第16話、わからず屋と黒姫の剣



―――所変わって『喜望』本社ビル、入り口。



 

「ども゛み゛ぐーん」


不自然に緩む顔の表情を抑えられぬままに辿り着いた知己を待っていたのは。

そんな地の底から這い出るかのような法久の恨めしげな声だった。



「ど、どうした法久くんっ! って。随分とまたよれよれじゃないか、一体何があった?」


知己の言葉通り、エントランスの壁に寄りかかるようにして立っている法久は、

精神を削り取られたかのように、ぐったりとしていた。

眼鏡は半分ずり落ち、なんとも哀愁を誘う姿である。



「話せば長くなるような、そうでもない感じでやんすが……昨日、知己くんに渡す武器が、カーヴの暴走状態みたいになってるって話したでやんすよね?」

「ああ、確かに聞いた。でも、地下のカーヴを抑制する場所に、しっかり保管してたんだろ?」


しんどそうな法久を気遣いつつ、知己はそんな質問を投げかける。

知己の言う通り、『喜望』の本社ビルの地下には、カーヴの力を人工的に抑制する部屋があった。

それは地中深くに存在する、地球が生み出す莫大なエネルギーの流れ……すなわち龍脈を利用したもので、(信更安庭学園や、金箱病院などもそんな龍脈の存在する場所に建てられている)その部屋を出ない限り、カーヴの暴走で周りに被害が及ぶことはないはずなのだ。

 

「それがでやんすね。いつまでも封印の部屋に置いておくと、カーヴの力が弱まってしまうからって、今は別の部屋に置いてあって、力を抑えるものといえば、気休め程度の鎖しかないのでやんすよ」


しかし、法久の口から出たそんな言葉で、榛原が戦いのための道具を創る自分の能力を恨みつつも、それでも大切にしていた一振りの剣のことを思い出し、知己は手を打った。



「なるほど。会長がそういう扱いをするってことは、その武器ってひょっとして黒姫さんの剣か。でもどうして、今になって暴走したんだ? それも剣が暴走するなんて。能力者やファミリアじゃあるまいし」

「多分それは、知己くんの言葉通りでやんすよ。あの剣は、ファミリアに近いものなんだとおいらは思うのでやんす。ここからは会長にも確かめてないから、おいらの想像でやんすけど、おそらくあの剣は、戦うためだけの道具を生み出す、【武器想像】のヴァリエーション1、『メキド・ウェポン』じゃなくて、会長自身か、あるいは黒姫さんが欲しいと願った、『オウレシャス・トレジャー』によって創り出されたものなんじゃないかって、おいらは思うでやんす」

「なるほど、そうなのかもしれないな。……うん、己もそう思う」

 

仮に法久の言う通りだとしても、剣に意思があることを示す、カーヴの暴走の理由付けには足りないのかもしれない。

でも、知己は法久の言葉に同意を示した。


たとえ死が二人を別つてもそばにいたいって、そんな気持ちから生まれたのがその剣だって。

一度そう考えてしまうとすごく納得させられて。

そうだろうって思わずにはいられなかったからだ。

  



「それで、法久くんがそんなにもくたびれてるのはどうしてだ?」

「それがでやんすね、昨日知己くんからこっちに戻ってくるのが明日になるって連絡を受けた後、それなら知己くんが来るまで知己くんの力を借りなくても何とか暴走を止めてやるって、会長が張り切りだして……暴走真っ只中の中に突っ込んでっちゃって、止めようと思ったらこのザマでやんす」


法久がここまで疲弊しているってことは、異世の中で相当のダメージを受けたということだろう。

それが、剣自体が招いたものだとするならば、早急にその暴走を止める必要がある。  


「つまり、己が昨日すぐに来なかったから、この状況になったってことか?」

「その通りでやんすね。まあ、おいらにしろ会長にしろ、後で知己くんに治してもらえばいいやって打算が働いているから、気にしなくてもいいでやんすよ」


気にしなくてもいいと言いながら、その口調は随分と負のオーラが漂っているような気がした。  

すぐに帰らなかったこと大分根に持ってるなと、知己は感じてしまう。

  


「即答だし、随分と嫌味がこもってそうな言い方だな、おい」

「悲しい独り身の当然の主張でやんすよ。嫌味じゃないでやんす、決して」


言って自分で悲しくなったのか、より一層どよよんとしたオーラを深める法久。

知己はどうリアクションしていいか分からず、苦笑いを浮かべるしかなかった。

  


「結構いると思うけどな、法久くんを好いてる人って。……それよりか、しんどいなら、治そうか?」

「おいらは後でいいでやんす。それより会長の所に行ってやってほしいでやんすよ。まだ粘ってると思うでやんすから」

「そうか、分かった。じゃあちょっと行ってくるわ」


陽の光でも浴びていればなんとかなるでやんすと、薄く笑う法久の表情には、いまいち覇気がない。

きっと、件のダメージに加えて他にもやることがあって、あまり寝ていないのかもしれないなと思い、余計に知己はいたたまれない気持ちになった。



しかし、今更その事を考えても仕方のないことだし、結果だけで言えばそれほど自分の行動も間違ってなかったと感じていたので。

知己は自分のできることをしなければと、そそくさと地下へつながるエレベーターに乗り込むのだった……。




              ※     ※     ※




『喜望』の本社ビルの地下は10階まであるとされている。


知己はそのうちの5階で降り、法久に教えられた会長のいる場所を目指した。

ビルの管制室があるその階のどこにいるのか……それは探すまでもなく、暴走する強いカーヴの気配ですぐに分かった。


知己がそちらに駆け出すと、そこには上方からガラス窓越しに部屋の中が見える、

手術室のような、実験室のような部屋があった。


その壁は厚い鉄筋に覆われており、ガラスも良く見れば何重にも重ねられた防弾ガラスだ。



「会長っ!?」


その窓ガラスを何気なく覗き込むと。

嵐のような風の中で、その風に切り裂かれながらも、発生元である剣に向かって何かを訴えているような榛原の姿が見えた。



「くっ。一体いつからこんな事っ?」


まさか、昨日電話があってからずっとじゃなかろうかって。

慌てて知己鋼鉄製の扉を開け中に入ると、独特な酩酊感とともに異世に入り込んだのが分かる。

それは、オロチの暗闇の異世とは違い、周りの景色に変化は見られず、もとの世界のままだった。



そもそも異世における場の変化は、異世を開いたカーヴ能力者が力のふるいやすい、都合のいい場所にするため(フィールドタイプはその強化版)だが、変化しない事由が二つある。


一つは、異世に入り込んだことを気付かせにくくするためで。

もう一つは、異世を開いたカーヴ能力者が自らの力を抑えきれずに暴走している場合だ。


しかし、それらはあくまでカーヴ能力者の場合であり、剣が……たとえファミリアだったとしても、異世を創りだすなんて、知己は見たことも聞いたこともなかった。

能力者の拠り代として、異世界を維持する役割を持つようにさせることはできるが、そもそもその能力者が存在しないのだ。


法久の言っていた黒姫の意思が宿っているという言葉は。

本当の意味で正しいのかもしれない。


だとすると、榛原がしている無茶な行動も止めなくちゃいけないと。

知己は自らの力を展開しつつ、迷うことなく鎌鼬にも似た暴風の中へと突っ込んでいった。



すると、どうしたことだろう。

まるで斥力でも働いているみたいに。

風は知己を避け、逃げるように知己から遠のいていく……。



              (第17話につづく)







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