第116話、無理矢理にでも真面目なキッカケ



「ああ、そう言えばマチカには聞きたいことがあったとね。後でじっくり聞かせてもらうから」

「……っ」


朗らかだけど、有無を言わせない強さを感じるケンの言葉。

同調して息をのんでいると、今まではそんな気配すらなかったのに、クラスメイトたち……奈緒子にも挨拶しつつ、何事もなかったかのように席に着くケン。


おそらく、その聞きたい事とは、ケンたちに対する嫌がらせの件だろう。

その頃には自由を取り戻せればいいな、などと思っていると。

クラスメイトたちが席に着いたのを確認した担任教師、トランが声を上げる。



「よ〜し、朝の会を始めるぞ。今日はな、まず転入生を紹介する。喜べ男ども。可愛い可愛い女の子だぞ」


少し大げさな様子で、しかし手馴れた様子で口火を切るトラン。

気安い担任の態度に合わせて盛り上がる教室。

ケンも手を叩き囃したてていたが、そんなすっかり変わり果てた、あるいは元に戻ったケンよりも。

ここ数日は鳴りを潜めていた狂気……トランの敵意が滲んできているのに気づき、せめて心構えだけはとマチカは警戒する。



そんな警戒の中現れたのは、トランの言葉通り一人の女子生徒だった。

長い長い真白に輝いているように見える、薄い栗色の髪。

透き通った青空のように、澄んだ空色の瞳。

全体的におっとりとしていて、柔らかな印象を受ける。

少なくともカーヴ能力が暴走し、手に負えなくて幽閉されていた人物には見えなかった。



(でも……)


ここに来る前、与えられた任務における資料の中に、確かに彼女のものである写真があった。

AAA能力者の『アサト』。

通り名を持つほどの、『パーフェクト・クライム』における最重要容疑者の一人。



「改めて新入生を紹介する! 竹内麻理(たけうち・まり)さんだ。みんな仲良くしてやってくれよ〜。んじゃ、早速自己紹介からだな」


トランは、心中裏腹の棒読みでそんな事をのたまい、彼女の名前を板書する。

どうやら彼女の名前は、一般に広く伝わっている二つ名とは違うらしい。


そのせいではないだろうが、カーヴ能力者を育てる学校なのに、彼女に対してのクラスメイトの反応は、ごく普通の転入生におけるものとそう変わらなかった。

ただ、ケンと彼女はどうやら顔見知りらしく、小さく手を振りあったりなんかしている。



(……っ)


その瞬間、またしても心と身体が同調するのが分かった。

自分との約束は守らないのに=仲良くしてくれないのに、初めて会った転入生に心を許すのか。


いや、もしかしたら彼女とケンは昔からの知り合いなのかもしれない。

トリプクリップ班(チーム)で行動を共にしていた時は、そんな話題一度も上がらなかったが。

夢で会ったトリプクリップ班(チーム)の一員としてのケンと、今ここにいるケンが別人であるならば、辻褄は合う。


なのに、このいらいらする気持ちは一体なんなのか。

心内のマチカが葛藤していると。

クラスメイト一人一人と視線を合わせるように教室を見渡した後、麻理と言うらしい彼女が口を開いた。



「み、みなさんこんにちわっ。わ、わたしは竹内麻理といいますっ。学校に来るの、ずっと楽しみにしていました。友達たくさん増えればいいなって思ってます。よろしくお願いしますっ」


先程のケンのように。

まるで小学生が初めて学校に通うかのような、あるいは定型文めいた麻理の挨拶。

ただ、おざなりのものではなく、本気でそう思っているのが伺える。


その様子は、やはり到底能力を扱えきれずに暴走するようには見えなかったが。

学校に通えると言う初々しい喜びに溢れているからこそ、彼女の今までが偲ばれた。



そんな彼女に、何らかの負荷を与え暴走させるのが、トランたちの目的なのだろうか。

与える役は、もしかしたらマチカなのかもしれない。

ケンと麻理は仲が良さそうだったから。

ケンが傷つくようなことがあれば、そんな事態も起こりかねなかった。



(なんとしてでも止めなくちゃ……)


言う事のきかない自分の身体を、どうにかしなくちゃいけない。

その時マチカの心は、自然とそう思えていた。

二人の仲に嫉妬して心も身体も引かれていくような、悪い方向にマチカの気持ちは流れない。



それは、マチカ本人もまだ自覚していない考え方。

みじめに一人取り残され、幸せな二人を見送る敗者。

悲劇のヒロイン。


そんな自分を夢想し誇りに思い、待望しているなどと。

誰だって気づけるはずもないのだから……。





        ※      ※      ※





トランの能力から逃れるタイミングは、次第に早くなってきている。


何故限定的とはいえ逃れることができたのか。

考えられるのは、出会うまで思い出せなかった正咲と呼ばれた少女との邂逅だろう。


トランの能力が音であるのならば。

歌の力でそれを打ち破ることができるのかもしれない。

ならば、自由のあるうちに彼女と接触しなくちゃいけない。


……なんて思っていたからなのか。

マチカはふいに呼び出された。

今までまともにとりあうことすらなかった、ケンの方から。



呼び出されたのは、一時間目休みの短い時間。

場所は屋上。


「別に来たくなかったら来なくてもよかたい」


そんな、マチカにとって効果覿面な挑発めいた言葉に乗らないはずもなく。

いつものように、いつの間にか両脇にいたコウとヨシキとともに指定された場所へと向かう。



「おう。ちゃんと時間通りにきてきれて感謝とね」

「ふん。いい度胸じゃない。この私を呼びつけるなんてね。……それで、一体何の用なわけ? こんなぞろぞろと集めて」


昨日までのケンと違い、明らかに自信のようなものに満ち溢れているケン。

対するマチカは、自身の後ろめたい事を自覚していて。

かつ向こうからアクションがあるなどと予想していなかったのか、しっかりと動揺していた。


それは、ついて出た言葉の通り、ケンだけでなく役者が勢揃いしていたせいもあるだろう。

心内のマチカがまず驚いたのは。

これから何が行われるのか全く予想のついてなさそうな、にこにこ笑顔の転入生……麻理の存在だった。

ちゃっかりケンの右隣に陣取り、マチカたちを興味深そうに、あるいはどこか物欲しそうに見つめてくる。


更に、ケンの左隣……ケンの左腕にしがみつくようにしてマチカたちを威嚇していたのは、正咲と呼ばれた少女だった。

警戒心の強い猫のようなその姿に、元々あってないような毒気を抜かれそうになるが。


その更に左隣でそんな正咲にピリピリしているようにも見えなくもない、すらっとした長身青髪の少女、黒姫瀬華の存在が、その場の緊張感を絶妙に演出していたりした。



正直、タイミングは最悪だっただろう。

もう少しで身体が自由になっていろんな誤解も何もかも解けたかもしれないのに。


中々うまくいかないものだと、不自由に束縛された中で懊悩していると。

そんな心内のマチカなどお構いなしに会話は続く。



「まどろっこしいのはなしばい。君たちが僕の大切な友人立ちにずっと嫌がらせをしてるってのは聞いたとね。一体、どうしてそんな事をすると? その訳を聞かせて欲しい」


こちらに非があるのなら、それに応じた償いをしようじゃないか。

非がないのならば、この場で手打ちにしたっていい。

そう言わんばかりの、堂々としたケンの言葉。


ケンを取り巻く少女たちは、嬉しそうだったり物足りなさそうにしていたり、照れ隠しに睨みつけてきたりしていたが。


マチカの……身体が勝手に発した言葉は、それは激しいものだった。



「どうして、ですって? ふざけるんじゃないわよ! ……いいわ。そう言う態度を取るなら、こっちにだって考えっ……!?」



だが、その言葉は最後まで出てくることはなかった。

何故ならば、正しくそのタイミングで心内のマチカが自由を取り戻したからだ。



だんだん早くなってきているのは分かっていたはずなのに。

咄嗟に言葉は出ず、誤魔化すような笑みを浮かべて両手のポジションにいる二人に無意識に助け求めようと視線をやるが。

ここは口を出す場面ではないとでも言いたげに、いつも無口なヨシキだけでなく、コウですらケンに睨みをきかせるばかりでお話にならない。


急に激高したかと思ったら、だんまりを決め込み狼狽え出すマチカ。

最早、間違いなく別人のケンの方も戸惑いを見せていたが。

いかにも主人公然としたケンは、物語の進行を止めるわけにはいかぬとばかりに、先を促す。



「考えね。それは聞かせてもらえると?」

「……っ。ええと」



自由を奪われていたなら、果たしてどう返していただろう。

自身の意思とは別のところでの発言。

最初はそう思っていたが、マチカにはそれが容易に想像できた。


きっと、この作られし舞台で演じるマチカは。

そうなっていたかもしれない『もう一人の自分』なのだ。


そう言えば、榛原会長が騒いでいた『もう一人の自分』の姿をマチカ自身は見たことはなかった。

マチカのそれは、あるいはこの町のどこかにいるのだろうか。


そんな風に思考が横道にそれかけだが。

逸れた話題が良かったのか。

マチカははっとなって自分の使命を思い出したから。

思い出しついでに、この身体がやらかしたことについてのフォローを口にすることにする。



「……今週末の実地試験、あなたたちを私たちで、勝負よ。あなたたちが勝ったのなら、もう嫌がらせはしない。理由だって話したっていい。新しいお店の立ち上げの話、なかったことにしたっていいし、わざわざ学校から桜枝家に持ってきて育てているトマトを贈呈するのでもいい。友達が欲しいのなら友達になることだって吝かじゃないわ」


約束をすっぽかされたこと。

今更こっちからは言えない、なんて思っているからややこしくなるのだ。

言えないのなら、無理矢理にでもきっかけを作ってやればいい。

それに同じくして、今までの嫌がらせに対してのお詫びと解決策を提示する。


舞台の脚本を強引に書き換えるような行為だが、できる時にできる抵抗をしておこうと思ったのは確かで。

これで、敵方の目論見を外すことができればいいのだが……なんてマチカが一人、自己完結をしていると。




「それじゃぁ、君たちが勝った場合は……」


険しい表情でケンがそんな事を言うので、またしてもはっとなるマチカ。

よくよく考えてみれば勝負なのだから当然のはずなのに。

自分たちが勝った場合のことを考えていなかったのである。



「……い、言うまでもないでしょう。そんなこと」


故に、咄嗟に出た言葉は少々苦しいものだったが。

相手を煽る意味では、結構うまくいっていたらしい。



「それで……どうかしら? この勝負、受ける?」

「上等ばい。負けんとね。やってやる。その勝負受けるとよ」


引かず、子供のように純粋な笑みを浮かべてそう宣言するケンに。

図らずも見とれる形となったマチカは。


それでもなんとか頷いて見せて。

不敵に愉しげに立ち去ってゆく彼らを、そのまま見送ったのだった……。




             (第117話につづく)






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