第52話、新型の蒼はギタリストの夢を見るか


そうして。


未だ茜色でいられる空が、闇色に染まる頃。

『喜望』の本社ビルに戻ってきていた知己の携帯に、着信が入ってきた。


それは、勇からのもので。

阿海真澄の件で何かわかったのだろうと思った知己は、ちくまやカナリの新しい部屋の案内を居合わせた稲穂拓哉に任せ、法久や榛原を脇目に携帯に出る。



「もしもし、知己だ」

『こちら、AKASHA班(チーム)、勇。阿海君についての報告だ」


そう言う勇の声は、電話越しからも不機嫌さが伝わってくる。

何かあったのかもしれないな。

知己はそう思い、先を促した。



『とは言っても知己が満足できるような内容でもないけどね。彼ら……いや、彼女らはボクらを阿海君と会わせてはくれなかった。他人を私有地の中にいるものがそれほどまでに大事らしいね。阿海君がその中にいるのは、向こうも想定外だったようだが……正直、100%彼女の無事を確認できたとは言い切れない。口では無事だと言っていたが、口先だけならどうとでも言えるからね。はっきりと分かったことと言えば、かの私有地は巨大なアジール、いや、異世の壁に阻まれているということくらいか』


勇は順を追って、あったことを話していく。

知己は相槌を打ち、話の腰を折らないようにしていた。


『……私有地であるから入れない。その理由は分からなくはないが、どうもきな臭くてね。例えば、ボクたちに知られたくない何かがそこでは行われていて、それを知ってしまった阿海君を閉じ込めてるんじゃないか、何てことも考えた。だが、そうは言ってもそれらを証明する術はない。……これはあくまで慎之介の意見だが、それこそ知己に無茶して暴れてもらえば、何を隠しているのか分かるかもしれないけどね。しかし、それじゃあ美しくない。それになによりボクの出番がなくなってしまう』

『……っ!』


途端に向こう側で上がる、長池慎之介のくぐもった悲鳴。

そのリアクションが、私は確かにそう言いましたと宣言しているのと同じだという事を、慎之介は気づいてないようだった。


「あっはっは。何だよーそりゃ。バーサーカーじゃあるまいし。敵かも分からない人たちにそんなことできるわけないだろ?」


自覚しすぎるほどにしているからなのか、わざとやっているのか。

冗談きついんだからこのっって感じで明るく言葉を返す知己。

それがかえって滅茶苦茶怖いんだとは、(変な自尊心の助けもあって)勇は口が裂けても言えなかったが。


いつも高慢な勇も、人の告げ口などするもんじゃないと心の底から思うわけで。

それにより少し顔を青ざめた勇を見て、おれっちは一体どんなひどいお仕置きを受けるっすかと、慎之介は震え上がっていた。



「ま、まあそれはいいんだ。とにかく、鳥海のやつらは何かある。かとって味方といっても遜色ない関係だし、こっちが憶測だけでうかつに手を出せないのが実情だ。そこでとりあえずボクたちは、更に上のものとアポをとることにした。あの私有地の本来の持ち主、信更安庭学園の学園長にね。どう転ぶかは分からないが、ま、下っ端どもよりは有意義な話が聞けるだろうさ。……一応面識もあるからね」

「そうか。その辺は任せるよ。しかし、それでうまく事が運べばいいが」


気を取り直して今後の予定を述べた勇に、知己は珍しくそうもらす。

何しろ時間がないのだ、いろいろと。



「どう転ぶか分からないと言ったろう? ま、ボクとしては知己がやってくるような事態にならないことだけを祈りたいね」


思わず出た勇の本音に、知己苦笑するしかない。

確かに、あまり満足できる報告とは言いがたかった。


特に、真澄の無事がはっきり分からないのは痛かった。

知己は、自分が正直者ではないことくらい分かっていたが、前にちくまに言われたように、これでは敏久にひどい嘘を言ったことになってしまうからだ。


「しかし、参ったなこりゃ。敏久さんになんて説明しよう?」

「ボクに聞くのか? 知己の責任だろう? とりあえずは、鳥海のやつらのことを信じるしかないとしか言えないな、すまないが」

「だよなあ、その通りだ。よし、責任は己が取るよ。勇たちはパームの動向にも注意しながら、真澄さんと連絡が取れるかどうか学園に掛け合ってみてくれ」

「……ああ、そのつもりだ。了解したよ」


勇の言葉に重く圧し掛かる何かを感じながら、知己はそう言葉を返し、勇との電話を終える。



知己はその様子をじっと伺っていた法久たちの方に振り返ると、おもむろにその内容を説明していった。



「取り敢えず向こうは勇たちに任せることにした。敏久さんの事に関しては、己が責任を取るよ。金箱病院の方には、敏久さんたちが目を覚ましたら己に連絡するように伝えてもらえないか?」

「それは了承、でやんすけど、どうするつもりでやんすか?」

「このまま嘘をつき続けるよ。それが己の責任だし。それに己、真澄君は絶対無事だって信じてるから」


鳥海の人たちのことも、勇たちのことも信じている。

それはつまりそう言うことで。

甘っちょろいと言われても仕方のない、そんな言葉だった。


本当は慎之介や勇の言うように、力にかまけてでもいいから、無事を確認したいと言うのは確かにある。

でも、そう言う力を持っているからこそ、それにより被る相手の迷惑とかをちゃんと考えたかったのだ。


真澄がその場に転移したのは、向こうにとってもイレギュラーなのは確かで

それを助けて、無事であるとわざわざ言っているというのに、それを疑うという考えは知己にはなかったのもある。


何故ならば、何かに利用したりするつもりなら、「そんな人は来ていない」と言えばすむだろうと考えたからだ。

わざわざ疑われるようなこと、する必要はないと。



「そうか。ならばネセサリー班(チーム)はこれからどう動く? 金箱に向かうかい?」

「いえ、敏久さんには悪いけど、己たちのすべきことをしようと思います。それで会長、チケットのほうは渡していただけましたか?」


決定を任せるように問い掛ける榛原に、知己はしかしゆっくりと首をふった。

そして、逆にそんなことを問い掛ける。


「チケット? 明日桜咲(おうさき)で行われるチャリティーライブのことか? 確かに今日、潤賀に渡しはしたが……ネセサリーは今回不参加だと通達しているぞ?」


それは、『あおぞらの家』のある町、桜咲町の桜咲中央公園特設会場に、何組かのアーティストが集まってライブをするイベントのことだった。


今回の一連の事件が起こる直前まで、シークレットゲストとしてネセサリーが呼ばれるはずだったのだが、どうも参加が厳しそうなので見送りにしていたライブのことである。



美弥を初めとした、『あおぞらの家』の子供たちに楽しんでもらえればいいなと、

ひそかに前々から企画していたものだったわけだが。


榛原がいなかったのはそのチケットを渡すためもあったのかと、口には出さぬままに法久は納得する。



「それなんですが、やはり参加できませんかね? ちくまとカナリのカーヴの暴走を抑えるために、ちょっと思いついたことがあるんです。二人の力は、早急に必要になるはずだから」

「なるほどな。そう言う考えならば、何とか掛け合ってみようじゃないか。飛び入りでもOKかとな」


榛原は知己のそんな提案に、すぐ頷いてみせる。


「で、紅さんたちにも連絡するのはいいとして、問題は法久くんなんだよな。まさかこのまま出るわけにもいかないし」


カーヴ能力者たちはファミリアという存在を知っているから、法久の今の姿に違和感はないが、ライブ会場ではそうもいかないだろう。

それに第一、今のダルルロボ状態ではギターなんか弾けないんじゃないか。

そう思っての知己の言葉だったのだが……。



「むふふ~、でやんすっ」


法久は、ダルルロボ状態でも品質の変わらない人をくったかのようなにんまり笑顔を浮かべている。


「そ、その人をコケにしたような顔はもしやっ」

「ついに、ついにこのネモ専用ダルルロボ(IN法久)の最終兵器のご登場でやんすよっ! そうと決まればとびっきりのショーを見せてやるでやんすっ! 明日がたのしみでやんすねえ」


いやに自慢げに、そんな事をのたまう法久。

ようは、全ては明日のお楽しみということで。


「ふふっ」

「そ、そうなんだ」


榛原は小さく期待の含んだ笑みを漏らすが。

知己は期待と不安半分で、そう頷くしかなくて……。



                (第53話につづく)





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