第122話、たった二人の世界が欲しい、叶えられないけど、信じている



「……っぐ。あ、あれ?」


『本物』の母袋賢が目を覚ますと。

そこは一見記憶に新しい、麻理の家にように見えた。



「いつの間に麻理の家に?」


確か、実地試験の途中で。

先生であるはずの梨顔に、麻理が襲われそうになって。

それを咄嗟に庇った所までは覚えている。


予期せぬハプニングがあったその場所から、そう遠くない場所に麻理の家はある。

なんやかやあって、意識失った自分は取り敢えずこの場所に運ばれたのか。

……なんて思っていると。

まるで突然降って沸いたかのように。

横合いから声がかかった。



「これは、『俺』の異世だよ。賢は、入ったのにも気付かなかったみたいだけどな」


いつの間にそこにいたのか。

ばっと振り向くと、そこには知己が立っていた。


「知己にぃ!? び、びっくりしたっ……」


賢が、再び学校に通うようになってから。

昔馴染みだったこともあり、知己には気のいい兄貴的ポジションとして、いろいろ助けてもらっていた。

小さい頃の友達と再開し、昔の仲に戻れたのも彼の力添えが大きかったし、出会ってから何故か目をつけられていたマチカに対しても、深い事情があるのだと諭してくれたのも彼だった。


そんな事情もあり、賢は警戒することもなく近づいていく。

擦れることのない、賢の純粋さ。

知己は、自然と苦笑浮かべていて。




「……話があるんだ。どうしても、賢に聞いてもらいたいことがある」

「そっか。それじゃあみんなも呼んで来ようか?」


そう言って賢が辺りを見回すが。


「無駄だよ、賢。ここは俺とお前だけの世界だ。ほかの奴は誰もいない」

「……どういうこととね?」


その言葉内に何か含むものを感じ、流石の賢もそのまま足を止めざるを得なくなる。


「言葉そのままの意味さ。今現実の世界に、俺とお前はいない。この異世に存在しているのは、俺とお前だけだ」


繰り返し言われ、賢はようやく納得する。

何か、自分にしか話せないような話をするつもりなのだと。


しかし……。

そんな賢の思惑は、大きく外れていた。


「ああ、そういうこと。よくわからないけど、手短に頼むとね。あいつら、僕がいないの知ったら、余計な心配するだろうし」

「はたしてそれはどうかな? このまま……いないままのほうが、心配しなくてすむって思ってるかもしれない」

「……」


知己は断言するように、そんな事を言う。

賢はすぐ言い返そうとしたけど、それができなかった。

何故なら。

 

「どうやら賢も、気付き始めているみたいだな。自分だけ取り残されている、ということに」

「……っ」


どうしてだろう。

それは傷つく言葉のはずなのに、どこまでも柔らかかった。

 

 


「知りたいか? すべてを」


それは多分、今賢が最も望んでいることで、最も恐れていることでもあった。

すぐに答えられない賢に、知己は続ける。



「選ぶのはお前だ。もし俺が話してしまえば、賢は今の世界から戻れなくなる。もれなく、死よりも恐ろしい思いをするだろう。だけど、俺は本当は君に今のままでいてほしい。それはきっと、お前の友達だってみんな思っているはずだ」

 


死よりも恐ろしい思い。

賢には想像もつかなかったが。

でも、逆に考えると。

  


「僕の友達も思ってる? なんなのさ、それって。……あいつらが、その死よりも恐ろしい思いをする世界にいるってこと?」


問う賢に、知己は答えない。

たぶんこれは、初めから選ぶことのできない決まった選択肢なのだろう。


ずるい、と賢は思う。

そんな言われ方をすれば、自分が『知りたい』って答えるのは分かりきっている。




「答えは、『知りたい』だよ、知己にぃ。っていうか、知己にぃだって僕がそう答えるのわかりきってたはずばい。それにさ、知己にぃの言い方からすれば、その『知りたい』ことってのはさ、あいつらはもう知ってること、なんだよね? だったら、やっぱり僕、あいつらの話も一緒に聞きたい。そのほうがいいと思うばい。いないの知ったら迷惑かかるしさ」

「それは大丈夫さ、たとえどう転んでもな。凛がそれくらいの時間をかせいでくれるはずだ」


最初、何を言っているのか分からなかったが。

それが、すぐに心配させる件についてだと理解する。

凛と言う子(おそらく、知己と一緒にいた子のがい一人だろう)がいて、何が大丈夫なのかとも思ったが。

それより何より気付いたことは、知己がこうして、一対一で話すのをやめる気がない、ということだった。



「あいつらも一緒じゃ、ダメなんね?」


もう一度念を押す賢。

すると、知己は苦笑して。


「駄目だっつってんだろ。言ったじゃないか俺は。……君は君のままでいて欲しいんだって。そのためには、彼女たちにいてもらっちゃ困るんだ」

「……」



言われた瞬間、どくん、と心臓が震える音が聞こえた気がした。

いや、それどころか、実際にこの世界が震えている。



「知己にぃ?」


その震えの中心は、知己だった。

突然うつむいて身体を震わせ、なんだか苦しそうにしている知己に、賢は心配げな声をかける。

だんだんと息も荒くなりはじめ、それでも何か言おうとする知己に近付いていって。




「だって……俺を殺していいのは、賢だけだから、な!」



瞬間、光が爆発した。



「がっ!?」


まるで交通事故にでもあったかのような衝撃に、賢はどこまでの暗闇の中転がっていく。



気付けば、そこは麻理の家の軒先ではなく、ただ一面の闇の世界だった。


いや、一面の闇ではない。

その闇を、煌々と照らし続ける朝焼けの太陽のような光が、吹き飛ばされた方向に見える。


賢はよろよろと立ち上がり、混乱した頭のままそちらを見つめた。

そこには、白光を纏わせ……黒の、その場の闇よりもなお昏い一対の翼を羽ばたかせる知己がいる。



「い、いきなりなんなんねっ。しかもその翼……」


白光自体はむしろ熱のある輝きに心地よささえ感じるのに。

その翼には、見ているだけで吐き気を催すような禍々しさを感じた。


問うわけでもなくただ呆けて呟く賢に、それでも知己は答えた。

まさしく、それが『知りたい』ことであるかのように。




「これが、『パーフェクト・クライム』だ。……いや、そのカケラ、とでも言えばいいか」


こんな簡単なことも知らないのかと言いたげに。

淡々と、あっさりそう言ってのける知己。


賢は、それに対し何も返すことはできなかった。

その翼が、『パーフェクト・クライム』ならば、その使い手はもしかして……と思ったからだ。

しかし、知己はそんな賢の思考を読み取ったかのように首を振り、



「『パーフェクト・クライム』はな、賢、本来一人の使い手だけで支えられるようなシロモノじゃないんだ。支えきれなくなって、どうしようもなくなって、暴走したのが三年前のあれだ。心失していたとはいえ、これくらいは賢も知っているだろう?」


三年前黒の太陽が出現し、多くの人が死に、賢が両親を失った年。


知らないわけはない。

だから賢は黙って頷く。


というか、それしかできなかったと言ってもいい。

いきなりカーヴの力を使われたのもあるけれど、知己が口にしたその言葉。

まるで自分に殺してくれと言っているようなその言葉に、戸惑っていたせいもある。

それと同時に何でそんな事を言うのか、今はとにかく知りたかったからだ。



「力の暴走は、『パーフェクト・クライム』にとっても危険だった。下手をすれば、使い手すらも巻き込みかねないからな。だから、『パーフェクト・クライム』は考えたんだ。今までその力で、喰らってきたものたちの中から、特にふさわしい資質を持ったものたちを選び、その支えきれずに余った力の受け皿とすることを。それが……『代』と呼ばれる者たちであり、『パーム』の発祥でもある」



『代』。そして『パーム』。

それは賢がはじめて聞く知らない言葉だった。


意味が知りたかったけど、こちらに質問の機会を与えてくれるような雰囲気ではなかった。

むしろ、淡々としゃべっているように見える知己には、余裕がないように見えるのだ。



「だけど、それすらも姑息な手段にすぎなかった。『パーフェクト・クライム』の力は、日増しに大きくなっていたからだ。当然、そんなにも都合よく、『代』になれるような能力者がみつかるはずもない。でもパームは、それでも苦肉の策として、素質のあるものでなくても、『パーフェクト・クライム』の力を植えつけられる道具を作った。いや、手に入れたって言ったほうが正確かもしれないけど、それが、梨顔トランの持つ、六花の銃。俺は……それに撃たれたんだ」



そう言ってかえりみるのは背中にある闇の翼。

賢には、知己の知っていることの全てが分かったわけではなかったが。

目の前にいる知己自身も被害者なんだろうってことは理解できた。

あの、麻理に憎しみをぶつけ続けることを躊躇わない男が、その糸を引いているってことも。


なら、僕はどうすればいい?


そう聞こうとして。

突然ぐらりとよろける知己を見て。


ついさっき襲われかけた事も後回しにして。


賢は慌てて駆け寄っていく……。




             (第123話につづく)







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