第203話、愛すべき君に、繋がる糸の色は……
王神公康は、幼い頃からカーヴ能力者の優である王神家の者として厳しい教育を受けてきた。
しかし、その抑圧された視野の狭い環境は。
能力者としての才能がなかった王神にとって苦痛でしかなくて。
気づけば王神の人格は、取り戻せないくらい破綻していた。
才能もないくせに王神家という虎の威を借り。
周りの人間を見下げて生きるようになり。
生来の性格がひどく臆病であったこともあって、いつも自分の周りに厚い壁を作っていたのだ。
問題なのは、そんな風に斜に構えていたくせに、誰よりも人並みを望んでいた王神がいたことだろう。
その結果……王神は一生償っても償いきれない罪を犯してしまった。
それは、人一人の運命を狂わせ、その命さえ奪ってしまった事。
きっかけは、一冊の古い本だった。
かつて、カーヴ能力者の駆け出しとして通っていた若狭という高校の図書館で見つけた、ファミリアのことが記されたもの。
王神自身がファミリア使いであり、たまたま目に入って興味の惹かれたその本こそが、全ての始まりだって言ってもよかった。
様々なことが書かれていたその本の中の一説。
王神が一番興味を惹かれたのは、この世界には少なからず人型ファミリアと人間との間に生まれたこどもがいる、という部分だった。
その一説が目に入った時。
王神はの心の中に漠然浮かんだことがあった。
『……俺の能力ならば、だれがそうでそうでないのか、分かるんじゃないのか』
と。
その時の王神が、それを思いついたのは気まぐれな偶然であった。
分かったからどうしようとか考えてもいなかったし、それが思いつきの通りにうまくいくとも思っていなかった。
言うなれば、何となく面白そうだから試してみよう、くらいの気持ちで。
まだろくにファミリアを操ることすらできていなかった王神の能力が。
あんな結果を引き起こすだなんて到底考えもしなかったのだ。
それは、変わらず壁を作ったままの日々が続くはずだったある日の授業のこと。
暇を持て余していた王神は、さもない悪戯くらいの気分で、図書館で思いついたことを実行した。
王神の能力である【召喚弦歳】。
それを誰にも気付かれないように発動し。
本来ならばファミリアを操るためにある青の糸を、名前を知っていたという都合の良さを利用して、クラスのみんなにそっと取り付けたのだ。
そしてしばらく反応を待ったのだが。
偶然だったのか、人間には効果を及ぶものでなかったせいなのか……その事に気づいたものはなく。
いつも以上に感じた、自分勝手な阻害感。
そこから来る苛立ちも相まって。
王神は、心の中で叫んだのだ。
―――『俺を見ろ、俺だけを慕い、俺だけのことを考えろ』などと。
ようやく懐いてくれるようになったファミリアにですらしたことのない、独りよがりな妄言を。
当然、そんなことで自ら壁を作っていた王神に心を開き仲良くしてくれる者などなどいるはずはなく。
そんな愚かな自分を一笑に付し、何事もなくいつも通りの日々が続くと思っていたのに。
『おはよ! 王神くんっ! あ、ううん。これからはダーリンって呼ぶから、そこんとこよろしく~っ!!』
今まで話したこともなかったクラスメイトの少女が。
あってはならないものから生まれた好意を、隠すことなく全力でぶつけて来るようになった日から……。
全てが変わってしまったのだ。
本来なら、赤ではないその糸を、取り返しのつかなくなる前に断ち切っておくべきだったのだろう。
でも、愚かで浅慮な王神には、それができなかった。
眩しくて直視できないくらいきれいな彼女の笑顔が。
二度と自分に向けられることがなくなるという残酷な現実から、目を背けたのだ。
それは、人一人の運命を狂わせた、最低最悪の行為だったのだろう。
なぜなら王神は、そんな彼女を犠牲にする事によって、今までの自分を変えたのだから。
彼女のおかげでクラスにも馴染み、いつしか覆っていた壁も消え去って。
彼女の笑顔を見る度に、募ってゆく罪悪感。
だけど王神はそんな現実にずっとずっと目を背けたままで。
彼女との偽りの関係は、卒業してカーヴを扱いし者達との戦いに身を投じる事になっても続いていて。
そのせいで……彼女は死んでしまった。
黒い太陽が落ちたあの日に。
死を覚悟した王神を、当たり前のようにかばって。
そして……。
王神に残されたのは、もう手の施しようがないくらいに肥大した彼女に対しての罪悪感、ただそれだけのはずだった。
『喜望』の任務に志願したのも、自分の死に場所を求めていた所すらあったのに。
―――『王神、キミのつれあいを名乗る少女に会ったよ』
仲間の一人である勇にそう言われて。
王神はまだ、あるはずのない希望に縋っていた自分に気づかされた。
行方知らずの慎之介のことも、会わねばならない理事長のことも忘れて、解放させる青い糸。
彼女が死んだ日から忘却していたはずのそれを王神はたぐる。
すると、あってはならないはずの抵抗があって。
「【召喚弦歳】、ファースト! ビジョン・グリースっ!!」
王神はその感触が幻になる前にと、すぐさま能力を発動した。
あらかじめ糸をつけておいたものと通信するための力を。
すると、目の前で俺だけに見える青い糸が、緑色の糸に変わって……。
(……つながった!)
王神はきっと、今までにないくらい興奮していただろう。
あるはずのなかった奇跡に、胸を躍らせていて。
「……?」
最初は、閉じた瞼の向こうに見える彼女との視覚を共有しているはずの光景が、全く理解できないでいた。
海の底のような闇の漂う、無機質なコンクリートの壁。
その暗がりの大地に広がる赤い海。
無惨にも飛び散った、水面に浮かぶ元は純白だっただろう赤黒ずんだいくつもの羽。
そして……。
その中心で倒れ伏す、一人の女性の姿。
(いったい、これはっ……)
思考停止していた脳が徐々に状況を理解し始め、目に映るものは決して望んでいた奇跡などではなかったことに気づかされる。
呆然と心内で呟く王神。
当然、それに対しての返事はない。
それだけでなく、相手のほうの音声も届いていないようだった。
リンクしているはずの耳からは、白色雑音も甚だしい耳障りなノイズ音だけが聞こえてくる。
おそらく、何者かの能力が妨害しているのだろう。
それは、魂消るような、おぞましい力。
と、思わず怯む王神に構わず、視点の主が倒れ伏す女性に近づいた。
そしてその女性が、息も絶え絶えに何かを伝えようとしているのが分かって。
(……鳥海理事長!?)
何を伝えたいのか分からない代わりに、理解したのはその事だった。
王神はここの生徒ではなかったが、伝説のバンドだったガラクターズの頃の面影が、しっかり残っていて。
しかし、今はそんな伝説すら霞むほどに、彼女が危険な状態であるだろうことは間違いなくて。
このままではまずいかもしれない、そう思った矢先のことだった。
まるでその瞬間を狙ったかのように復帰する音。
聞こえてきたのは、レクイエム奏でしギターのメロディ。
そして……。
「【魔性楽器】フォースっ、コージィ・ギルト……っ」
そんな、ずっとずっと欲してやまなかった少女の力ある言葉。
それは……最後通告。
(やめろぉぉっ!)
気付けば王神は叫んでいた。
雷に打たれたかのように全身を駆け巡る絶望。
しかし、その声は届くことはなく。
目の前にいた理事長が崩れ落ちる。
光の粒子となって。
後に残されたのは、七色の羽が一枚と、恐ろしいまでの静寂。
「何故だっ!?……どうしてこんなことっ!」
通信が切れたことにも気付かず、王神は叫ぶ。
そして別の事に気づくのだ。
きっとこのことすらも、愚かな王神の罪から始まっているのだと。
「……くそっ!」
王神は、元に戻った青い糸を辿るようにして走り出した。
叫びへの答えを求め……償うために。
(第204話につづく)
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