第二十六章、『AKASHA~夕焼け~』

第195話、上の世代の、舞台裏の座談会



―――それは、信更安庭学園……ここにいる全てのものが絶望知るより幾ばくか前の出来事。





初登場から今まで影の薄い感じを結構気にしている近沢雅(ちかさわ・みやび)は。


内心で、本当はバリバリ活躍しなきゃまずいはずなんだけど……などと思いつつ。ここはぐっと我慢の人だと自分を納得させていた。


それでも一方で、雅の相棒である鉄面皮&冷血女&マッドサイエンティスト、だけど口下手で実は情に脆く、かわいいものが大好きな女……露崎千夏の出番が多いような気がするのは、雅的には不満な部分は確かにあったが。



それでもそんな表情を変えないのがデフォな千夏が。

一人の女の子のせいであそこまでうろたえてるのが面白くて。

ついついそのネタを引っ張っていたわけだが。

流石の千夏も、いい加減そろそろ怒り出すかね? なんて思っていた時だった。


彼女……ここに来るなんて思いも寄らない人物、マナカが現れたのは。




「あれ? マナカじゃん。ずいぶん久しぶりだねぇ。どしたのわざわざ」

「ええ、調べものにはここの蔵書が一番いいから」


千夏も雅も体外ではあるのだが。

そう言って微笑むマナカは相変わらず異常なくらい若かった。

恐らく、ガチで未成年ですって言っても通るだろう。

とても娘がいたとは思えない若さだった。


ただ、異常なほどと言ってはいるが本当はちゃんと理由がある。

カーヴ能力と成長(老化って言わないところがミソ)との関連性は仮にも医者のようなものをしている千夏のほうが詳しく知っているわけだが。

カーヴの力によって成長が止まる理由は主に二つあった。



一つは、強大な力をみだりに外にこぼさないようにするための、強い肉体、精神の維持による作用だ。

特に、精神の強さが能力者にとっては重要で。

その精神は一般的には未熟とされる若年層のほうがカーヴ能力者にとっては都合がいいらしい。

雅としては、カーヴ能力=夢見る力であると納得していて。



もう一つは、能力の使用過多によるものだ。

理由は恐らく一緒なのだろうが。


たとえば何かを守ったり防いだり隠したりするための力……

結界のような能力、それも何年も持続させなきゃならないような能力を使わなければならないって状況になると、マナカみたいに年をとらなくなる。

ようは能力使うのに命削る代わりに成長削っているということで。


風の噂では、そんな子供ばかり暮らしている家があるらしい。

口癖のように一度でいいから遊びに行きたいって千夏はぼやいていた。


そんなわけで……二人の方が当然年下なのにどうも年上を敬うって流れに持っていけないのが困りもので。




「調べ物、ですか?」

「ええ、記憶操作の能力について、ちょっと知りたいことがあって」


問いかける千夏に、答えたマナカはそのまま千夏を見つめる。

それは、包み込むように優しげであったが。

同時に有無を言わせない何かがあって。



「……記憶に左右するカーヴ能力を持つものは少なくはないでしょう。しかし、何年もその効果を持続できるほどの能力者……A(シングルエー)を超えるものは私の知る限りでは二人だけです。ひとりは塩崎克葉。そしてもう一人は……露崎千夏」


千夏は、その視線にも全く動じることなく自分の名を名乗った。

マナカの表情は変わらない。

千夏はさらに言葉を続ける。


「しかし私の能力である【露青孔術】による記憶封鎖はひどく脆弱で曖昧なものです。何故ならそれは記憶を封じることそのものが目的ではなく、机上では計れない、人の力を観察するためのものだからです。たとえるなら、解かれるためにつくられたパズル……のようなものでしょうか」



突然解説を始めた千夏。

雅もその辺りの事情を知らないわけではなかったが。

ちょっと回りくどすぎやしないかねぇ、なんて思わなくもなかった。

まぁ、相手に伝われば別にいいのだろうが。



「それでもし、そのパズルがとけなかったら?」


流石千夏、人を怒らせるのがうまいと内心でひとりごちる雅。

そう言うマナカの言葉うちに冷えたものが混じって、傍らで見てるだけの雅にしてみれば居心地悪いったらありゃしないってのに、千夏は当然のようにそんなこと気にするでもなく、言葉を続ける。



「とけなければ観察するに値しない人間だった、ということでしょう」

「……人の、女の子ひとりの命がかかってるのよ?」

「完なるものに憑かれし一族に生まれた以上、あなたにとってそれは行幸だったはずです。たとえ心情がそれを許さなくても」

「……」


何も言えなくなるマナカ。

それはきっと自分の言葉か矛盾しているって分かったからなのだろう。


「……結局、私は見守るしかできないのね」

「そう……ですね。私が死んでもとけるものでもないですし」


血を吐くようなマナカの呟き。

それしかできないのは雅も千夏も同じだから……そう返す千夏の言葉も重かった。




「……聞かせてほしいことがあるの」


しばらく、何とも言えない間があって、再びマナカは顔を上げる。

その真剣な表情に頷く千夏。


「あなたに記憶の封印を命じたのは……春恵なの?」

「そうです。理事長は犠牲は自分だけでいいといつも願っていました」

「それこそ矛盾してるわ。だってそれじゃあ……」

「初めから敵とか味方とかない……ってことでしょ」


言い淀むマナカの言葉に続くように、雅はそうつなげる。

じゃあ私たちのやってる事ってなんだってことになるわけだが。

その問いに雅はこう答えるのだろう。



「ただの予定調和ね。正義の味方がこの世界に存在し続ける為には、悪が必要だった……って」

「……」

「……」


今度こそ沈黙。

もうこの事はこれ以上議論しても無駄だという証拠の。



「……聞きたかったことってそれだけ?」


でも、それでも。

ただ見てるだけだとしても。

世界は変わらず動いているから。

空気が読めない風を装って……雅はそう訊ねる。



「ええ、春恵や剛司にも会っておきたくて、居場所知ってるかなって思ったんだけど」


ぐるりと、辺りを見回すマナカ。

悲しそうに、でも懐かしそうに。


「どこにいるか、二人は知ってるかしら? ちょっと文句のひとつも言ってやらなきゃ気が収まらないわ」


マナカは泣き笑いのような表情でそんなことを言う。

それは、さっきまで千夏に会いに来ていた少女が聞いてきた問いかけと同じようで、全く意味合いが違っていた。


マナカは知っている。

聞かなくてもその答えを。



「理事長室にいなきゃ、ちょっと分からないわね。直属の部下ってわけでもないし」

「そっか。それじゃ、帰りがてらちょっとのぞいてみるわね。いろいろ教えてくれて、ありがとう」


雅が見え見えなのも甚だしい何度目か分からないうそをつくと。

それでもマナカはやってきたばかりの優しい笑顔に戻って頭を下げ、きびすを返そうとする。



「愛華様」


と、背を向けるマナカに、千夏が堅苦しい口調で声をかけた。

振り返るマナカ。


「……まもなくこの場は戦場になります。あまり長居はしない方が得策かと」

「ええ、わかってるつもりよ。二人も、気をつけて」


破顔して、小さく手を振ると、今度こそ彼女はその場を後にする。


そう、言わなくても分かっていることなのだ。


春恵が命賭すことが使命であるならば。


たとえ血の涙を流そうとも……雅と千夏は生き続けなくてはいけないことは。




              (196話につづく)






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