第19話、カオナシの襦袢と、始まりの挿入歌
ぐんっ、と空気の捩れる音がして。
世界が一変し、今まで穏やかだった田園風景が、鬱蒼と生い茂る木々と、深く澄んだ水の流れる湿原になる。
それこそが、『トリプクリップ』班(チーム)の異世だった。
「ふ~ん。これが『喜望』の異世なのか! それじゃ早速、言って見るよーっ!」
世界の変容に臆する事なく強面のスキンヘッド男……梨顔トランが叫び、どこからともなく出現させたのは、銃口が六花を象る金色の銃。
刹那、打撃音のような奇妙なリズムの銃撃音がしたかと思うと、風状に渦巻く黄色の弾が断続的に4人を襲う。
「そうはいくかよっ、【安寧梯陣】っ!」
黄色の弾丸が炸裂する瞬間。
コウのカーヴ能力、【安寧悌陣】(クラスC)によって、コウたちのいた場所、広さにすれば6畳もないが、光のカーテンのようなものがそれを遮り、弾いては消していく……。
それはフィールドタイプの力で、味方以外のカーヴ能力を防ぐことができるものだった。
「あれー、だめか? って、いないよっ!?」
トランが、甲高い声色のままで残念そうな声をあげた時。
その光のカーテンの先には誰もいなくなっていて……。
変わりにあるのは空間を破いたかのような黒く丸い裂け目のようなもの。
それは賢の能力、【隠家範中】(クラスC)により創り出されたものだったが。
それが何を意味するのか考える間もなく、トランに吹き付ける風とともに舞うのは、桜色の花びらだった。
「何これ~、桜の花……っ!」
気付けば、今まで青々としていた木々が全て桜色に染まっていて。
強風とともに舞ったその花びらが、一斉にトランに襲い掛かる。
「い、いたいっ。いた、いたたっ!?」
ただの花びらだと思っていたそれは、一つと一つが鋭いナイフのようで、まるで意思を持っているようにトランを翻弄していた。
それは、マチカの能力、【廻刃開花】だ。
全方位からの桜色の斬戟は、一旦その地に踏み入ったが最後、その相手に攻撃の暇すら与えないだろう。
こうなってくるとトランが取る行動は一つしかなかった。
トランは一旦態勢を立て直そうと、足元に流れる水の中へともぐる。
そこは大分深いらしく、多くの水草や木々の根っこがはびこっていたが、攻撃を避けるのは十分の広さがあった。
が……。
その行動こそが、自分を追い詰めるものだったと気付いたのは。
2m近くあるトランの2、3倍はくだらない大きな顎を目にした時だった。
水の中ではどれだけの手錬れでも、動きが鈍るもの。
そしてそれは、水に住まう目の前の巨大な生き物にとって、格好の獲物で。
「……っ!」
その先にあるのは、カーヴ能力者としての無残な終焉だった。
※ ※ ※
「ふーい。なんつーかさ、うまくいきすぎでオレらサイコーって感じ?」
「……」
芳樹はそれに答えるでもなく、ついさっきまで梨顔トランだった男が去った方を見ていた。
結局あの後、コウが言った通りたいした抵抗もなく。
あっけなくこちらの術中にはまり、落ちた……能力を失ったトランは。
安の定『パーム』のことも、自分が今までに何していたのかも、分からない様子だった。
だから一般人と化し、何も知らないトランを拘束する意味はないため、こうして現実に返るトランを見送っていたわけなのだが。
「どうかした、釈さん? トランさんが気になるの? 能力を失った以上、彼にパームが接触することは、もうないと思うけれど……」
「……」
芳樹自身にも、それは分かっていたが。
どうも何か引っかかって、仕方なかった。
こっちがここに来たのを知っていたのにも関わらず、一人だけで突っ込んできて能力者同士の戦いに敗北。
こちらをなめていたのか、自分の力に過信があったのかは分からないが。
準備が足りないと言うか、ずいぶんと杜撰な気がしたのだ。
「わかった、あっけなさすぎて何かあるんじゃないかって思ってるっしょ、さめちゃんは。じょぶじょぶ、ラクショーばい、また『パーム』とかいうやつらが攻めてきたら、僕たちのコンビネーションで、ばばーんとやっつけちゃえばいいとねっ」
「……」
相手が弱いんじゃない、僕たちが強すぎるのさって朗らかに励ますように、賢は芳樹をばしばしと叩く。
芳樹は何も言わなかったが。
されるがままの所を見ると、その賢の意見には、特に依存はないらしかった。
AAAクラスの人物がいる『スタック』班(チーム)や、『AKASHA』班(チーム)と比べても、自分たちが劣っていると考えたことはなかった。
コウの【安寧悌陣】はCクラス、賢の【隠家範中】はCクラス、
マチカの【廻刃開花】はBクラスだが、三つともフィールドタイプのカーヴ能力だ。
その3つの力と芳樹自身の能力、【無残噛浸】(クラスはAで、ファミリアタイプ)が加われば、大きな相乗効果をもたらす。
芳樹がキッパと呼ぶジョーズ型のファミリアにとって、『トリプクリップ』班(チーム)の作り出す異世は、獲物を狩りやすい、非常に都合のいい場所でもあるのだ。
今回のようにうまくいけば、AAAクラスの力も凌駕するだろうと芳樹は考えていた。
が、しかし。
AAAクラスの能力者とは、本当にあんな程度だったかと思ってしまうのだ。
トランが言った通り、本当に彼がAAAクラスの能力者だったのなら、あまりにもあっけなさすぎて逆に疑念を抱いてしまう。
賢の言う通り、ハッタリだったと考えれば話は簡単なのだが、どうも芳樹はそう言う風に考えることはできなかった。
何故ならば、芳樹はAAAクラスの能力者の恐ろしさを、身に沁みて知っていたからだ。
芳樹は何度かAAAクラスの力を目の当たりにしたことがある。
それは、音茂知己の力だ。
芳樹が『喜望』に入る前、『位為』と呼ばれる敵対派閥にいた時のことである。
その力はあまりに圧倒的で、神々しささえあり、2クラス違うだけでこんなにも差があるものなのかと、本当に同じ人間なのかと思ってしまったほどだった。
トランは、よくよく考えてみると、使った力は鈍色の銃での攻撃だけだった。
だが、本当にAAAクラスならば、知己や榛原たちがそうであるように、他にもいくつか同じカーヴから派生する力(ヴァリエーション)があったはずなのだ。
それを出させる前に勝ってしまったと言えば、それまでなのだが……。
「悩み込むのは釈さんの癖みたいなものね。今回ばかりは賢……さんの言葉に賛成よ。また新たな敵が現れたら、わたくしたちみんなの力で何とかすればいいのです」
「……」
芳樹はマチカにもそう言われ、確かにここでこれ以上考えていても仕方ないと思い、顔を上げて頷く。
「それでは、早く行きましょうか。アサトさんもお待ちですし」
「……?」
アサトとは誰だろう? と芳樹は考えて、それが今回監視するターゲットの名前であることを思い出す。
「アサトちゃんには、学校に通ってもらうとね?」
「そうよ。もう期日も近いし、それまでなら条件つきで上からOKが出たそうですから」
「どうせなら、いい思い出になるよう、影ながらサポートしちゃおうぜぃっ!」
―――儀式の日は近いのだから!
「……っ?」
芳樹はどこからか何か声のようなものが聴こえた気がして。
振り返り、辺りを見回す。
しかし、そこには当然何もなくて、誰もいなくて。
遠くには穏やかな青空が広がるばかりだった。
聴こえるのは町中に響いているだろう、お昼の放送。
それが県のニュースから、地元の有線協会に変わることを告げる……空飛び動く城の挿入歌が流れ始めた時になって。
芳樹はようやく自分が3人に置いてかれそうになっている事に気付いたから。
芳樹は眉を寄せて慌てた意思表示をし、その後を追いかけていくのだった……。
(第20話につづく)
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