第118話、ようやく回収し始めるタグ
「……ああ、さすがマチカさんだね。トランの能力を自力で破ったんだ」
マチカが屋上にやってくるや否や降ってきたのは。
艶やかな笑みを浮かべた知己の言葉。
自力で解いた自覚も、流石と言われるほどのものもないだろうとマチカは突っ込みたかったが、少なくともトランの能力にかかっていないのは彼らも同じなのだろう。
「いえ。偶然ですわ。それより知己さん、敵方をこうして野放しになさっているのには、何か訳があるのでしょうか?」
脇を固める二人の少女……ブラウンの瞳に、栗色おかっぱ髪の、制服がよく似合ってる少女と。
目に付く赤髪をツインテールにした、どこか人形めいた赤目の少女。
加えて知己の肩口あたりでふわふわしている法久のことも気にはなったが。
一度力を発動させれば、すべての能力を『終わらせる』ことのできる力を持つ知己が、トランをのさばらせている理由をまずは聞かなくてはと思いそう問いかけると。
知己はひとつ頷いてみせて。
「俺の力もそこまで万能じゃない……と言いたいところだけど。敵方の目的が読めないのが一つ。加えて、術者本人すら能力に囚われているように見えたのが一つ。そして、この作られた舞台にも意味があると言うことかな」
まさしく、その意味がマチカ自身にあるかのように。
水分を含んだその大きな瞳で、マチカの事を見据えてくる知己。
空気を読んだのか、特に口を開く様子のなかった取り巻きの少女二人すらも、同じようにマチカのことを見つめていて。
その事に動揺するとともに。
『違う』、と確信めいたものを抱いていると。
そんなマチカの内心に気づいているかいないのか、知己は更に畳み掛ける。
「思い出して欲しい。マチカさんが忘れているマチカさんの大切なことを。自分自身の力で。……俺たちはそれを陰ながらサポートしよう」
「……っ」
その瞬間。
ざぁっと風が吹いて。
三人のうちの誰かの能力だったのか。
あるいは、目の前にぽつんと浮かぶ、青光りした法久のファミリアが見せた幻だったのか。
その場には、ファミリアとマチカだけが残されて。
響くは、休み時間終了を告げるチャイム。
言いたいことだけ言われて、言いたかったことは何も言えなくて。
ついでに、お昼も食べ損ねたけれど。
きっと物語は動き出す。
マチカはどこか、そんな確信めいたものを覚えていて……。
※ ※ ※
マチカ自身、忘れてしまっている大切なこと。
約束をすっぽかされて腹を立てていたマチカ自身がやるせない程ショックな一言だっただろう。
嫌がらせの方向性が、自らの行動で変わったことは良かったのだが。
心無い自分がケンたちに毒を吐く度に、マチカの心はいたたまれなさで一杯になる。
それでも、トランの能力の縛りは未だ健在で。
打ち破る方法が見つからないままに一日が過ぎていって。
その日の夜……夢の世界。
まともにマチカが動ける数少ない時間帯。
いつもの脳内女子会会場へとやってくると、既におなじみのメンバーが揃っていた。
少女らしい姿のヨシキとコウ。
そして、前日の夢の時に意味深発言をしてきた、男でも女でもいけそうな人物。
マチカは極力冷静に努めながら、ゆっくりと自分に宛てがわれた席に座って。
「……見つけたわ。もう一人のあなたを」
開口一番、そう言い放った。
クールに、と思いながらもぴりぴりとした雰囲気に、ヨシキとコウが戸惑いを見せる中、ケンは何故だか嬉しそうに頷いてみせる。
「ほんと? それじゃ、答えを教えて欲しいとね」
「答えも何も、目の前に現れておいてその言い草はないでしょう。知己さんに変身する能力なんていつの間に覚えたの?」
悪趣味ね、とはいろいろな所で問題になりそうなので口にはしなかったが。
あっさりと答えを出すマチカに、頭をかきつつケンは口を開く。
「僕としては、結構うまくやってたつもりなんだけどな。どこら辺で気づいたのか詳しく聞きたいとこだけど、いつの間にって言ったら最初からとね。麻理さんやマチカさんと同じで、カーヴ能力じゃない力ばい」
「違ってたところなんで挙げればキリがないんだけど……って、何よそれ。何だか聞き捨てならない事を口走ったわね」
くしくも喧嘩腰のようなやり取りに、お互い聞きたいことも聞けない始末。
だが、続けて繰り出された爆弾発言に、驚きぼやくしかなかった。
マチカとしては、本当のケンではない目の前の人物が、理由あって力を隠していたことについて問い質したかったのに。
予期せぬ方向から攻撃を食らったかのような感覚に陥ってしまう。
つまりどういうことなのかと、混乱する頭をなんとか整理しようとしていると。
それまでがやどころか背景に一部みたいになっていた、コウとヨシキが同時に動き出す。
「おい待て、それ以上はダメだ、たぶんきっと」
「……」
コウは身を乗り出し、ヨシキは無言のまま立ち上がってケンを止めようとしてくる。
そんな二人を制したのは、二人の突然の行動に我に返ったマチカ自身だった。
「待ちなさい二人とも。それってつまり、知らなかったのは私だけってこと?」
「あっ」
「……不覚」
ジト目で見据えると、二人して降参のポーズ。
ケンはともかくとして、二人が知っていて黙っていたのは、きっとマチカのためだったのだろうが。
「保身してる暇なんて最初からないの。せっかく、こんな風にお茶しながら語り合えるんだから、私が納得いくまできっちり語ってもらうわよ?」
有無を言わせないマチカの宣言。
元より拒否する権限など、そもそも無い事を。
その時のマチカはまだ、気づいてなかったが……。
「まずはそもそも、この世界はなんなのかってことなんだけどね」
夢にしてはやけにリアルな、どこぞの喫茶店。
飲食すら出てくることを考えると、夢と言うより何らかの異世であると言った方がしっくりくる。
「同じような能力を麻理さんが持ってるのは知ってるよ。簡単に言えば心を共有するっていう能力なんだけど」
「いや。この異世は、マチカさん自身がお作りになったものかと思います。な、そうだろ? ヨシキ」
「……同じ。マチカさんと。多分敵に心を支配されそうになった時、抵抗した結果……だと思う」
それぞれに発言した後、結果注目されるマチカであったが。
正直に言えば身に覚えはなかった。
いたたまれずに首を傾げていると、それを察したケンに似た人物が再度口を開く。
「身に覚えがないって顔とね。やっぱりマチカ、記憶と能力を封じられているんだと思う」
「封じられている……ね。どうしてあなたがそれを?」
知っているのか。促すようにそう問うと。
曖昧に濁すのはもうやめたのか、いつの間にかあった紅茶に口をつけた後、おもむろに語りだした。
「……僕の本当の名前は、鳥海白眉(とりうみ・まゆ)。本物のケンとは従兄妹の関係になるんだけど、まぁいろいろあって彼の影武者と言うか、代わりにカーヴ能力者達との戦場に立っていたんだ。だから一応、同郷のマチカたちのことは良く知ってた。僕たちと同じようにカーヴに依らない、カーヴの力がない時代からの異能を持つものとしてもね」
「それじゃあトリプクリップ班(チーム)として一緒に行動していたのも?」
「もちろん、僕だよ」
「まさか女の子だったとは……ああ、うん。女子みたいだと思ったことはあったっけ」
言われてみれば、驚きより納得の方が大きかった。
ともあれ影武者になることで、ケンの周りの情報として、マチカたちのことも知っていただろう事は理解した。
だが、まだ肝心なところ……自身の封印された記憶については聞いていない。
それでどうしたと、三人でケンを見据えて先を促すと。
ケン……改めまゆは、苦笑浮かべて言葉返す。
「僕は、ケンの安寧のために影になったけど。ケンはその事を知らない。忘れられ、封じられてるんだ。そして、同じくしてマチカさんの代わりとなって使命を負った娘を知ってる。……つまりはそう言うことさ」
「私のかわり?」
「……っ」
「……」
目を見開き、じっとまゆを見据えるヨシキ。
身を乗り出すような勢いで、まゆに詰め寄ろうとして堪えるコウ。
呆けたようなマチカの呟きが、まゆの発した事実を把握、理解していない事を意味していて。
「竹内麻理さん。彼女に会って、何も思い出せないのなら……それはきっとマチカさんのためなんだと思う。ケンが僕の事を忘れているのと同じように」
続くまゆの言葉があまりに悲しそうだったから。
マチカは動揺し、あるべき言葉を返せない。
だからだろうか。
あまりにも唐突に突然に。
その日の夢の終わりを告げるように広がる景色にもやがかかり、フェードアウトしていったのは……。
(第119話につづく)
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