第120話、空も飛べると嘯かれてしまっためざめ




若桜町全域と言うこともあって、チェックポイントは無数に存在する。

町ぐるみで行われるそれは、突然町の協力が不可欠であり、町はお祭り騒ぎの様相を呈していた。


一位を取る……優勝するには一日で十箇所以上のチェックポイントを回る必要がある。

グループに一枚配られた地図に、そのポイントの大まかな場所が記されており、いかに効率良く数多く回るかが、勝利の綾となる。


チェックポイントは、回った証拠になる証明……所謂ハンコの代わりに、柱が建てられている。

これは、能力者がカーヴの力を込めて触れれば本部に伝わる仕組みになっており、柱に触れることさえできれば、障害となる先生方等を必ずしも相手にする必要はない。


ただ、カーヴ能力で触れる=破壊の方程式が成り立つので、後半になって柱が減ってくると、勝つためには先生方を相手にしなくてはいけなかった。


かつては、実力差もあって試験にあまり身が入っていなかったのが正直な所だが。しっかと見据え行おうとすれば、奈緒子のワクワクもよく分かる試験である。



なんの柵も無い時に、もっと真面目に取り組めばよかったと後悔しつつ。

マチカ達が辿りついたのは、一つ目のチェックポイント。

幸か不幸か、先生や町の協力者(OB、OGなど)の姿はない。

その代わりに、何者かの異世に入り込む感覚。



実際は、それこそ本番のための練習なのだが。

一度現場を体験したマチカとしては、思わず身構えてしまうくらいには笑えないものだった。


ただの試験だと思ったら、敵の罠だった。

なんて考えてしまうと尚更である。




「あ、なんかぶわってなりましたね。ここからが異世かぁ。獣型のファミリアとかいますかね。うちのお隣さんちの猫さんがファミリアなんですけど、すっごく可愛くて、私も欲しいなぁ、なんて思ってるんですけど」

「……猫? それってひまわり色した子だったりする?」


テンションが上がっているのか、饒舌な奈緒子に少々引きつつもマチカは心当たりを口にする。


「マチカさん、知ってるんですか?」

「知ってると言うか、命の恩人かな」



言葉の後におそらくがつくが。

今こうしてマチカが自分自身でいられるのも、彼女のおかげなのは確かだった。

となると、敵の能力の影響を受けていないように見える奈緒子にも納得がいく、というものである。


しみじみ呟くマチカに、何やらいたく感動している様子の奈緒子。

マチカとしては、彼女は猫の姿を取っているだけでファミリアではないだろうと思っていたが、どうやら奈緒子は獣型のファミリアに憧れているようだったので多くは語らないようにする。




「……来ますよ!」


そんなやりとりをしていると。

ふいに聞こえてきたのは、警戒を促すコウの叫び。

顔を上げると、血のように赤い頭巾を被った人形のようなものがわらわらとやってきて……。



グァバァッ!!


「わやっ!?」

「……っ」


二人してびくりと縮み上がるのも無理はなかっただろう。

何故ならコウの言葉とほぼ同時に、ジョーズより大きいんじゃないかってくらいの大きなサメが、突然横合いから赤頭巾たちを喰い散らかしていったのだから。



「ち、ちょっとヨシキ! あなた一人で片付けちゃったら試験の意味ないでしょ! 奈緒子さんの経験にならないじゃない!」

「……申し訳ない、です」


マチカ自身、ヨシキのファミリア(本人は身体の一部だと否定していたが)を久しぶりに見たせいもあって、全て倒された後に気づいたことであったが。

それでも素直に頭を下げるヨシキ。


それは、いつも通りの光景ではあって。

正気でないのが疑わしいところだったが。

そんなヨシキの態度を、同じく素直に受け取った奈緒子が、あわあわ言いながら言葉を返す。



「いやいやいやっ。どうせ私なんかが倒せるわけないんですから別にいいですって!」

「何をそんな卑屈なことを! こうなったら奈緒子さんのレベル上げよ!」

「え、でもっ。任務はいいんですか?」

「これも任務のうちよ」


新人、新戦力の勧誘。

マチカ本人も今更思い出したことだが、それも今回の任務の一部だったはずだ。

きっぱり有無を言わさずそう言うと、渋っていた奈緒子も観念したらしい。



「うーん。なら、仕方ないですね」


頷く奈緒子に、少しばかりの罪悪感。

何せ、それは彼女の実力云々より、仕事場にも気の置けない友人が欲しいと言うマチカの我が儘にすぎなかったのだから。


でも、もしかしたら。

マチカには予感があったのかもしれない。

奈緒子の隠れた才能が現状の波紋を呼び起こすかもしれない、と言うことを……。






詳しく聞く所によると。

奈緒子の能力は、紙に書いたものが具現化する能力らしい。


まさしく奈緒子のためにあるような能力ね、などとマチカは思ったが。

書いたものがそのまま大きくなって出てくるだけらしく、かかし程度にしか使えないとは奈緒子の弁。


ただし、能力者としての経験を積んでレベルアップすれば、何かしらの変化、進歩があるかもしれないと進言したことで、奈緒子のやる気が跳ね上がったのは間違いないだろう。




そうして、奈緒子を中心にチェックポイントを回って。

赤頭巾をかぶったファミリアが妙に多いなぁ、なんて思いつつも。

数えて十個めのポイントに差し掛かった時だった。


ブツっと、校内放送の電源が入ったかのような音が響き渡ったのは。




「……っ、コウ! 能力展開っ!」

「きゃっ!」


失念していたわけではないが。

試験にのめり込んで行くうちに、お昼の放送の時間になっていたらしい。

マチカは咄嗟に叫び、奈緒子を引き寄せ抱き寄せる格好を取る。


言わなくてもヨシキが、マチカの背後を守るように背中合わせになり、コウが返事の代わりに【安寧悌陣】を発動する。



瞬間、マチカたちを覆う光のカーテン。

だが、おそらくそれだけでは足りないだろう。

その事を身にしみて理解していたマチカは、自らの力で刃のない桜の風を起こし、光のカーテン内を旋回させる。


更に、自身と奈緒子の耳を塞ぐようにして。

マチカにかかる能力の戒めを解いたきっかけになったであろう歌を、繰り返し念じるように、心中で口ずさむ。




「っ!」

「……ひっ」


光のカーテンに覆われていた故なのか。

怨嗟の化身のような、黒い靄がかかった手のようなものがカーテン越しに張り付くのが分かる。


その、はっきりとしたおぞましさに息をのみ声を上げたが、幸いにもそれ以上侵蝕してくる気配は見られない。

やっぱり歌が効いたのだろうかと、守れている事にドヤ顔の得意気でいるコウには失礼なことをを考えつつ見守っていると。

光のカーテンと靄の手は混じり合い、互いに相殺するようにして消えていく……。



慌ててコウが再度能力を発動しようとしたが、ヨシキがそれを制する。

どうやら昼の休みを告げる音楽が止み、昼の放送が始まったらしい。

オープニングの明るい音楽とは違い、男のアナウンサーの独特な硬いトークが聞こえてくる。



「ううん。あれが本場の、しかも悪役の能力ですか。流石にそれっぽい感じでしたね」



取り敢えずは、危機を乗り越えたのが分かったのだろう。

奈緒子らしい呟きが聞こえてくる。

そんな軽い調子の奈緒子に、押されるように安堵しかけたマチカであったが。



「ん? 妙ですね。みんな同じ方向に向かってるけど何かあるんでしょうか」


そんなコウの言葉で、能力の支配、侵蝕を防げたのは自分たちだけだったことに気づかされる。


ならばどうするか。

コウの言葉には、そんな意味合いも含まれていて。




「追いかけるわ、急ぎましょう!」


この先に、敵方の企みの答えがある。

確信めいた予感を覚えながら、マチカたちは他の者たちに混じるようにして駆け出すのだった……。



             (第121話に続く)





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