第225話、さかしまの紅は、幽き少女をつかみ誘う
一度その攻撃の手を止めはしたさつきだったが。
彼女の今の精神状態ではそれも長くは持たないだろうことは明確だった。
だから仁子は僅かな逡巡を置き、口を開いた。
「こっちには時間がないの。話があるというなら、手短にお願いするわ」
仁子の言葉にはっとなり、驚いた様子で仁子を見てくるさつき。
仁子はそんなさつきに大丈夫だと頷いて見せ、改めて紅色のダルルロボに視線を向ける。
大丈夫だと思ったのは仁子の勘に寄るところが大きかったけれど。
『選択結果』なる能力を持つ仁子の勘は、それなりの根拠に基づいたものと言える。
そんな仁子の勘は、彼の話を聞いておかなければ後々厄介になるだろう……そう告げていた。
「え、あ……」
そこでようやく、自身に当面の危機が去ったことを理解したらしい紅色のダルルロボは。
頭をふって辺りを見回したあと、瓶底でできた瞳をしばたかせ、低身低頭な様子で言葉を紡いだ。
「す、すみません。こんなところにいたら敵だって思って当然ですよね。あ、いや、実際僕は法久さんの姿を借りたさかしまの『紅』ですからあなたがたの敵にはかわらないんですけど……」
「……」
金属的な表情に浮かぶのは苦笑い、だろうか。
それは、それこそ彼にとって敵である仁子たちの前でおいそれと口にしていいものではないように仁子には思えたが、本人はあまり気にしていない様子だった。
法久の姿をした『紅』は、その場の沈黙を別のものとして取ったらしい。
恐縮した様子で慌てふためきつつ、言葉を続ける。
「あ、でもでもですね、敵といってもこうやってお話しかできないよわっちいやつなんです僕ってやつは。だからお話さえ聞いていただければみなさんの邪魔は……って、あ、ちょっと!」
話の途中で慌てた声を上げる紅色のダルルロボ。
その視線の先には、痺れを切らしたのかさっさと歩いていってしまおうとしているさつきの姿がある。
「……あなたの話なんて聞いてる暇はないの」
さつきはその言葉だけを残し、仁子やウィンドにすら背を向けて歩きだそうとする。
まずい兆候だと仁子は思った。
自棄とも取れるさつきの焦り。
それは決していい結果を生まないだろう。
だが、こんな時に限ってそんなさつきを諭す言葉が浮かばない。
ただ、法久似のダルルロボには悪いが、無理矢理に彼女をこの場に引き留める必要性がないのも確かで。
「ごめんなさい。話はあとで聞くわ」
それでも彼女を一人にさせるわけにもいかなかったから。
仁子はウィンドと目配せし、そう言ってさつきの後に続こうとする。
しかし、そんな一行の足を止めたのは、続く焦ったような法久似の紅の言葉だった。
「ま、待ってくださいぃ~っ、闇雲に降りたって核のある場所にはたどり着けないんですよぅ! 『REMU』には攻略のためのルールがあるんですっ!」
それは、純粋に敵として仁子たちを見ていたのならば口にする必要のない言葉のはずだった。
それをわざわざ口にした理由が、仁子には推し量れない。
仮に虚言による教唆を狙っているとしても、そもそも仁子たちがその言葉を鵜呑みにするとは限らないのだ。
何も言わずに黙っていた方が敵であるはずの彼にとってまだ利があるはずで。
それ以前にそもそも彼がこうして姿を現す意味がないのも確かで。
「……ルール?」
その意味を仁子が考えていると、先にその言葉に反応したのはさつきだった。
駆け出す寸前の足がぴたりと止まる。
さつきは、法久に似たダルルロボがここにいる意味を理解していたのかもしれない。
その言葉尻には簡単には言い表せない、強く激しい感情がこもっていて。
釣られて仁子とウィンドの足も止まる。
「ルールね。そう。なら聞かせてもらいましょうか」
「……」
そう言って振り返ったさつきは、仁子が思っていたよりは落ち着いているように見えた。
「あ、はいっ。ちょっと待っててくださいね。今モニターを出力しますから」
その心の内に愛憎にも似た感情がわだかまっていることなど、そこにいる誰もが知る由もなく。
安堵の息を吐いた法久に似たダルルロボは、そう言うや否や中空でくるりと回転してその赤い後頭部を見せる。
するとすぐに機械独特の駆動音がして後頭部が展開し、そこにモニターが現れた。
「……」
その見慣れた光景に、思わず言葉を失う仁子。
本物そっくりの偽物を作り出す、『紅』の力。
それを目の当たりにしたのは今が初めての仁子だったけれど。
(……想像以上に厄介な力みたいね)
鏡写しのように法久に似通うそれは、仁子に潜在的な恐怖を与えるのには充分すぎた。
それは単純な想像だ。
法久の偽物がいるのなら、知己の偽物もいるのではないかといった予見。
たとえそれが偽物だと分かっていても。
敬愛してやまない兄に刃を向けられて、平穏でいられる自信が仁子にはなかった。
そんなことを考えている間に。
ぶぅんと電気の通る音がして灰色した画面に光が灯る。
やがて映し出されたのは、細く上下に長い形をした地図、だった。
「……」
「これってもしかして、ここの地図ですか?」
じっとモニターを見据えるさつきと、考え込む仁子を脇目に、ウィンドが問いかける。
「ええ、その通りです。今僕たちがいるのはここですね」
モニターを背負ったままで法久に似たダルルロボが頷くと、
地図の上端……ドーナツ型に縁取られたフロアの中央に緑色の三角形が出現した。
「そして、氷ドームの核となる封印のクリスタルがあるのがここです」
それは地図で言うところの最下層に位置していた。
階が深くなるごとにすり鉢状に細く小さくなっていく、幾重にも積み重ねられたフロア。
その先端部分に青白い明滅が点っている。
「……ここにいるのね、あの人は?」
それは、静かで、有無を言わせないさつきの呟き。
「あ、あの人?」
それは抽象的であるが故に、彼にはあまり伝わっていないようだった。
もっとも、あの人が本当は誰を指しているのか、仁子にすらもはかりかねていたのが本音だが。
「すべての原因を作った人、そう言えば分かる?」
それは、さつき本人ですらそうだったのだろう。
もしかしたらさつきも気づいていたのかもしれない。
塩崎克葉その人が、本当の意味で今回の首謀者ではないということを。
漠然とそう感じていた仁子と同じように。
「あ、塩崎克葉さんのことですか? 待ってください。……えーと、そうですね。封印のクリスタルがあるフロアにいらっしゃるみたいです」
だが、彼にはそこまでは読みとれなかったのだろう。
仁子は可能性の一つとして彼のような『紅』たちを生み出した張本人こそが今回の首謀者なのかもしれないと睨んでいたが、臆面通りに克葉の名を口にする赤色のダルルロボ。
「……あなた、私たちの敵なんじゃないの?」
だがそれは逆に気負っていたさつきを落ち着かせる効果があったらしい。
ちょっと呆れたように、さつきは呟く。
「え?そ、そうですけど」
不思議そうな赤いダルルロボ。
あっさりと敵軍に味方総大将の居場所を漏らしてしまっている事実には全く気づいていないようだった。
あるいは、居場所が知れることなど些末なことだと判断しているのかもしれないが。
「まぁ、それはいいわ。あなたさっき、ルールがどうこうって言ってたわよね? その説明をしてくれる?」
赤いダルルロボの言葉をとりあえずは聞いてみる気になったのか、さつきは話題を戻すべく、そう問いかける。
「あ、そうでした。ちょっと待ってください」
すると赤いダルルロボは心得たとばかりに頷き、今まで映していた画面を切り替えた。
ズームアップして映し出されたのは、封印のクリスタルがあるフロアの一つ上のフロアのようだった。
フロアの真ん中の部分に、ご丁寧にも扉のアイコンが揺れている。
「実はですね、見ていただけると分かると思うんですが、封印のクリスタルがあるフロアへ下る階段の前には大きくてうんと堅い鉱石でできた扉があるんです。なんでも、『パーフェクト・クライム』さんの力にも耐えられる構造になってるそうで、簡単には開けられないそうです」
赤いダルルロボはそこまで言い切ったところで一息置くと、再び画面を切り替えた。
次に映し出されたのは地図で言えば今仁子たちがいるドーナツ型のフロアから少し降った所にある真四角のフロアだった。
見ると、何かの足のように三本の下へと降れるらしい通路があるのがわかる。
(こっちのメンツが三人で、道も三つ、か)
その、予め決められていたかのような感覚に仁子は不快感を覚える。
「それでですね、扉を開けるには見てお分かりになるとおり、三つのルートを別々にくだっていただく必要があるんです」
つまりそれが、彼の言っていたルールなのだろう。
「どうやら本格的にゲーム気分でいるようね」
憤懣やるかたない、と言った雰囲気のさつき。
ウィンドも、重苦しい表情を浮かべている。
仁子もそんな二人と大差ない顔をしていただろうが。
「ゲームじゃないですよ。どこまでも本気です。だから僕は案内役としてここにいるんですから」
さっきまでのおどおどした雰囲気が消え去り、真面目な口調で赤いダルルロボはそんなことを言う。
その意味がゲームではなく本気なのか、本気のゲームであるのか、その判断は付かなかったけれど。
赤いダルルロボは。
それこそが本題だとばかりに真面目な口調のままで言葉を続けた……。
(第226話につづく)
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