第18話、若桜の女王としもべたち
―――少々時間は遡り、天然の牢獄に閉じ込められし神社の一室。
いつものように心を飛ばしていたアサトは、その身だけが叶うことのない外の世界の散策を終え、今まさに帰ってきたところだった。
「……はふぅ、またあのキラキラ虹色に光る人に、会っちゃった」
アサトは胸を撫で下ろし、ため息をつく。
実際の所、帰ってきたというよりは強制的に戻されたといってもよかった。
今日は、アサトのお気に入りだったもう一人の人物、アサトみたいに狭い所に閉じ込められて、そこから出たいのに、出たら誰かを傷つけてしまうような、そんな人物の所にいたのだ。
その人物とは黒姫瀬華の事で本当は剣なのだが、アサトにはそこまでは分からない。
ただ、アサトが一目見ただけで憧れるような強い意志のある女性だと言う事だけを理解していた。
昨日と同じくらい驚くようなことがたくさん起こって、その分収穫もあった。
「ともみさんていうんだね、あの人」
アサトの目に見えるくらいに眩しく輝く虹色のカーヴ。
初めはそれこそ神さまか何かだと思っていたアサトだったが、どうやら違うらしいと気付く。
今は世界のために頑張っている、アサトが好きで良くテレビで見る戦隊もののヒーローと同じ人なんだってアサトは思っていた。
「ほんもののヒーロー初めて見たよ。わたしの所にも助けに来てくれないかなー」
アサトはそう呟いた後、それを否定するようにぶんぶん首をふる。
するとまるで死装束のような白袴についた、一対の白いぼんぼんがふわりふわりと舞った。
「そんなん考えたらだめだよわたしっ。この力はキズつけるだけじゃすまないんだから」
その時のショックが相当大きかったからなのか。
ここに入れられる前の事をほとんど覚えていなかったのだが。
昨日知己と会ってから、まるで縛ってあった記憶の紐が解かれたみたいに……過去の記憶の断片を、アサトは思い出すようになっていた。
思い出したのは二つあって、一つは自分の力で大切な人を、多くの人を傷付けてしまったことだった。
そしてもう一つは、その力が容易に受けた人の心を壊すだろうということだ。
だからアサトは、ここにいて。
逆にこうして生きているのが不思議なくらいだと思っていた。
何らかの理由で生かされているらしいことはアサトにも分かったけれど。
その理由が、アサトにとっていいことなのか悪いことなのかはわからない。
ただ、自分の罪に対しての罰は受けるつもりだった。
「わがまま言っちゃだめだよ、わたしは心だけでも外に出れるんだし、テレビだってあるんだから」
それがいつまで続けられるかは分からないが。
アサトは自分自身に言い聞かせるみたいに呟いて一人頷く。
この心を飛ばせる能力も、本当は自分にはすぎたものなんじゃないかってアサトは良く思う。
ただ見ているだけで何かを伝える事は出来ないけれど、もう一つの力に比べればずっといいものだ。
何せその力は相手がカーヴ能力者だとか一般の人だとかは関係ない、ただ壊すだけの恐ろしいものだったから。
アサトがそんな事を考えていると。
何を言っているか詳しくは分からないが、遠くかすかにお昼を伝える放送が聞こえてくる。
「お昼ごはんつくろーっと」
アサトはその音を聞きながら気持ちを切り替えて。
いつものように、昼食の準備を始めるのだった……。
※
アサトが、何も知らずお昼の放送を聞いていた頃。
彼女のいる若桜(わかさ)と呼ばれる神社へと、向かう一団があった。
それは『喜望』のメンバーであり、釈芳樹(しゃく・よしき)を中心とした、『トリプクリップ』+αの面々である。
今回釈達はAAAクラスの対象の監視と、パームのおびき出しのため、都市部から離れた古い慣習のある若桜という名の町へとやってきていたのだが。
向かっているというのはついさっきまでの話で、挨拶とともに流れるお昼の全国ニュースを背に、釈達は足止めをくらっていた。
「こんな、廃れた町にとばされて仕事やってらんねーよとか思ったけど、当たりみたいじゃんよ」
「すっげー。本当に出たばいっ。あれがパームってやつなのか?」
釈達の目の前にはスキンヘッドの、いかにも体育会系といった男が仁王立ちして細い農道を塞いでいる。
特に異世を開いているわけではなかったが、その見渡す限り田園の広がるこの場所では、その威圧感はとても不釣合いなものに映った。
それを見た神楽橋コウ(かぐらばし・こう)は自虐的な言葉であることを自覚しながら、母袋賢(もたい・けん)は、緊張感のカケラもなくはしゃいでいる。
豪は金髪のボウズ頭の一見触れたら刺さりそうな、今時風のワルガキテイストを醸し出してはいるが、とにかく実直で熱い男で。
賢は、茶髪ロングのチャラ男に見せかけてよくよくみると天使的な羽でも生えていそうな、透明感のある中性的な男だった。
そこに、ドレッドヘアーと眠たそうな瑠璃色の瞳をした、無口なクールガイの釈芳樹を加えた三人は、こう見えて実のところ大手事務所の売れっ子のアイドルである。
「ちょっと、二人とも勝手に判断しないのっ、違うかもしな……しれないじゃない」
「そうかなあ?」
「あのツラはどう見てみても敵役じゃないっす……よ?」
ようやく仕事開始だと、テンション高めの賢と何故か言い直そうとして変な感じになってるコウに、注意するみたいに口を挟んだのは桜枝(さくらえ)マチカ。
桜色の髪は生真面目な三つ編みで纏められ、それで役割をこなせているのか分からない小さな縁なし眼鏡の奥には、ターコイズブルーの瞳が映える。
元々、ソロのシンガーソングライターだったが、『トリプクリップ』の面々とは、昔からの知り合いというか、今いる若桜町出身の幼馴染であった事もあって、能力の相性が良く、こうして芳樹をリーダーに立てて同じ班(チーム)で行動してはいたが、実のところ周りからは女王マチカとその下僕達扱いされていたりする。
それ故に、そんなあまりよろしくない印象を払拭しよう芳樹を中心に動くつもりだったのだが。
当のリーダーである釈は基本的にほとんど喋らないし、おちゃらけた二人は相手が何者かも分からないうちに、『パーム』に敵対するものとバラしてしまっていて、追いつかないフォローに辟易している所であった。
だが、相手はそんな会話を聞いても何かを待っているみたいに反応せず、マチカ達を睨みつけている。
「えっと、どうしましょうか、釈、さん」
「……」
その顔だけ見れば、確かにカタギの人じゃないのかもと思い、マチカが芳樹に判断を仰ぐが、それでも当の芳樹はまるで鏡みたいに仁王立ちして、何も語らぬままスキンヘッドの男を睨み返していた。
芳樹は、マチかからリーダーに指名されてだけあって、何でもそつなくこなすが、
普段は何を考えているのかも分かりにくく、基本的に無駄口どころか必要だと思えることも語ってくれない少年である。
「……だめね、何か聞いてないみたいだし。いつものことだけど」
こうなると、向こうが行動を起こしてくれるまで待つしかない。
しょうがないなあと思いつつ、マチカが密かにため息をついていると。
しかしすぐに反応が向こうからあった。
スキンヘッドの男はわざわざ下から見上げるようにマチカ達を睨みつけ、顎を引き、くわっと大口開けて言葉を吐き出す。
「……梨顔(なしお)トラン、でーすっ! トランはパーム六聖神の一人なのっ!!
ジャリボーイたちは『喜望』のヒトたちだよねっ。ブッ殺しに来てあげちゃったから、覚悟しなさーいっ!」
それは、4人同時にびくつくほどの甲高い漢の作ったかのような裏声だった。
「うおっ。やべえぞっ、あいつ、会長っぽい!」
「……」
コウが驚いているのか楽しんでいるのか分からない声をあげたが、芳樹は軽く嫌そうに眉をあげただけだった。
それでも見る人が見れば、相当嫌がっているのが分かっただろう。
「なんちーっ、ぶっ殺すだって? エッラソーにっ。勝てるわけなかばい、4対1でっ!」
その言葉が気に入らなかったのか、ちょっとおかしいどこかの方言で冷やかすように言葉を返す賢に、梨顔トランと名乗った男は、不気味な笑顔を浮かべた。
「へえ、勝てるわけないの? どうして? だってトランはAAAクラスなんだよ? 無理だと思うけどねー」
「へんっ。AAAクラスがそんなカンタンにいるわけなかばいっ。一人で来た事、後悔したってしらんからね!」
どう見たってAAAクラスの器じゃない、そもそもろくにカーヴの力も感じられなかった。
もし、AAAクラスの能力者ならば、戦いが始まっただけでその違いが分かるのだ。
だから賢は、トランの言葉をハッタリだと決めて、叫ぶとともに自らのアジールを展開する。
「……賢っ」
その時、今日初めて芳樹が言葉を発した。
「何? しゃくちゃん」
「……『喜望』は専守防衛」
専守防衛……それの意味する事はつまり、戦闘になった時相手が異世を開き仕掛けてくるのを待つという意味もある。
しかし、それはどうしても不利が働く。
特に、『トリプクリップ』班(チーム)のようなフィールドタイプを中心とする班にはどうにもやりづらい決まりだった。
「そーんよか、でも向こうがぶっ殺すとか言ったばいねっ」
「……」
賢の言葉は、屁理屈の何ものでもなかったが。
反論する言葉も浮かばず、再び芳樹は黙り込んでしまう。
「釈さん、納得しないの! 屁理屈じゃないっ、怒られるわよっ」
「いーじゃないっす……かよ! マニュアル通りやらなくたってさあ!」
そんな呆れ果てたた様子マチカの言葉は流れるだけで。
コウの叫びとともに、ぐんっと空気の捩れる音がして世界が一変した。
今まで穏やかだった田園風景が。
鬱蒼と生い茂る木々と、深く澄んだ水の流れる湿原になる。
それこそが。
『トリプクリップ』班(チーム)の異世であった……。
(第19話につづく)
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