第123話、初めからの違和感は、変哲のない人称
「知己にぃ! 大丈夫とね!?」
「ははっ。さすがに二発は
きついな。そろそろか……」
知己は苦笑を漏らし、支えようとする賢を突き放すようにして、体勢を戻した。
知己が焦っていたのはそういうことだったのかと、賢はそこで気付く。
「どうなるとね? 撃たれたら……」
だから殺してくれ、なのだろうか?
賢は不安に思いながら、そう問いかける。
「資格のないものが受ければ、そいつは一発で心を操られ、パームの言いなりになる。あとは 『パーフェクト・クライム』に力に侵食され、いずれはその力を振るうだけの化け物に成り果てる」
賢は、知己の言葉に息を飲む。
けれど目の前の知己は、自分で言っているような様子ではないように思えた。
少なくともこの夏が始まってから、知己は変わってなかったように思えるのだ。
「でも知己にぃは、今まで平気だったとね?」
言われて知己は薄く笑い。
「ああ。それはトランも誤算だったんだと思う。初めてそれを使ったから、うまく機能しなかったって思ったんだろう。だからトランは、自らに与えられた能力のほうを使って、様子を見ることにした。……それが、どんな結果を生むか知りもせずにね。そう言う意味では彼も賢たちと同じ、被害者なのかもしれないけど」
そう言う知己の言葉に、賢は違和感を覚えた。
全ての糸を引いていたのは梨顔だと思っていたのに、梨顔も被害者だと知己は言う。
しかも自分たちと同じだと。
再び目の前にいる知己に疑念が沸き上がったが。
それまで笑みすら浮かべていた知己は、そこでひどく自嘲めいた……悲しげな顔をした。
「その銃はな、べつに壊れてなんかいなかったんだ。壊れるはずなんてない。そう、創造したものなんだから。ただ……もともと俺に資格があった。それだけの話なんだ」
資格。
賢はその言葉が非常に気になった。
知己はカーヴ能力者としてたいへん優秀だったから、その資格くらいあってもおかしくないだろうって思えるのに。
知己のその言葉には、もっと別の何かを感じたからだ。
しかし知己は悩む賢に、すぐその答えをくれた。
「賢は、Sクラスって聞いたこと、あるか?」
突然そう言われ、賢はただ首を振る。
確か、カーヴのクラスわけで、AからGまでのアルファベットが使われるのは聞いたことがあるが、『S』というクラスがあるのは初耳だった。
元々カーヴの授業なんて真面目に受けていなかったのもあるだろうが。
「S(スクリュー)クラス。それはな、『パーフェクト・クライム』によって命を落とし、蘇ったもののことを言う。そのSクラスこそが『代』たりえる唯一の資格だ」
そう言われて、賢はまたしてもわけが分からなくなる。
言った意味が理解できなくて、その混乱のまま口をつく。
「え? え? なんば言いよっと? 知己にぃ、資格あるって言ったとね。それが『代』ってやつには必要で、その資格が『S』クラスってやつで。……ああ、わけが分からんとよっ。僕には分からないばい! そんな難しいこと言われても!」
それはきっと。
理解できないではなく、理解したくなかったんだろう。
やけになったように叫ぶ賢を見て、知己は再び苦笑を浮かべて。
「何、難しいことじゃない。分かりやすく言えば……俺はすでに、『パーフェクト・クライム』によって死んでるってことだ。賢の目の前にいるこの俺こそ、化け物なんだろう。いわゆる、生ける屍ってやつだな」
その言葉はあまりに明朗快活で、混乱を極める賢の逃げ場を塞いでしまう。
「意味がわからんとね! だって、知己にぃはここにいて、生きてる! 何も変わらんとね!」
「そうだな。『パーフェクト・クライム』の力はそれだけすごいってことなんだろう。Sクラスのやつはみんなそうさ。再び殺されない限り、何ら変わらない。ただ、一度死んでいるという一点をのぞけば、だが。でもね、一つだけ誤解しないで欲しい。俺はSクラスの人間だけど、『パーフェクト・クライム』の言いなりに……『代』になったわけじゃない。確かに『パーフェクト・クライム』がもとで俺は命を落としたけど、ここに来たのは、俺の意思だった」
激昂する賢とは対照的に、知己は不気味なくらいに落ち着いていた。
まるで、自分が自分でいられる時間を、少しでも伸ばそうとしているみたいに。
「じゃ、じゃあなんなんね? だから、僕に殺せって? もう死んでるから?
そんなの、そんなの無理に決まってるとね!」
会話が荒唐無稽すぎてもう滅茶苦茶だった。
いつ、全て作り話の嘘デタラメだって、からかうように笑顔を見せてくれるのだろう?
賢はこんがらがった頭でそう考えるも、目の前にいる知己はどこまでも本気だった。
本気なのに、それでも賢はまだ、目の前の現実が信じられないでいる。
「無理ならいいさ。分からないままでいい。そのほうが賢にとって幸せだろう。だから……っ!」
「ぅあっ!?」
刹那、大気の圧迫される音がする。
知己から発せられる朝焼けのような光はさらにその明るさを増し、賢を飲み込んでいく。
「このままこの世界で、賢、お前を殺そう。でも大丈夫。安心してくれ。
現実の世界の賢には、何の影響もない。カーヴの存在を必要としない、今、賢がいる世界に戻るだけなんだからな。それが俺の……願いだ」
「が、ぁっ!?」
そして、そう言われた瞬間。
賢は肩口を光の矢で打ち抜かれて、そのまま仰向けに倒されるように吹っ飛んだ。
光の矢だと分かったのは、完全に貫かれた時だった。
貫通せずに突き立ったままのその場所から、溢れ出す賢自身の血。
猛烈に襲い来る、リアルな痛み。
「ごめんな、賢。痛いだろ? でもなこちらの世界に来れば、こんなものじゃすまなくなる。心臓を握りつぶされても死ねないような、賢には想像もつかない痛みが待ってる。だから俺は、賢にこっちに来て欲しくない。何も知らないままでいてほしいんだ……」
「ぅぐっ」
賢は痛みに耐え切れず、吐き出した息とともに、右肩を押さえながら何とか立ち上がった。
突き刺さったままの光の矢は抜けそうになく、賢の体力をどんどん奪っていく。
痛みは、どうしようもない現実のようだった。
感じたことのない痛みに、不覚にもこぼれる涙。
「大丈夫だよ、賢。もうこんな中途半端な真似はしない。お前はもう、何を不安に思うこともないんだから」
至極優しげな口調でそう言う知己。
倒れたままの賢の頭上には、それそのものが天井なのではないか、と思えるくらいに広がる巨大な力が。
一瞬で賢を押しつぶし消し去れるだろう光があった。
賢はおののき……そして理解する。
あれを受ければ、この世界で自分は死ぬのだろうと。
そうしたら、自分はこれ以上痛い目にあわずに、知己が言うように、何に不安も持たず暮らせるのだと。
そう……自分を諦めて、目を閉じた瞬間。
―――本当にそれでいいのか?
賢の心の奥のどこかが、賢自身にそう疑問を投げかけた。
―――本当に幸せになれるのか?
―――よく考えてみろ。この感覚は、苦い感覚は、味わったばかりじゃないか。
記憶を封じられ、大切なものを忘れていることにも気付かなかった。
―――それが、本当に幸せか? そもそも僕の幸せってなんなんだ?
―――わかっているはずだ。あいつらと……。
麻理や、瀬華、正咲たちと。
同じ世界で同じときを共有していくことじゃないのか?
だったら、この光を受け容れてはいけない。
自分だけその世界から剥離されるわけにはいかないのだ。
それに。
どうして知己は……いや、目の前にいる闇の翼と溢れる光の衣を纏った人物は、わざわざ自分の前に現れた?
言葉のまま、知らないままでいいのなら、こんなこと話さなければよかったのだ。
わざわざ痛めつけて、その世界を教える必要なんてなかったんじゃないのか?
何も知らないままでこの力をぶつければ、それですむんじゃないのか?
だったら何で、目の前の人物はこんなことをしている?
決まってるじゃないか!?
『君は君のままでいい』なんて大嘘、なんだ。
きっと本当は。
「……やっぱり、これは最初から、決まっている選択肢、だったとね」
賢は呟き、おもむろに両手を、てのひらを太陽にかかげるように伸ばす。
そして。
その光に、掌が触れた瞬間。
今まで音など存在していなかったと思うくらいの、何かと何かが擦れる摩擦音が木霊した。
すると、強大な光は進行方向を変え、遥か先の見えない闇へと飲まれていく。
「賢……」
知己は信じられないものを見るように。
あるいは、長く求めていた何かを得たかのように、複雑な表情で呟く。
「答えは、『知りたい』とね。知らなくていいなんて嘘ばい。本当は僕に知って欲しいんだ」
賢はそんな知己を見ながら立ち上がる。
力を受け、皮が擦りむけてぼろぼろになった手で。
「嘘なんかじゃない! 俺は……僕はっ!」
はっと我に返って叫ぶその言葉は。
おそらく初めての、本当の言葉だったのだろう。
違和感。
でもそれは、この異世に入ったときから、はじめからあったものなのかもしれない。
刹那、黒い翼が暴れるように膨大し、矢継ぎ早に繰り出される光の矢。
今度はそれを引く弓が見えた。
矢の本数は三つ。
「ぐ、ぐわっ!」
だが、見えても早すぎて避けられない。
ももに、肩に、わき腹にかすめて、賢は再び転がった。
しかも運の悪いことにももを貫いた光の矢は、そのまま地面に突き刺さり、賢をその場に縫い付けてしまう。
「ごめん。これで、最後だから……」
動けない賢に、ゆっくりと歩み寄る。
その頭上には、先程よりも光量を増した、大きな光の奔流がある。
悲しそうな表情。
つらそうな表情。
そして、寂しそうな表情。
またも、違和感。
いや、それは。
その、感覚は……。
(第124話に続く)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます