第一六章、『落日~夏の終わりの蜃気楼~』

第119話、カーヴ能力者的レクリエーション、始まる



ケン……まゆが約束を忘れていた、なんて事は大きな誤解で。

何か大切なことを思い出せないでいるのは、むしろマチカの方だった。


その事実に、どこか自失したままのマチカは。

まるで、観客席から舞台を見ているかのように。

マチカ自身とケンたちの、青春とも呼べるやりとりを見守って。





その日は、待っていたはずの実地試験の日。

マチカが次に我に……自分を取り戻したのは、試験が開始されるその直前であった。



正しく目が覚めたがごとく、せわしなく辺りを見回すと。

コウやヨシキ、奈緒子の姿が目に入る。


急に落ち着きのなくなったマチカに、アイコンタクトで気づいたんですか? と問いかけてくる奈緒子。

ツーカーなその雰囲気に、多少なりとも落ち着き取り戻したマチカは。

一つ頷いてなんとか笑みを返すと、改めて状況を整理する。



今回の実地試験は、クラス、学年関係なく四人一組のチームを組んで行われる。

舞台は若桜を支える穂高山を中心に、若桜の町全域。


各地に用意されたチェックポイントを回り、ポイントを回った数を含めた、加点方式により、今回の試験の順位、合否が決められる。


当然、ただ回るだけではない。

各チェックポイントは、教員、あるいは町の協力者たちの異世が展開されており、生徒たちにたちはだかる。

フィールドカーヴは勿論、ファミリアたち、教員自身の妨害もある。


それらを攻略、撃退することでも加点されるのだが。

実地試験の内容を知って、マチカが思ったのは一つ。


ちゃっかり教員の座に収まっているトランの事だ。

トラン以外に敵方が紛れているかどうかは、可能性としてはあるだろうが。

トランがこの状況で何かをしかけてくるだろうことは、まず間違いないだろう。

なるべく早くにトランの居場所を特定する必要がある。


そのためには、まゆたちとの協力も必要不可欠なわけだが。

そんな事を考えていると、制服の裾を引かれる気配。


はっとなって顔を上げると、奈緒子が来ましたよと言わんばかりに視線を向けた先には、ケンたちの姿があった。



どうやら、ケンたちの方から宣戦布告に来てくれたらしい。

改めて別人なんだっけ、なんて意識すると、言葉が出てきそうにない。


故にマチカは、テンプレートな敵役をイメージしつつ相応しき台詞を模索する。




「総合点の高い班の勝ち。勝った方の要求をのむ。恨みっこなしで。……それでよかと?」

「ええ。よろしくてよ。今からあなたの泣き顔が目に浮かぶようね」

「それはこっちのセリフたい」


そんな気持ちは、興味本位的な意味で、これっぽっちもなくはなかったが。

売り言葉に買い言葉。

同じようにヨシキと瀬華が。

コウと正咲が睨み合っている。


ざっくりと経緯を話したことで、これが茶番だと分かっている奈緒子は、一歩引いて苦笑を浮かべていたが。

対すべき麻理は、他の面子と違ってこれといった嫌がらせをしてなかったこともあり、「喧嘩はだめだよ〜」などと、いまいち状況を理解していない様子だった。

マチカに対し、敵対どころかもう既に友人のような馴れ馴れしさがそこにある。

マチカの身代わりとなって何かを背負っていることなど、微塵も感じさせない。



マチカが忘れているように、その自覚がないのか。

自覚あってもそれをよしとしているのか。

聞きたかったけど、聞けなかった。


マチカ自身、覚えていないのに。

どの面下げて、なんて思っていたからだ。

……だからこそ、ケンとわざとらしくも、喧嘩めいたやりとりをしていたわけだが。



忘れてしまっていることについて、考えていたからだろうか。

何故か、そのやりとりに懐かしいものを覚えるマチカ。

それこそ、明日の約束を交わした後に、似たような事があったような気がしたが……。


それも、先生の集合の合図で霧散して。



「僕は瀬華を、正咲を、麻理を……友達を守るとね。何があっても絶対」

「……っ。やってみなさいよ」


捨て台詞と言うより、咄嗟に出てしまったケンの心意気。

それに、誰よりも反応したのは、マチカ自身で。

カッと、怒りにも似た何かが、マチカの心に滾ってくる。


それは、分かりやすくも分かりきった感情だったから。

否定することも逃げることもせず。

マチカは『らしい』笑みを浮かべるのだった……。





          ※      ※      ※





ケンには悪いが、ケンたちとの勝負は二の次。

始まる前までは、そんな事を考えていたのに。

焚きつけられたのはむしろマチカの方で。


奈緒子の成績にも影響するわけだし、中くらいにやるわけにはいかないと自分に言い聞かせ、試験に望む。


思えば意識のある状態、自由な状況での外出は久しぶりだった。

状況が状況でなければ、久方ぶりの故郷を懐かしむところだが。


それは全て解決した後にやればいいことだと、マチカは自分に言い聞かせる。

それが叶わないかもしれないことを、誤魔化しながら。



「これからどんな方針で動くんですか? まずはお仲間さんと合流ですかね?」

「う~ん。その予定ではあったんだけど」


マチカは、奈緒子の言葉に曖昧な返答をする。

敵ではないのだろうが、秘密裏に動いている風のまゆたちの邪魔をしてしまうのも気が引けたのだ。


「とにかく高得点を狙ったいきましょうや」

「……先生たちを狙うのが吉」

「えっと。つまるところ真面目に試験を受けるってことですか?」


正気……ではないのだろうが。

ここ最近ほとんど口を挟むことのなかったコウとヨシキの二人が、ある意味脚本通りであろう反応を示す。


対する奈緒子は、そんな二人に対してマチカが思っている以上に自然な対応をした。

初対面でないことは分かっていたが、そこに壁のようなものは感じられない。


いつの間に仲良く? なったのだろうかとマチカは思ったが。

今更ながら気付かされるのは、何故奈緒子は正気を保っていられるのだろうか,と言うことだった。

元々能力の範囲外だった可能性もあるが……。



「マチカさん? リーダーの腕の見せどころですよ」


そんな事を考えつつ奈緒子を見やれば。

方針は任せます、と言った風に奈緒子が首を傾げていた。

ワクワクドキドキが伝わってくるような、試験を……あるいはこの状況が楽しみで仕方ない様子に見える。


いつの間に自分がリーダーに? なんて無粋なのは今更なのだろう。

マチカは、敢えて不敵に頷いて見せて。



「目指すは敵の首領よ。まずはトランを探しましょう」


そうすれば、きっと何かが起こる。


結果どうこうではなく、物語は進むだろう。


当然のように、その言葉に異論などあろうはずもなくて……。



  

             (第120話につづく)






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る