第226話、久方ぶりの世紀末妹、正体を現す
「ゲームじゃないですよ。どこまでも本気です。だから僕は案内役としてここにいるんですから」
さっきまでのおどおどした雰囲気が消え去り、真面目な口調で赤いダルルロボはそんなことを言う。
その意味がゲームではなく本気なのか、本気のゲームであるのか、その判断は付かなかったけれど。
赤いダルルロボは、これこそが本題だとばかりに真面目な口調のままで言葉を続けた。
「当然本気ですから、言葉通り簡単じゃないんです」
言葉と同時に切り替わる画面。
映し出されたのは、三つのルートが続くその先だった。
ただ、その部分は子供の落書きのような白いもやで塗りたくられ、先が全く分からない。
そこには律儀にも『UNKNOWN』などと書かれている。
「馬鹿にして……」
二度目となるそんなさつきの呟き。
さすがに仁子もそれには同意見だったが。
「お、怒らないでくださいっ。三つのルートのその先がわからないのは本当なんです。だって、そこを通る人の夢によって道程は変化するんですから」
「夢……」
呆けたようなウィンドの呟き。
「そう、夢です。夢を操り、具現化し、守る……それがこの場所、『LUMU』なんです」
対する赤いダルルロボの言葉は、どこか誇らしげだった。
仁子はその言葉を受けて、一つの仮説を立てた。
夢を読みとり、異世に反映させる能力。
それを扱う能力者。
『LUMU』と呼ばれるこの場所の主。
それこそが、今回の事態を引き起こした首謀者なのだと。
「三つのルートを通り過ぎたら気をつけてください。夢は牙をむいてあなた方に襲いかかってきます。それが僕にはどういうものかはわからないですけど、夢に負けるようなことがあれば……」
その先は口にしたくもない。
赤いダルルロボの言葉尻にはそんな感情が含まれていた。
取りようによっては彼の言う夢というものは組みしがたい有形の敵……ファミリアのようにも思えるし、あるいは空間そのものを支配し、迷い込んだものを陥れるフィールドの力だと判断することもできる。
だとするならば。
敗北とはこれすなわち『死』、なのだろう。
だがそれこそ、こうしてカーヴ能力者同士の戦いへと身を投じ、完なるものへ立ち向かおうと決めてここにいる時点で今更な話だった。
そんなことはとっくの昔に覚悟していた。
だからこそ余計に、仁子は目の前でふわふわとたゆたい続ける赤いダルルロボの意図が理解できなかった。
彼の語りは、仁子たちにとって優位になりこそすれ、彼らにとっては何の得も生まない、裏切り行為のように思えたからだ。
当然、ミスリードの線も考えないではなかったけれど。
「……取り敢えずお話したかったルールはこれくらいですかね。自分で言うのもなんですけど、僕の言葉を信じるかどうかはみなさんの自由です。時間を取らせてしまってすみません。でも、どうしても伝えなくちゃならなかったから」
発した言葉に対しての疑心があって然りとばかりに、赤いダルルロボは笑う。
そしてそれきり、自分の役目は終わったとばかりにモニターを閉じて。
ただ、何するでもなく、そこに浮かんでいる。
それが臆面通り、心根の良い彼のお節介であると鵜呑みにできればどれだけ楽かと仁子は思う。
そんな彼をじっと見据えているさつきは、発せられたその言葉をあまり信用していない様子だった。
ウィンドの方はよくわからない。
深く考え込むその様は、さつきや仁子ほど猜疑の泉に浸かりきってはいない気がしたが。
……と。
その場に一瞬の静寂が支配した、まさにその瞬間だった。
仁子たちがやってきた上方から、陰鬱で狂信的な雑踏が近づいてくるのが分かる。
「何か来ます! それもものすごいたくさん!」
はっと我に返り、緊張を含んだ声を発するウィンド。
仁子はひかれるようにして上階へと続く階段に目をやる。
すると階段続くだろう虚空から押し出されるように飛び出してきたのは、くだんの赤い異形だった。
しかし何より仁子が目を見張ったのは、数え切れない異形に紛れるようにして、
たった一体でも仁子が決死の覚悟で臨まねばならなかった、『羅刹紅』が視界に入るだけでも五体はいることだった。
「……」
仁子が戦ったあの一体が特別だった可能性もあるが。
思わず苦い顔になる仁子。
「なるほど、初めからこれが目的だったのね」
怒りを通り越し、感心の色さえ滲むさつきの声。
時間稼ぎ。
それが全てではないのだろうが、つまりはそう言うことなのだろう。
「そ、そんなっ、違いますっ。僕はただ僕の使命を全うしただけでっ」
だが、それでもなお泣きそうな声で弁明を始める赤いダルルロボ。
それによるメリットはとうにないからこそ、彼は本当のことを言っているようにも思えたけれど。
状況が状況である以上、彼の弁明に付き合っている余裕はなかった。
「氷のやつはまずいわ。追いつかれないうちに先へ急ぎましょう」
赤い異形に囲まれて思うように動けていない今しか相手を撒くチャンスはないだろう。
仁子はそう呟き、追っ手の迫る逆方向へと駆け出す。
無言で頷き、駆け出すさつき。
さらにその後に、何故か赤いダルルロボをしっかり両腕に抱えたウィンドが続く。
フロアの構造上死角になっていた階下へ続く石階段が見えた所で……そんなウィンドに仁子が気づいて。
「ちょっと、何でわざわざ連れてきてるのっ!」
「だ、だって、うちのご本尊にそっくりだったから!」
返ってきたのは、なんだかよく分からないそんなウィンドの言葉で。
「反対側からも来たわよっ!」
そんなやりとりを遮るように、鋭くさつきが叫ぶ。
そんなさつきは、ほれぼれするくらい自分本位に階下へ続くだろう階段に飛び込んでゆく。
どいつもこいつも勝手なことを、なんて思わず思ってしまう仁子だったけれど。
「ああもぅっ、仕方ないわねっ、トゥエルッ!」
「わわぁっ!」
「ご、ごめんなさいぃっ!」
大気を押し出す音立ててアジールを展開、トゥエルを呼び出す仁子。
それにびくりとなる二人を足蹴にする形で階下へ放り込みつつ。
現状況の最善を『選択』せんとアジールの力を高める。
そして……秒間よりも早く下されたトゥエルの信託に従い、仁子も滑り込むように階段へ飛び込む。
幸いにも下フロアへ続く階段は短かった。
転がるように階下へと躍り出て先に行ったさつきやウィンドたちの無事を確認すると、その場で方向転換。
それまで溜め置いていた力込めし言葉を紡ぎ出す。
「【代仁聖天】、ファースト! アドジャッジ・セブンっ!!」
生まれ出で、具現したのは赤炎。
七つの大罪の一つを冠する焦熱の炎は、トゥエルの刀身から螺旋描いて打ち出され、階段に直撃。
七色に発光する岩壁を舐め上げ、溶かし、混ざりあわせてなおその蹂躙をやめなかった。
「……っ」
「すごい……」
「ひゃあっ」
さつきが戦慄に喉を鳴らし、ウィンドはどこまでも純粋に感嘆の呟きを漏らす。
そして、まるでバターか何かのようにいともたやすくその形を変容させられる岩壁に自分の末路でも夢想したのか、何とも情けない悲鳴を赤いダルルロボが漏らして。
気づけば今までそこにあったはずの上階へと続く階段はその姿を消し。
こねられ固められ渦の跡を残した灰褐色の岩壁がそこにあった。
「これでしばらくは時間が稼げるでしょ」
そしてくるりと振り返り、笑顔。
口調も表情も穏やかなのに。
どこか怒っているというか、怖さを覚えたのは。
きっと気のせいじゃなかったのだろう。
「さ、今のうちに先に進みましょうか~」
だから当然のように。
そう言う仁子の言葉に、異を唱えるものなど存在しなかった。
(第227話につづく)
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