第51話、うさぎ、もふもふ屋敷に飲み込まれる


向こう側にいる人にこっちが見えていないのならば。

それでどうやって話をすればいいのか、真澄には見当もつかなかった。


「しかし、それだけでは会えない理由にはならないでしょう? なぜならその主とやらにその許可を得ればいいのだからね」

「……それは不可能です」


そう言う勇に少し逡巡した後、はっきりとそう答える千夏。



「何故だ?」


思わず眉を上げて訝しげに問いかける勇に、今度は雅が困ったように声を上げた。



「あんまりこういうことは言いたくないんだけどね。知らないのよ、ウチの主は。自分がカーヴ能力者であることも、自らの異世にいることも……愛犬がファミリアであることもね」

「ふーん、無自覚ってことっすか。なんかそれってカーヴの暴走みたいっすね。なんでそんなことになってるんすか?」


慎之介の言葉はどちらかと言うと、何で教えなかったのかと言う意味が含まれているのだろう。


「それは、先程も申しましたように、お答えできかねます」


それに対しての千夏の返答はにべもなかったが。

リアが無自覚だろうと言うことは真澄にも納得できる、または辻褄があうような気がしていた。


それよりも、何故そんな事になったのか、何故知らないままでいさせているのか。

答えられない二人に、逆に真澄は不信感を覚える。

一体二人はリアに何をさせようとしているのかと。



「でも、それ……おかしくないですか? つまり、その主さんは誰も入れないような異世にひとりで籠もっているってことですよね? それならどうして真澄さんは中に入れたんでしょうか」


真澄がそんな事を考えていると、今までリアの事ばかり考えていて忘れがちだった自分がここにいる理由……その疑問について哲が問いかけてくれていた。



「それはもちろん、その真澄さんって子が中に入ることを主が許可したからに他ならないわ。まあ、もし主が拒否していたら、あるいはその人の存在に気づいていなかったら……千夏の指みたいに異世の壁に阻まれて死んでいたでしょうけど」


そんな雅の言葉に一瞬だけその場に静寂が訪れる。

真澄は自分のことながら、思わず息を呑んでしまった。



「つまり、この洒落にならない私有地の真上に真澄君は転移してそこから落ちていった。それをその主とやらが目撃したとすれば、中に入れたのも不可抗力ってことか。う~む」

「でも、無自覚なのだろう? これだけの異世をどうやって自覚なしに消せる?」

「そんなの、それこそ主に聞いてみなきゃなんとも言えないわね」


続く王神や勇の問いかけにも、雅は身も蓋もない言葉を返す。

それを聞いたAKASHA班(チーム)の一同は唸るしかない。


「って、やな言い方っすね。本当に無事なんすか?真澄さんはっ!」


そして最初にそういきり立ったのは慎之介だった。

真澄の身を案じての一言だろうが、すぐ目の前にいて比較的元気一杯な真澄としては複雑な気分である。


「それなら安心してください。先程、主から直々に無事であるとの報告を受けました。仮に、無事でなかったとしたら、とっくに外にはじき出されているはずです。

主のファミリアは、主の害になるものをすべて排除する性質を持っていますので」

「……」


真澄はそんな千夏の言葉にむっとなった。

さっきから死んでいただの、排除するだの。

これじゃまるでリアが凄く悪い奴だと言っているように聞こえるからだ。


主と呼んでいる割には、彼女への扱いが冷淡な気がする。

真澄の中にある二人に対しての不信感はますます強くなっていった。



「でも、それだと僕たちは上にどう報告したらいいか。どうにか、その主さんに連絡できませんか?」

「正味な話、そこがネックなんすよね。あんまりそんな秘密ぶってると、ウチのリーダーが怒鳴り込んでくるっすよ?」


確かに、このまま上に……知己たちに伝えたら、彼のことだ。

ふざけるなって怒って乗り込んでくるかもしれない。


しかし、それを大げさなはったりだと思ったのか、雅は人の悪そうな笑みを浮かべ、口を開く。


「あらら、それはそれは随分と乱暴なリーダーねぇ。あなたたち本当に『喜望』の人なわけ? まるでやり方が『業主』みたいじゃない」

「言われてみればその通りだな。うまいやり方じゃない。慎之助、知己にはちゃんと言っといてあげよう。ウチのリーダーは、『業主』のごろつきのようだとお前が思っていたとね」

「って、キタネっ! 勇っ、お前はどっちの味方だよっ」


ちなみに『業主』とは、昔あった派閥の名前で。

所謂その筋の人たちと紙一重……そんな派閥だ。

真澄自身も、多少うちのリーダーはそう言うごり押しなイメージがあるかなと思ってしまったのは、自分の心だけにしまっておこうと考えつつも。


いつのまにか脱線してしているような話題に思わず真澄は呆けてしまったが。

うちの班(チーム)も似たようなものかと思い立ち、同時に少し哀しくなる。



「雅さん、失礼ですよ。……とにかく、主との面会はもってのほかです。基本的にカーヴに触れうる可能性のある者との接触は、極力避けるようにと言われていますので」

「ふむ? では質問を変えようか。真澄君はここを出られるんだろうな? いくらなんでも事情が言えないからってそれが叶わなければ、それは犯罪行為にも等しいことだと思うが?」

「どうかしらね? ひょっとしたらその人が、ここから出たくないって思っている可能性もあるでしょ?」

「……」 


王神の問いかけに、逆になぞかけでもするかのように雅は答える。

その言葉を聞いた真澄ははっとなった。

何だか弱い自分を見透かされているかのような気がして。


「先程も言いましたが、この件はこちらでも想定外のアクシデントなのです。しかし、一度主がその方を受け入れた以上、主が許可さえすればそのうちで出てこられると思われます。……私の言える事は、以上ですね」

「なるほど。これ以上は何を言っても無駄ってこさね。ならば俺たちもここにいても仕方がない。お暇するといたしますか」

「王神さんっ?」

「……」


どうして? とばかりに哲は王神に詰め寄るが、それを視線だけで勇が制す。

アイコンタクトで何かを伝えている。

真澄にはそれだけは理解できたが、何を言ったのかは当然分からなかった。


「煮え切らないっすねえ。ほんとに真澄さんは無事なんすよね? くどいっすけど」

「ええ、それは確かよ。きっと主に気に入れらたんじゃないかしら」


そう言って振り返る雅。

その時やっぱり一瞬だけ視線が合った気がして、真澄は気が気ではなかった。

別に隠れているというわけでもないのに。



「えっと、それじゃあですね。せめて伝言を頼まれてはくれませんか?」

「……どうぞ」


そして、慎之介と同じようにどうしてもこのまま去るのに納得していないらしく、哲がそんなことを言う。

千夏は、少しだけ考える素振りを見せた後、それに頷いて見せた。



「えっと、その。『魔久』班(チーム)の件についてなんですけど」

「……っ」


それは真澄が一番知りたいことだった。

もう半ば予測のついていることだったが、やはりちゃんと知る義務があるはずだから。


「阿蘇敏久さん、阿南由伸さん、阿智裕紀さんの3名は、先のパームとの戦闘によりシンカー落ちしました。只今3名とも金箱病院のほうへ収容されています。人としては命に別状はなく、3名ともに近いうちに日常生活に戻れるほどには快復するそうです。あと、その後に駆けつけたネセサリー班(チーム)が、滞りなく敵を討ったそうです……と」

「分かったわ。ちゃんと伝えておくから」


哲のある意味事務的な説明に、雅は少し真面目な顔をして頷く。



「……」


それを聞いた真澄は、正直安堵していいのか悔やむべきなのかよく分からないでいた。


彼らに会うことはできるだろう。

それに、彼らがもう危険な目に遭う事もない。


なのに。

どこか自分だけ取り残された、置いていかれてしまった気持ちの方が強くて。

弱い自分がこれからどうやって独りでこの世界で生きていけばいいのかと。

心が軋み、悲鳴をあげていて。

真澄は思わず胸を抑えた。





「……それじゃあ、邪魔したな」


王神のそんなお暇の言葉を他人事のように聞いていて……今は何も考えたくない。

そんな気持ちにも沈みかけた時。


去ったと思っていた勇が一人、スタスタと戻ってきて、雅と千夏を睥睨するかのように睨み付けて叫んだ。



「ここは君たちの言葉を信じて、引いてやる。だがっ、もしその言葉に少しでも嘘偽り……ボクたちの仲間を傷つけるようなことがあれば容赦はしない! 君たちが何を隠していようとも関係ない。それ相応の報いを受けること、覚悟しておけっ!」

「に、兄さんっ。何してるんですかっ。ほらっ、行きますよっ!」

「……いいか、忘れるなよーっ!」


朗々と向上を述べるようにそう宣告した勇のもとに慌てて戻ってきたのは哲。

そして、指を突きつける格好のまま勇を引きずっていって。

やがてそんな勇の声も聞こえなくなり、一瞬の静けさがその場に訪れる。




「あの様子ですと、上にでも掛け合うつもりでしょうか」

「ま、無駄だとは思うけどね。それにしても、暑苦しいボウヤたちだったわね。仲間思いなのは悪くないと思うけど……あなたもそう思わない? うさぎのお嬢ちゃん」

「……っ!?」


そう言った瞬間、確かに雅だけでなく、千夏とも目が合って、思わず真澄は後退る。


「あなたたち、見えてっ!?」

「そりゃそうでしょ。じゃなかったらお嬢ちゃんこそ、ここに何しに来たのってものよ」


狼狽する真澄に、にっと笑って雅はそう答える。

そして、それに続くように無表情のまま千夏が言った。


「ここの状況は、今まで話した通りです。私たちはここから先に入ることができず、おそらくあなたもここから出ることはできないでしょう。主の許可がなければ」

「許可、許可ってなんなのっ? それにっ、見えてるのに見えない振りして、やっぱり須坂君たちを騙してたの?」

「騙してなどいません。彼らにあなたが見えないのは事実なのですから。中を見ることができるのは、私たちに与えられた役割であり、特権。見えないものを見えると言ったところで、彼らの疑念が深まるだけだと思い、言わずにいただけです」  

混乱する真澄に、あくまでも冷静にそう説明する千夏。

しかし、それがますます真澄を混乱させた。



「一体、こんなことして僕に何をさせたいのっ? リアをこんなところに閉じ込めて、何をするつもりなんだっ!」

「閉じ込めてるんじゃない。閉じ篭ってるのよ、彼女はね。だから、私たちはここにいることしかできないの。だから、何かをできるのはあなただけなの」

「あなたがここから出る意思があると言うのなら、主を説得してください。そのためにあなたには知ってもらう必要がありますが……さまざまな事を」

「それって、どういう?」


真澄には二人の言っている意味がよく分からない。

ただ、二人のその口調は真摯で、真澄自身に切に願っているように見えた。


だが。

その時、いきなり背後から叩き付けられたかのような、カーヴの気配を真澄は感じる。


「えっ?」


真澄は驚いて振り向くが、そこには誰もいなかった。


「誰もいないっ!?」


ついさっきまでいたはずのツカサが消えている。

そう思った時。


がぱっ!


「ぅわぁっ!?」


突然真澄は足場がなくなる感覚を覚えた。

視線を落とすと、絨毯の地面がなぜかぱっくりと口を開けていて……。

その地面には大きな一対の瞳、ギラギラと光る白刃のようなあざとを持つ何かがいた。


それが、今までいたツカサであると真澄が気づいた時。


真澄は、悲鳴を上げる間もなく。

その口の中に飲まれてしまったのだった……。



                (第52話につづく)








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