の姿があった。
「……知己お兄さん、とりあえずゆっくり休める人のいるところに向かおうよ」
「みゃん」
しかし、レミにしてみれば呼んだわけでもないのにいつの間にかくっついて一緒にコールドスリープされていた法久(キューバレ)が気に食わないらしい。
可愛らしくもあからさまにむっとしつつ。
法久(キューバレ)を無視して法久の言う喜望ビル跡へと歩き出す。
「ちょっ、無視はひどいでやんすよぉ! せっかくちめたいの無理してついてきたのにぃ……って、おっと。通信でやんすか。早いでやんすね」
法久(キューバレ)は、慌ててレミ達を追いかけようとするも、耳元に響く電子音に中空で静止した。
しばらくふんふんとやり取りをしていたが。
本気も本気でレミ達は法久(キューバレ)を置き去りに進んでしまうのが見えたので。
法久は慌ててそれを追いかけていくのだった……。
(第361話につづく)
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