第121話、ここは任せて先にゆけ……からの、女王の回想



進めば進むほど、人口密度は増えていく。

進めば進むほど、まっすぐ一方へ向かうものは減っていったが。

どうやらその答えは、穂高山にあるらしい。


目的地へ向かう者たちが減っていったのは、その山を囲むように、山狩りでもしそうな雰囲気で山のふもとに広がっているせいだろう。


案の定登山口の看板がある場所には、外部からの侵入を……あるいは中にいるものを出さないようにと、町の人たちが監視するみたいに道を塞いでいる。




「どうやら目的地はここの奥のようだけど……」


どうやって中に入るべきか、なんて事を考えていると。

奈緒子が、ふと思い出したかのように着眼点の違うことを口にした。



「なるほど。敵の人たちは、『深花』さんが目的のようですね」

「深花?」


唐突だが確信を持っている様子の奈緒子の言葉に、マチカは聞き覚えがあった。

だけど、何故だか思い出してはいけないと、脅迫観念があって不安げに問い返してしまう。


「あれ? マチカさん知りませんか? 穂高山に住んでる『何でも叶えてくれる』神様だか妖怪だかのことなんですけど」

「……っ、知ってるわ。町で発行している絵本、おとぎ話に出てくるキャラでしょう?」


確か、『深花のさと』などといったタイトルで、地元の活性を促すためと出版されたもののはずだ。


それは、さもない作り話のはずなのに。

どうして自分の秘密を暴露されているかのような焦燥感があるのか。

マチカは理解できなかった。



「そうです、それのことです。あ、でもあながち全部が作り話ってわけでもないらしいですよ。昔は本当に、生贄とかを捧げて願いを叶えて貰おうとした人とかいたそうですし、いかにも悪巧みしてる人達が狙いそうじゃないですか」


これが、作られた舞台でなくとも。

奈緒子が『深花』のことを口にしたのも、彼女の創作好きな性格を考えればごく自然なことだろう。


だが、願いを叶えることができて、その生贄……代償が必要などとは思っていないはずだ。


しかし、マチカは違った。

それが作り物でないことを分かっていた。

何故ならその代償とは……。



「登山口が使えなくても山に入る方法なら知ってますよ。なあヨシキ」

「……勿論、案内します」


それ以上を考えないように。

あるいは、一刻の猶予もないことを悟らせるかのように声を上げるコウとヨシキに。


「秘密の抜け道ってことですか? そんなの知ってるなんでまさにお話の主人公みたいですねぇ」


高揚した様子で奈緒子がそう言うから。



「……急ぎましょう。物語に乗り遅れないうちに」


コウ達に先導されるように、マチカと奈緒子は走り出したのだった。

なりたいけど、主人公にはなれない。

それをどこか、自覚しながら。






人目を忍ぶように辿り着いたのは、山の民界と町界を隔て遮るようにして作られた、金網によって山へと入れないはずの場所だった。


それほどまでにいがみ合っているのか。

三メートル以上ある上に、上方には有刺鉄線が張り巡らされている。

まあ、それでも能力の使いようによっては、超えるのは造作もないだろう。

能力を使ってまでのメリットがあるかどうかはまた別だが……。



「ヨシキ、いつもの頼む」

「了解」


なんて事を考えていると流れるような連携で、ヨシキが能力を発動する。

すわ、問答無用で金網を食い散らかすのかと思いきや、ヨシキの腕から生まれし巨大サメは、長年積もって天然の堆肥と化した落ち葉へと突っ込み下方へと道を作る。

壊すか上を超えるかして入ると思っていたので、意外は意外だが、死角をついた穏便な手だったため、反論の余地などあろうはずもなく。

マチカたちは匍匐前進などを駆使して、ついには山の中への侵入に成功したわけだが。





「な、何ですかこれ。なんで山の中にこんな場所が?」

「おそらくこれも、異世の一種ね」

「でもこれ、さっきのと全然違いますけど」



異世に入った。

そんな感覚とともにマチカたちを包むのは黒い靄。

まるで雷雲の中にでも入ってしまったかのような、おどろおどろしくも深い闇が目の前に広がっていた。

寒さから身を守るみたいに肩を抱き震える奈緒子を見ても、これが尋常でないことがよく分かる。


一体これは誰の異世なのか。

マチカが答えを導き出すよりも早く。


さほど遠くない場所から聞こえるのは、独特な……一度聴いたら忘れられない、そんな銃声。



「……っ! コウ、奈緒子を守ってあげて! ヨシキ、 行くわよ!」

「はいッ」

「……承知っ」

「え? ち、ちょちょっと!」


それは、間違いなくトランのもの。

途端に沸き起こる嫌な予感を振り払い、マチカは駆け出す。





そして、吸い寄せられるようにして辿りついた闇雲の終着点。

そこには、背を向けてなお不快な笑みを浮かべているのが分かるトランと。


果敢にも無謀にも、トランの狂牙の矢面に立ったのだろう。

蹲り倒れ伏す、ケンの姿があって。

悲壮めいた、泣きそうな顔でケンに寄り添う正咲と瀬華がいて。



「……っ、いけない!」


マチカはそれら全てを置き去りにして、自分でも驚くくらいの早さで飛び出していた。

庇われ瞳の色を失い、震える麻理の姿が目に入ったから。

震えているのは彼女だけでなく、世界そのものだというのが分かったから。


そして、そのまま抱きしめる勢いで麻理に触れようとしたその瞬間。

世界を揺るがすほどの、圧倒的なアジールの奔流が。

膨大な意思の波が、マチカを、その場にいる者たちを覆い包み込んでいく……。





        ※       ※       ※





「キィィィッ! どいつもこいつも。 邪魔ばかりして~っ!」


大切なものが傷ついた事による、カーヴ能力の暴走。

トランが狙っていたのは、さながら『パーフェクト・クライム』の時のように、周りに甚大な被害を発生させ、悪いことを全て麻理に押し付ける算段だったのかもしれない。


だがそれは、マチカが飛び込んだことで未然に防がれてしまった。

ただ押さえつけただけで暴走が止まるなど、それこそ知己以外にはありえない。


トランはヒステリックに声を上げ、邪魔をした張本人……意識失いつつも何故か能力による洗脳が解けてしまっているマチカに牙を向こうとする。



「させるかぁっ」

「……っ!」


しかしそれを読んでいたのか、ヨシキが能力を発動させ、その腕から生まれし巨大なサメが、トランに食らいついていく。

驚愕の表情を張り付かせたまま丸呑みにされたトランは、そのまま闇色の大地へと沈んでいく……が。



「おいっ、今のうちに逃げろ! ここはオレたちが引き受ける!」


思えば最初に相対した時のように、トランにはこの闇色の世界……アジールと一体化する力まであるらしい。

その不自然さに顔をしかめるヨシキを見て、奈緒子を守りつつ結局ついてきてしまったコウが、 正咲や瀬華に声をかける。



「どうして、あんたたちが私たちを……」

「そんなの、敵をおびき出すためのブラフに決まってるじゃないですか! とにかく今のうちに怪我人をっ」

「う、うんっ」



ただただ戸惑う二人に、痺れを切らせたのは何故か奈緒子で。

そのまま見向きもせずにマチカの介抱に向かう奈緒子に押されるようにして、正咲と瀬華は、倒れ伏すケンや意識を失っている麻理を背負いあげる。

そんな積極的で能動的な奈緒子に、ヨシキもコウも驚いていたが……。




「人、沢山来る。……ここは俺たちが止めるから、早く!」


いつの間にやら、解除されていたトランの異世。

ヨシキの言う通り、山道の下方からいくつもの人の足跡が響いてくる。

待っている暇はない。

舞台の主役不在の中、終わりの見えない逃避行が始まった……。








心つながり、入り込み共有し、同調する。

それが竹内麻理のカーヴ能力。



だからなのか、マチカは自らの過去を思い起こすかのように、夢を見ていた。

若桜町の名代を、昔から担っていた桜枝家。

その一子として生まれたマチカは、生まれながらにして宿命を負っていた。

『深花』と呼ばれる、願いを叶えると言われる存在を自身に降ろし、あるいは使役するという宿命が。


町を、家を、その力により永く栄えさせてきた桜枝家。

他に兄弟のいなかったマチカにとって、それは成すべき当然の事であり、物心着く頃から才能……特にファミリアを扱う能力に長けていた。

天才と呼ばれていた彼女ならば、それは気負う必要すらない、日常の一部となるはずだったのに。


ある日突然、マチカは力を半分も使えなくなってしまった。

幼き頃から聞こえていたはずの『深花』の声が、聞こえなくなってしまったのだ。


理由は分からない。

だが。力の亡失、そのタイミングが……些細な約束を破られた後だったことが、マチカの心を、環境を変えてしまったことは間違いないだろう。


また明日遊ぼうの約束。

新しい友達を紹介しようと言われて、待ち合わせた公園。

落日の中、待ちぼうけをくらうマチカ。

それは、陽が完全に沈むまで続いて。


約束を違われることなど、初めての経験だったマチカは。

それから数日、風邪で寝込んでしまう。



そして、目を覚ますと……世界は変わってしまった。


たまたまだったのかもしれない。

タイミングが悪かっただけで、何の関係もなかったのかもしれない。


何事もなく若桜で過ごしていたなら。

この作られし舞台で踊るマチカのように。

ずっとずっと恨み続けていたことだろう。


しかし、そこに桜枝家とは遠縁に当たる竹内家がやってきたことで状況が変わった。

竹内家の娘麻理が、マチカの代わりにお役目を負うと言い出したのだ。


お役目は、力なければ命の危険すら伴うもので。

桜枝家……母も初めに反対していたのだが、かつてのマチカと同じように麻理と資格があって。


桜枝家になのか、あるいは別のことか。

何やら負い目があったらしく、竹内家がお役目を代わることを強く希望したため、麻理がマチカの代わりとなる事を了承したわけだが。


二人は、そんな間柄でありながら親友と呼べる程に仲良くなった。

それは、彼女がケンや正咲、瀬華たちとも知り合いで、約束を違えたことも誤解があって……一つの謝罪とともに柵が解かれたせいもあったのだろう。


それからは驚くほどに波風の立たない、平和な日々だった。

でもそれは、その後の崩壊を暗示する前フリだったのかもしれない。




黒い太陽が落ちたあの日。

『パーフェクト・クライム』世界を蹂躙した日。

マチカも麻理も、多くのものを失い、互いに引き裂かれた。

爆心地の近くにいたマチカは、命失ってもおかしくなかったのだが……。



それでも、マチカは目覚めた。

露崎千夏(つゆざき・ちなつ)と名乗る、医者の職を持つ能力者に助けられて。


代償は記憶。

まるで選定されたかのように、『パーフェクト・クライム』のことを。

麻理の事を、自分の使命を。

約束の記憶を失った。



―――まゆに出会い、トランの術中に嵌る、その時まで。


まるで全てがあらかじめ、そう定められていたかのように……。




           (第122話につづく)






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