第17話、得物の相棒と、眼鏡の相棒
「……何だ、ともみん。もう来ちゃったのか。ともみんが来る前に、何とか説得しようって思ってたんだけどな。」
知己がやって来たのはすぐに分かったのだろう。
全身を切り刻まれ満身創痍の榛原は、それでも笑みを貼り付け自嘲ぎみな声をあげた。
知己が榛原の側までやって来たことで、そよ風程度に弱ってしまった剣の力と、そんな榛原のセリフに知己は心中複雑な渋い表情を浮かべつつそれに答える。
「説得って、一体どうするつもりだったんですか? そんな死にそうな顔して」
「俺さまのムゲンの愛があれば、瀬華だって怒りを鎮めてくれるかなーって。いや、それは嘘だな。俺はこうして瀬華に責めて欲しかったんだろう」
瀬華を死においやったのは、オレのせいだから。
そんな気持ちありありで、榛原は疲れた笑みを見せる。
電話があった時、すぐに駆けつければ榛原はこんな事思いもしなかったのかもしれない。
その点においては知己にも非があったのかもしれないが。
そんな榛原の勘違いで思い込みもいい所の発言に、知己はなんだかイライラが先だってしまった。
だから知己はそんな感情のまま、言葉を続ける。
「会長! 一体そんなっ。独りよがりな考え、どこから湧いて来たんですかっ。
そもそも、彼女は怒ってるわけじゃない、カーヴが暴走しているんですよ? 彼女が本当に怒っていて、会長に罰与えたいなんて思っていたとしたら、とっくに会長の身体はバラバラになってるはずでしょうが!」
「……」
この苦しみの声が聴こえないのか?
知己が何を言いたいのかを、榛原は分かったのだろう。
天井を見上げ、重いため息をついて、榛原は立ち尽くす。
「法久くんは、この剣には意思があると言ってましたけど……もしそうなら、会長のこの行動は、ただ彼女を苦しめているようなものです。本当は傷つけたくなんてないのに、傷つけてしまってるんだから。責めて欲しいだなんて、そんなのただの自己満足じゃないんですか?」
知己の言葉は真摯だった。
だからこそ、榛原には重い言葉でもあった。
「相変わらず、ともみんは……ホントに手厳しいな。口も悪いし、目つきも悪い」
「目つきは余計です。ついでにともみんやめろって何度も言ってます」
でも、間違った事は言ってない。
それを理解して、さらに苦笑を深める榛原は、ともみんやめろとぶつぶつと突っ込みを入れている知己をさりげなくスルーして、改めて知己に向き直った。
「でもな、ずっと抱えつづけてきたと罪を、少しでもほろぼせるような機会が転がっていたら、それを拾いたいとは思わないか? たとえ相手がそれを望んでいなくても」
その瞳も、言葉も真剣そのもので。
そのためにならどうなってもいいって、ひょっとしたら死んでもいいと、この剣に殺されてもいいってくらいの気持ちがあることを、知己は理解する。
それでも、それを本当の意味で考え、理解するのには知己はまだ若く。
そして榛原は年を取りすぎていた。
「己には良く分からないです。けど、それで死んでしまったら何もならないと思う。少なくとも会長は生きて、まだ己たちの上に立って、世界のために踏ん張って立ってもらわなくちゃいけないって、己はそう思います」
「それが、ともみんの望みか?」
「そういうことになりますね」
そして、それはきっと黒姫さんの望みでもあるはずだと、知己は考える。
「……そっか、なら頑張っちゃおうか、なっ」
すると、榛原はそんな事を言ってニヤリと微笑むと、いきなりがばあっと、おんぶおばけみたいに知己に襲い掛かり……いや、もたれかかってきた。
「うげっ!? な、何すんだこのっ、セクハラオヤジっ!」
怖気だって振りほどこうと、知己は必死になるが、信じられないほどの頑健さで榛原はびくともしない。
「う~ん、役得役得。だって、生き返るにはこれが一番手っ取り早いだろ?」
「ぐっ、そりゃそうかもしれないけどっ」
頑張って生きろ、と言ってしまった手前、知己はそんな榛原のセリフに返す言葉を失ってしまった。
ひょっとして最初からこれが目的だったんじゃなかろうかと。
嫌な予感がし、とにかく引き剥がそうと肘打ちとかををガスガス繰り出すも、やっぱり榛原はびくともしなかった。
とてもさっきまで満身創痍だった男とは思えない。
「く、くそっ。こ、こうなったら!」
知己は榛原をそのまま引きずりながらある一点、鎖に巻かれた黒姫の剣の元へと向かう。
「……おやや? 何する気?」
榛原は今の状況が嬉しいのか余裕なのか、一向に離れる気配がない。
事実今まであった榛原の傷は、まるで時間を巻き戻したみたいに治っていたのだ。
「ふんっ!」
知己はそんな榛原をとりあえず無視し、剣に向かって気合一閃。
バキンっ! と力を失ったみたいに朽ちていく鎖をかき分け、未だ微風を纏う剣の柄を掴んだ。
するとその瞬間。
シャボン玉が割れたような音がして、場の空気が変わる。
それは剣が創り出した異世の世界から、元の世界に戻ってきた事を現す音だった。
「これで、現実に戻ったな」
「ともみん? 何か良からぬ事考えてない?」
榛原は知己の声色に、危険な予感がして、そそくさと身を離しおそるおそる訊ねる。
「じゃあ、試し切りでもしてみよっかな? 現実なら治ることもないし」
知己は榛原の言葉を肯定するように、口の端だけに笑みを浮かべ、後ずさりする榛原の方へ向き直る。
そんな知己の意思に反映したのかそうでないのか、黒光りする剣は、白銀灯の光を浴びてギラリと光った。
「おぉ、黒姫さんも、ヤル気満々みたいだな?」
「お、オタスケーっ!? 殺されるーっ!」
そして、知己が呟くや否や、榛原はそんな情けない声をあげ、体格をものともしない俊敏さで部屋を飛び出し、階段を2段飛ばしで上へと逃げ去ってしまった。
先ほどの悲壮とともに語った言葉はなんだったのか。
まるで正反対もいい所のリアクションである。
まさか、本当に自分に抱きつく(理由付け)ためだけにやったんじゃないだろうなと疑ってしまいそうな行動力だった。
「ま、暗いままよりはいいか、何事も。それよかこれからよろしくな黒姫さん。
とりあえず、己が持っていれば暴走は抑えられるし、カーヴの制御も何とかなると思うから」
知己が語りかけるようにそう言って剣を掲げると。
それに答えるかのように、柔らかな風が知己を包む。
いつか、カーヴの制御ができるようになって、
本当にあるべき場所に帰れればいいな、と。
その風を身体で感じながら、知己は思うのだった……。
※ ※ ※
「やあやあ、ともみーん! 実に見事な手際だったね。君のような優秀な人材がうちにいてくれて、俺も頭が下がる思いだよっ!」
それから知己が玄関、エントランスホールのある1階に戻ってきて。
最初にかけられたのは、そんなあからさまな榛原の声だった。
さっきまでの事は全て水に流して、話を合わせてくれとった態度がありありで、法久もひいているのが良く分かる。
それに付き合うのも抵抗するのも面倒だと思った知己は、とにかく榛原の事はそのまま流し、法久に声をかけることにした。
「法久くん、身体の調子はどうだ? しんどいようなら己が何とかするけど?」
「大丈夫、でやんすよ。こう見えてもおいらは頑丈でやんすから。それよりも、そのくるまれてるのが、例の剣でやんすか?」
本当に日光浴で元気になったのかどうかは定かではないが。
見る限りではそれほど無理している感じでもなかったので、伊達にAAAクラスの力を制御してるだけはあるなと(そう言う意味では、知己も榛原も同じだが)知己は今更ながら感心する。
「ああ、これ? さすがに抜き身で持ってるわけにもいかないし、かといってまだ手放すわけにもいかないからさ。それに……」
法久の言う通り黒姫の剣は知己に宛がわれた『喜望』仕様のジャケットにくるまれていた。
「乙女の柔肌をそう晒すものじゃないって感じでやんすか?」
「ん、まあ……そう言うことだな」
知己の言いたい事を代弁するかのように、にやっと笑みを浮かべて言葉を挟んでくる法久に、知己も同じような笑みを浮かべ、頷いて返す。
「それで、会長。黒姫さん用の鞘か何か創って欲しいんですけど……って、今は『メキド・ウェポン』使わないんでしたっけ」
「使わないんじゃない、使えないんだよ。ほれ」
言った言葉とは裏腹に手品みたいにどこからか取り出し、手渡してきたのはブラックオニキスのような色合いが眩しい、一本の鞘だった。
知己がそれを受け取って、さっそく剣を鞘に収めてみると、
柄の部分にあった黒い薔薇と鞘に施された青銀の薔薇が、一つの見事な芸術品のように一体化する。
「おお、何かカッコいいな。いつの間にこれを? しかもただの金属じゃないみたいだし、ひょっとしてプレゼント攻撃で?」
「ご名答。さすがともみん、理解が早くて説明要らずで助かるな」
「この鞘は会長自身が願って生まれたものでやんすよ。鞘を創る話は前からあったそうでやんすが、会長も知己くんに負けず劣らず、雑念が多いでやんすからねえ。……完成したのは実の所、昨日の今日なのでやんすよ」
説明要らず、と言った榛原の言葉えを無視するように。
法久は詳しくシニカルにまくし立てる。
「こ、これっ、余計な事は言わなくてよろしいっ」
安の定うまく話題を流せなかった榛原は、渋い表情を浮かべている。
その時欲しいと思ったものを具現化できるという【武器創造】の中でも特に奇特なその力は、言葉面のよさに比べ、現実は非常に扱いづらいものと言えた。
知己の場合だと、何を思ってもたいていはどこかからか入り込んだ雑念により、いわゆるかわいいものが出てきてしまう。
榛原の場合は、知己ファン必見の知己グッズが出てくる場合が多かった。
このように効果にランダム要素がかかってくるのが多いのが、カーヴ能力の一つの特徴でもある。
「そんな事言って、法久くんはどうなんだよ? ネモ専用ダルルロボとか言うやつは」
「それはもう。ばっちりすぎて、今はまだ話す段階じゃないでやんすね」
知己の返しに、法久は再びにやっと笑みを浮かべてそう答える。
しかも、先ほどと比べても妙に自身ありげな笑みだった。
「その調子だと、予想以上の出来みたいだが……何だっけか? 法久くんって、この剣以外で何か困ってなかったっけ?」
ダルルロボの件でなければ何だろう、何か他にのっぴきならない事態があったはずなのだ。
知己が、すぐに思い出せなくて考え込んでいると。
それに気付いたのは当の本人である、法久だった。
「そっ、そそそうでやんしたっ! お、おいらのもう一人の自分が出たでやんすよっ!」
一瞬前までの自信満々な様子はどこかに消え失せて、ただただ情けなさっぷりアップしているのが良く分かる。
榛原も、初めて見た時には同じようなリアクションをしていたが、自分ももう一人の自分を見たらああなるのだろうかと思い、知己は微妙に心配になってしまった。
「あ、そうだ。『もう一人の自分』だよっ、それはどこに出たんだ?」
「ビル最下層の、おいらの仕事場でやんすっ、昨日、他のみんなの動向とかを把握しておこうと思って、マイ部屋に入ったら、部屋の隅にいたのでやんすよ~っ!」
まるでお化けでも見たような物言いに、必然と知己の中にも焦りが生まれてくる。
ドッペルゲンガー的なものに出会うと死んでしまうという話はよく聞く話だが、それが法久にふりかかっているかもとなると、知己にとっても大問題だった。
法久が数年来の親友である事は当然のこと、別に榛原を蔑ろにしているわけではなく、強弱の差こそあれど、榛原や知己のような能力者はこれから生まれてくる可能性があっても、法久のような希少な能力は二つとないはずで、世界を救うのに最も必要だと知己が思っている能力だったからだ。
まわりは知己自身を祭り上げてくれるが、本当に凄いのは法久の力だと知己は信じてやまない。
「分かった、今すぐ調べよう。会長はどうしますか?」
「そうだな、何か分かるのなら俺も知りたいところだが、『AKASHA』班(チーム)から、新メンバーの加入要請があったからな。そろそろ来る頃だろうから、俺はそっちの準備をしなければならん。だから何か分かったら知らせてくれるか?」
榛原はそう言って、ようやく一派の長らしく頷いてみせる。
「分かりました。それじゃ、さっそく行くか、法久くん」
「承知でやんす。よろしく頼むでやんすよ」
新しく入る『喜望』のメンバー。
勇から話は訊いていたが、かなりの実力者なのだろう。
大分気にはなったが、それよりも法久の『もう一人の自分』のことが気になった知己はそんな考えを後回しにして。
法久とともに、さっきまでいた所よりさらに奥深く。
ビルの最下層にある法久の仕事場へと向かうのだった……。
(第18話につづく)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます