第53話、回復担当スタック班、モンスター患者に相対する
―――次の日、金箱病院。
真光寺弥生を中心とするスタック班(チーム)の面々は、魔久班(チーム)敗北の一報を聞き、彼らが収容された病室へと向かっていた。
金箱病院は表向き一般の総合病院を装っているが、その実カーヴ能力者のための専門の病院だ。
基本的には、能力失い落ちたものの中で、状態の悪いものケアを行う。
加えて現在は、『パーフェクト・クライム』の事件による被害者を半ば意図的に集めた場所でもあった。
そこに通う医師たちの中にも当然カーヴ能力者は多く、弥生たちはそんな能力者たちへの聞き込み兼監視の任を与えられていたのだが。
それがなかなかはかどらない。
結構大っぴらに聞き込んでいるのだが、有用な情報を得られるどころか、パームの一派が現れることもなかった。
それでも、めげずに向かえた任務二日目のその日。
落とされ能力を失ったものは、一旦実際の肉体への影響がどれだけ残っているかを精密検査し、その症状によってしかるべき所へと運ばれるのだが。
弥生たちのいる場所は、落ちた者の中でも、特に重い患者の運ばれる病棟だった。
静けさの漂う病室の入り口には阿南裕紀、阿智由伸と書かれている。
弥生が先頭に立って、そっと病室の中にお邪魔すると。
クリーム色のそれぞれを仕切るカーテンとともに、ぽつんと二つ並べられた真っ白なベッドがあり、部屋の奥側のほうには金髪の青年が、入口に近い方にはこげ茶色の髪の少年が寝かされているのが分かった。
「……」
弥生は、窓側にいた金髪の青年、由伸に陽が直接当たっているのに気づき、そっとクリーム色のカーテンを閉める。
陰影を落とした由伸の表情は何も語らず、ただただ深い眠りについているように見えた。
「なんだかふつーに寝てるだけに見えるよね」
誰にともなく呟いたのは小柴見美里。
そんな美里の言う通り、一般の症状で言えば、彼らはただ眠っているにすぎなかった。
ただ、いつ目が覚めるのかが分からないだけで。
担当医が言うには。
一旦目が覚めることができさえすれば日常生活を送るのに支障はないという。
それでも彼らはカーヴと言う才能を失い、今までできていたはずのことができなくなるのだ。
カーヴ能力者としての日々がその人の人生にとって重ければ重いほど、それを受け止めるのは辛いことだろう。
落とされ能力を失い、目を覚まさない者がいるのは、その現実を受け止めるのを拒否しているからだとも言われていて。
まかり間違えば明日は我が身であるかもしれない二人の姿を、弥生は見ているだけで心が痛むのを自覚する。
「さっきの人はあんなに元気だったのに、何かとても不公平な気がします~」
弥生はそう言って眉を寄せる仁子に同感だった。
弥生たちがここに駆けつける前に途中で出会った人物。
それは、ここにいる彼らをこんな風にした張本人だった。
元パームの辰野稔と言う青年で、知己によって同じようにシンカー落ちした人物。
カーヴの能力を失えば、敵味方などあってないもの。
皮肉なことに、稔は由伸たちと時を同じくしてここに収容されたのだが。
知己の容赦があったのか、それとも彼にとってカーヴを得てからの生が薄いものだったのか、もう退院できるらしく……まさしくこの病院にいるのが場違いな様子で、警戒する弥生たちにも気安く声をかけてきたのだ。
シンカー落ちすれば何をしたのかも忘れてしまうのだから仕方のないことなのだが。
それがあって、残されたのは消火のしようもない燻った怒りのみで。
「……」
そんな中新しく入ったばかりの晶は、そう言った感情を滾らせるでもなく、じっと眠ったような二人を見つめていた。
その瞳にも、これと言った感情は伺えなかったが。
それでも無意識なのか、ぎゅっと弥生の服の裾を掴むその様子を見ていると、彼女自身も弥生たちと同じような思いを抱いているのは理解できた。
晶のことは、榛原会長の推薦であること以外はよく分かっていない。
大人しくて口数も少なく、あまり自分のことを語ろうとしない少女だったが。
どこか不思議な魅力がある……例えば弥生の場合守ってあげたくなるような、そんな少女だった。
とは言え弥生からしてみれば、そう言う意味でなら美里や仁子も同じ、守りたい存在だ。
班(チーム)のまとめ役だから、という理由もないことはないが。
彼女たちには夢や才能……その先にある生きる道と言うものを見失って欲しくないと弥生は思っていた。
弥生は、それが自分の存在理由だと信じていて。
それとともに未だ無事の分かっていないという報告のあった、魔久班(チーム)の少女、阿海真澄のことが気になって仕方がなかった。
同じスタックのメンバーの仁子や美里と比べれば、それほど親しいというわけでもなかったけれど。
彼女の生き方考え方にも憧れる所はあったし、魔久班(チーム)には、自分たちとはまた違った、自分たちにはない絆みたいなものを感じていたからだろう。
弥生は、真澄が無事であることを強く願う。
残された孤独に苛まれているのなら、それを取り払う力になりたいと。
「離せっ、離せよっ!」
そして、弥生がそんなことを考えていた時だった。
隣の部屋だろうか。
誰かの叫ぶような声が聞こえてきて、慌ただしくなっている様子が手に取るようにわかる。
「なにかあったのかな」
「今の声って、阿蘇さんじゃないかな~? 目が覚めたのかも」
「みんなっ、ちょっと行ってみようっ!」
ここにいる由伸や裕紀よりは比較的軽い症状だと言われていた敏久。
それでも、しばらくは目を覚まさないだろう、そう聞いていたのだが。
弥生は皆を促すと、すぐにその隣の部屋へと向かった。
「どうかしましたか?」
先頭に立って敏久一人に宛がわれた病室に入ると、数人の医師と看護士が、暴れる敏久を抑えるのに苦労しているのがわかる。
「真光寺隊長!? そ、それが、阿蘇様が目をお覚ましになったとたん、その……暴れだしましてっ」
弥生が問い掛けると、一人の眼鏡をかけた医師があからさまにほっとしたように弥生の方を見る。
シンカー落ちしているとはいえ、現場の一線で戦ってきた敏久のことが怖いというのもあるのだろう。
彼らも、多少なりともカーヴの力に触れているからなおさらだ。
隊長、と言われるのには正直凄く違和感があったが。
スタック班(チーム)は、他の班(チーム)と比べて回復補助の意味合いが強いということもあって、『パーフェクト・クライム』の件の時に、ここのスタッフたちと協力体制をとっていたからだろう。
その呼び名は、その時の名残みたいなもので。
特に弥生は中心に立って精力的に動いたからというのもあるだろうが。
逆に言えば、トクベツな目で見たい。
つまりは『自分とは違う存在』だと思いたいんだろうなと、弥生は考えていて。
「離してあげてください。話は私たちが聞きます」
弥生は見れば分かることを言う医師をなだめるように、尊大にならないように注意しながらそう指示した。
そして、そう言われて逃げるようにその場を離れた医師たちを脇目に、改めて弥生は敏久に声をかける。
「阿蘇敏久さんですよね? 私は『スタック』の真光寺弥生といいます」
弥生は、まだどこか視線の定まっていない虚ろな瞳の敏久に、ただそれだけを告げる。
余計な言葉は、敏久の混乱を助長させることになりかねない。
ちょっと前まで仲間だったとは言え、『喜望』でのつながりを失った今、ほぼ初対面なのは確か、それにしかるべき言葉を弥生は口にしたわけだが。
「真光寺さん?」
敏久は、はっきりしていなかった我を僅かに戻し、弥生を見やる。
「はい、なんでしょうか」
「……真澄は! 阿海真澄はどこにいるっ? 無事かっ!?」
相手を混乱させないように、慎重に言葉を選んだつもりだったが。
明らかに焦ったかのようにそう叫ぶ敏久。
その剣幕と言葉に、弥生は驚いていた。
前の戦いも含めて記憶を失っているはずなのに、どうして彼はまるで覚えているかのようにこんなことを口にするのかと。
弥生は、どう答えるべきか言葉に詰まる。
ここで正直に、行方が分からないと伝えるべきなのかどうかと。
だが確かに昨日の夜、法久から「余計な不安を与えることはない。この嘘の責任は知己がとる」と言った内容の報告があったばかりで。
それに、カーヴの力とそれに関する記憶を失っている今、真澄が行方不明になっていることをそのまま伝えても、それを今の敏久が理解してくれるとは思えないし、この様子だと納得してくれるのは難しそうに見えた。
結局は、誤魔化す以外にないのかもしれない。
知己たちとしても、こんなに早く敏久の意識が快復するとは考えていなかっただろう。
「……」
しかし、弥生には何と言ったら良いのか、言葉がまるで浮かんでこなかった。
思い浮かぶ言葉が全てわざとらしいものに感じてしまうのだ。
もともと嘘をつくのが苦手だというのもあるかもしれないが。
「何だよっ、何で黙ってるんだべっ? 何でいないっ! 音茂君はどこだ?
彼なら居場所を知ってるはずじゃなかったのかっ!」
「……あ、うん。えっと、もうすぐ知己のにーちゃんが真澄ちゃんのこと連れてきてくれると思うけど」
困り果てた弥生を、助けるようにおずおずと、美里が口を開く。
でも、それはうまくいかなかった。
「もうすぐっていつだよっ? すぐ会えるって言ったべ! そうやって俺をっ、俺を騙してるんじゃねえのかっ!?」
激しく怒鳴るように、敏久は叫ぶ。
明らかにいつものおだやかな敏久ではなかった。
何かに怯えているような、そんな感じさえある。
「知己さんが、あなたを騙すことなんてあるわけないですよ~。そもそも、どうしてあなたはそんなにも真澄さんを心配するんですか? 何も心配するようなことは起きてませんよ~」
敏久の剣幕に驚いて弥生の背に引っ込んだ美里の代わりに。
仁子が阿蘇が何も覚えていないであろう事を逆手に取ってそう聞くと。
敏久は頭の中でその答えを検索するかのように黙り込んで、仁子を凝視した。
「嫌な夢を見たんだよっ。あいつが独りになって、泣いている夢をっ。……そうだよっ。思い出したべっ! こうやって音茂君にも聞いたんだっ。そしたらすぐ来るって言ったべっ、すぐ来るって! ……なのに来ないっ。あいつは何か隠してる。そうだよ、きっとなにかたくらんでやがんだっ!」
「……っ!」
美里が、後ろで一層こわばるのがよく分かった。
弥生は、自分でも表情が苦いものに変わってしまっていることを自覚する。
確かに知己は、根拠のない嘘をついたのかも知れない。
だがそれは、敏久が思っているような、敏久を騙すつもりでついた嘘ではなかった。
あまり良いやり方とも思えなくもないが、少なくとも敏久のための嘘だったのだ。
そんなことも分からない、忘れてしまったんだと。
もう、何も知らないくせにと。
思わず理不尽な考えすら弥生の心中に浮かんでくる。
そして、そんな弥生以上にまずい状態なのは仁子だった。
いつもの、のんびりとした雰囲気が全く消えている。
それは、敏久が彼女の琴線に触れたからだろう。
……弥生は知っていた。
仁子自身は隠しているつもりだろうが、知己のこととなるとまるで別人になるということを。
仁子は仕方ないとはいえ、知己を貶す敏久に対して明らかに怒っていた。
この状態で仁子が口を開けば、余計に話がこじれかねない。
それだけは止めなくてはと、弥生がそれこそ仁子の口を塞ぐ勢いで仁子に駆け寄った時……。
しかし、思わぬ口撃は別の方向から飛んできた。
(第54話につづく)
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