第117話、蛇より鬼よりある意味厄介なもの
そのまま、三時間、四時間目の授業の時間。
元々そう言う性格なのか、先程のやり取りなど関係ないかのように親しげに接してくる麻理に、どう対していいか分からなくて戸惑っていると。
ふいに奈緒子から最早おなじみの紙片レターが飛んでくる。
いつもは自分からだったのに、奈緒子からなんて珍しいなと思いつつマチカがそれを開いてみると。
『何だか賢君変わってませんか? 別人みたいですけど……何かあったんです?』
どうやら奈緒子も、目ざとくその事に気付いたらしい。
あるいは、それほどまでに変わったということなのだろうが。
マチカはそれに頷いてみせると、ノートを取る振りをしながら素早く返事を返す。
『おそらく、転入生さんが関わっているんじゃないかしら』
『……そうですか。何だか悔しいですね。本当はマチカさんがその役目をするはずだったのに』
ケンが、別人になってしまった理由。
根本は分からないが、麻理の存在がキーになっていることは間違いないだろう。
単純にそう思い文字にしたのだが、思いもよらない言葉にぎょっとなって、まじまじと奈緒子を凝視してしまう。
そんなわけないでしょう、とか。
おかしな勘繰りはやめてちょうだいとか。
いくつもの言い訳がマチカの脳裏をよぎったが、そう言った典型的なタイプではないと自覚していたこともあって。
話題を逸らす形で、再度返事を返す。
『と言うより、ある筋の情報によると、どうやらケンは別人にすり替わってしまったらしいの。奈緒子さん、ケンの事、他の場所で目撃したりしてないかしら?』
「……」
「……っ」
思ったより長い文章になってしまったこともあったが、奈緒子の期待していたものではなかったらしく、ジト目で見つめられ、思わずたじろぐマチカ。
そんな風に、気の置けない態度で接してくてる人などほとんどいなかったこともあって、何だかむず痒い気持ちでいると。
それでも奈緒子は話に乗ってくれるらしく、しばらく黙考した後。
次なるメッセージが飛んでくる。
『今のところは、一人しか見てませんけど……別人云々で思い出しました。昨日、校内で知己さんを見かけたんですけど、本物ですか? 本物ならサインもらいにいきたいなと思ってるんですが』
「……えっ?」
返ってきたのは、本当に予想だにしないものだったから。
思わず声を上げてしまうマチカ。
訝しげな教科担当の誰何に、トランでなくてよかったと内心で思いつつ何でもありませんと誤魔化す。
そして、妙に突き刺さるすぐそばから向けられる二つの視線をなんとかやり過ごしつつ、マチカは取り敢えず奈緒子に対しての返事を書いた。
『素敵な情報ありがとう、奈緒子さん。これでどちらに転んでも状況が動くってものね』
例えそれがニセモノだろうと本物だろうと。
マチカとしては、もし本物ならこのややこしい状況も一気に解決するだろうな、なんて他人任せの期待感が大きかったが、どちらにしても接触してみるべきだろう。
自由のあるうちに、明確な行動指針が固まった瞬間。
やる気に満ち満ちたマチカの顔を微笑ましげに見つめてくる奈緒子が、どこか印象的で……。
※ ※ ※
転入生……麻理のせいなのか、一緒になって因縁などお構いなしに接触しようとしてくるケン。
そのケンがトリプクリップ班(チーム)として共に行動してきたケン本人ならば、正気である今のうちに状況説明やら何やらすべきではあるのだが。
ただのクラスメイトとして接しようとしてくるケンを見ていると、やはり別人なのか、あるいは操られているからこそなのか、今の状況を洗いざらい話すわけにはいかないような気がしていた。
それは、そもそもマチカたち目的が、『パーフェクト・クライム』かもしれないAAA能力者である麻理の監視である、というのもあっただろう。
下手に刺激してこんなところで暴走したら、という危惧もある。
故にマチカは、泣く泣く釣れないふりをして、昼休みの教室を飛び出す。
そのまま、知己についての聞き込みを開始したわけだが。
生来目立つ人物であるせいか、労せずに知己の情報は集まった。
むしろ今まで気づかなかったマチカ自身がどうかしていたんだろうといった具合である。
何でも、知己はマチカが我を取り戻したのと同じ頃に、臨時特別講師としてこの学校にやってきたらしい。
加えて学園の生徒くらいの年頃の美少女二人をはべらしているとか。
授業中以外はなかなか会えないとか。
授業終わりにもらったサインがコピーのように一字一句同じだとか。
思っていた以上に女顔だったとか。
簡単に情報が集まる始末。
(おかしいわね、いろいろと……)
情報を集めていくうちに達した結論はニセモノの公算が高い、ということだった。
まず、敵方が全く反応していないがおかしい。
かつ、本物ならば今の状況を解決していたっておかしくはないのだ。
美少女をはべらして云々はいかにも知己っぽくはあるが、相方の法久の存在が全く上がらないのも気になるところである。
(取り敢えずは職員室かしら……)
とにかくまずは接触しなくては。
そう思い、歩きだそうとしたマチカだったが。
そんな思考がある種のフラグを建てたのか、渡り廊下の窓越しに青いメタリックカラーの、バスケットボール位の大きさの丸いものが目に入る。
「……っ、あれはもしかして法久さんのファミリア?」
それには、短い手足と帽子、瓶底眼鏡がついていた。
まさに、法久のイメージをそのまま小さくしたような存在である。
何らかの罠の可能性も考えなくもなかったが、気づけばマチカはそれの後を追っていて……。
辿り着いたのは、ケンたちとやりあったのとは別の棟にある屋上だった。
(多分こっちの方に来たと思うんだけど……)
あれが法久のファミリアだとするなら、向かう場所はどこなのかは予想していたが。
実際に予想通りの声を聞くと、マチカの身体は緊張や動揺で固まった。
屋上へ続く扉越しに、知己がいる。
どうやら、連れの少女たちと何やら話しているらしい。
知己以外の声に聞き覚えはなかったが。
その一度聴いたら忘れられない声は、確かに知己のものだ。
(やっぱり、本物の知己さんなの?)
だとするなら、この場所が敵の能力に汚染されたままでいるのは……解決に至らず停滞しているのは何故なのか。
あるいは、ここに来た時点で何らかの連絡があってもいいはずなのに。
本物か、偽物か。
蛇が出るか鬼が出るか。
どちらにせよ、確認しなくてはならなかった。
聞き耳立てているのも性に合わなかったので。
マチカはあえて屋上の鉄扉を、音立てて開いていく……。
(第118話につづく)
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