第208話、苛烈な殴り合いにも等しい、カーヴバトル



―――天使。


それは、幻想の徒。

人が祈り請う主に従いし忠実なる僕。

人の願いを叶え、人の生き死にを見守るもの。

語りでしか存在し得ないはずだったそれは今、止まりかけたこの世界にも……確かに存在していた。


それは、人にカーヴの力が授かり、完なるものが生まれるよりも昔のこと。

始まりは四季の名を冠する4人の天使。


彼らは空飛ぶための翼をたたみ、それぞれが大地に足を着け、人と交わり、人として生きるようになる。

まるで、未来に起きる危機を予測していたかのように。



そんな彼らとは別に……。

史実に語られぬ事のない、天使が存在していた。

四季の天使たちとは異なり、地上で暮らすに当たって何の制約も受けずに生まれた天使が。


その力は人として生きるには強大すぎて。

世界にとっても、人にとっても、必要とされる力故に畏れられ、排除すべき存在として扱われてきた。

世界を滅する、七つの忌むべき力と同じように。


そのことを憂いた心穏やかで優しき初代は、自らの力を誰の目にも触れぬように封じることにした。

一度使うことあれば自らの命を失うであろう楔を自身に打ち込むことによって。

それは、彼の一族に代々課せられし掟となり、彼の子孫はずっとそれを守ってきた。

自身に人ならざる力があることなど、気づきもしないで生を終えるほどに。


だが、何事にも例外が存在する。

それが、仲村幸永と言う名の少女だった。

彼女は、まるで初代の生まれ変わりであるかのように、自身が何であるのかを理解していた。


人ならざる力を持った異端であることを。

それは、自分探しの旅で、初代がかつて暮らしたとされる北の地で見つけた、天使が作りしアーティファクトの存在によってより確かなものとなり。


そんな中、幸永はカーヴ能力者たちの跋扈する戦乱の波に飲まれて。

無造作に人が倒れ消えゆくことに、血筋故に耐えることができなくなったある時から、幸永は思うようになった。


自らに秘めし力を使いたい、と。

でも、そうすれば自分はこの世にいられないことは分かっていて。


ただ、ふがいなさともどかしさが圧責する日々が続いた。

幸永の心はそんな日々に苛まれ、気づけばその、圧倒的な力を欲するだけになっていて。



しかし……そんな幸永の願いは、ある日唐突に叶うことになる。

『パーフェクト・クライム』による闇の太陽をその身に受け、完なる罪操りしくぐつである『代』になることで。

幸永が力を使うための枷になっている、『死』を無意味なものにすることによって。



そして今……。

そんな幸永は今、その力を存分に振るえるだろう機会と相手を与えられ、ここにいる。


幸永は感謝の気持ちでいっぱいだった。

力を使うことができるようにしてくれた『パーフェクト・クライム』と。

この機会と相手を与えてくれた『金』の神に対して。



刹那にして荒廃した廃墟の真っ只中。

そんな幸永の目と鼻の先で静かな怒りをたたえて微笑む黄金の髪の少女。

幸永の好きな夜の黒色沁み出した、逢魔が時が似合う、自分と変わらない……いや、それ以上かもしれない存在。

かつて天使がこの地に舞い降りた時よりも……遙か昔からこの地に棲まう、八百万の神の眷族。



「オレは、あんたと戦うためにここにいるんだと思う」


その姿……自分以外に目にするものは少ないだろう沸き立つ苛烈な妖気を垣間見、肌で感じて。

幸永は思わず呟いていた。

歓喜の笑顔浮かべ、幸永は額から流れる赤い血を拭う。



「そのさんっ! ピンチにはヒーローが必ず訪れるものなのさっ」


そのまごうことなき剛の者……小柴見美里は、直前まであった怒りの感情をその表情から消し、まるで幸永の意を汲んだかのように、震えくるほどに邪気のない笑顔でそう言い放った。



そして、カナリやタクヤを下がらせて、再び弓を構える。

『引佐弓』。

古の神格持ちし妖(あやかし)の得物。

その妖は、鎌鼬のような三位一体の行動が特徴であり……


幸永は無意識のままそこまで考えて、思い直すように首を振った。

相手がどうこうだと考えるのは戦略としてはありなのかもしれないけど、自分には似合わない気がしたからだ。

相手が人であろうとなかろうと、出生がどうだろうとそれは今は関係のないことで。


宿敵、と呼べる強さの者が目の前にいるというただ一片の事実。

今、幸永に必要なのはそれだけだった。


お互いに名乗りを上げるように言葉を発した後の、一瞬の間。

そんなことを考えているうちに、気付けば黄金の弓のしなりが、額目前にまで迫っているのが分かった。



「……くっ!?」


言い訳をするつもりはなかった。

戦いの始まりを示す狼煙は、お互いが決意の言葉を発した事で上がっていたのは分かっていたから。


それでもなお幸永が驚きの声を発せずにはいられなかったのは。

その目にも留まらぬ早さ……ではなく、本来武器としては使わないはずの弓本体を、まるで湾曲する刀のように振るってきたことだった。


弓矢が遠距離用の得物であると分かりきっている以上、接近戦に持ち込めば、という目論見が早くも崩れたことになるわけで。




「……っ!?」


その瞬間、激しくぶつかり合う二つの硬質。

そこで驚愕の表情を浮かべたのは今度は美里の方だった。


おそらく、高い確率で確信があったのだろう。

カーヴも何もない、だが計算し尽くされた力によるこの一撃で決まるだろうといった目論見が。


事実、幸永は見事に虚を突かれていた。

長期決戦に見せかけようとしていたその場の雰囲気。

矢による攻撃を散々アピールした上での弓による奇をてらった奇襲攻撃。

自分と似たタイプの、小細工などいっさい労せずに圧倒的な力のみで戦うタイプ。

そう幸永が思いこんでいたことも、虚を突かれた要因だっただろう。



全身を駆け巡る戦慄と衝撃。

それはほとんど本能のままに懐から取り出した細い鉄笛の胴部分によって受け止められていた。


当然、それはただの鉄笛ではなく。

無銘ではあるが……世界に蔓延している翼あるものが創りしアーティファクト……その第一号の作品だとも言われていた。


幸永が自分探しの旅で見つけた一番の収穫、と言ってもいい。

大事なものではあるし、可能ならば、使いたくなかったのだが。

そうそう思い通りにはいかないらしい。



「……ふぅん、ソレがさっきの連射を防いだのの正体かな?」


美里が驚きの表情を見せたのは一瞬だけだった。

見上げるほど近くにある、嬉しそうな空色の瞳。


ぐん、とさらに負荷が加わって、思わず膝をつく幸永。

どうやら力では幸永の方が分が悪いらしい。

自分のことは棚に上げて可愛らしい見た目にそぐわない人外ぶりに舌を巻く幸永。



「外れだよ、先輩。からくりは別にある」


そのままの状態で余裕の笑み。

半分以上ははったりではあったが、相手の心を微かに揺らがせる効果はあったらしい。

そして、発した言葉自体はあながち嘘でもなかった。

ほんの僅かな隙をついて、幸永は鉄笛から右手を離す。

とたん、みしりと軋む鉄笛ではなく幸永の左腕。


さらに沈む体。

しかし、それは同時に美里の体勢を崩している事も意味していて。


瞬間、朱色の朧に染まる右手。

その右手から生まれるはいつぞ見せた太陽を彷彿とさせる炎……ではなく。


美里の持つ矢を僅かばかり大きくしたものだった。



「……っ!」


何かを感じ、美里が引くのと。

ひゅんと風切って、打ち出された矢が美里を襲うのは同時だった。

響く、矢と弓のぶつかる音。



「マジかよっ!」


確かにその額を狙ったはずだったのに。

いや、そもそも引く暇すらなかったはずなのに。

美里は、そんな幸永の目算を遙かに上回る動きで、しかも完璧に攻撃を防いで見せた。

思わずついて出る、喜びの混じった、賞賛に近い呟き。



「うぅ~、それはこっちのセリフだよー。せっかく捕まえたのにー」


返ってくるその言葉は、攻撃と同時に翼を使って美里から逃れたことを言っていて。

本気で余裕の伺える美里の呟きに、上辺だけでからがら回避した幸永は内心冷や汗ものだった。


だからこそなのか……それとともに増していく、戦えることの喜び。



「自分の能力使われて少しはビビってくれるとは思ったんだが……やっぱオレの思い過ごしだったか」


少し空いたお互いの間を惜しむように、呆れ口調で呟く幸永。

正確には、幸永の能力は相手の能力をただコピーするわけではなく。

それは会話としてはあまり意味のない、言わば負け惜しみを装っての、勘違いをしてくれることを望んでいたのだが。

美里はそれを疑うことすらなく、そのまま鵜呑みにした。



「そう言えばそうだね~。コピー能力かぁ。やるね。じゃあさ、全部コピーできるかな?」


ゾクリと音立てて忍び寄る戦慄とともに、美里は弓を構える。



―――大地穿つ隕石のごとき威力の連矢。


数を数えるのも億劫なそれを防いで見せろ、さっきのように。

……つまりはそう言いたいのだろう。


それは、未だしっぽをつかませない幸永の能力の正体を暴こうとする意志が確かに感じられるとともに。

実の所、幸永の能力の弱点を的確に突いていた。



幸永の能力、【過度適合】ファースト、『スキルワルツ』。

それは、相手の能力を自身の瞳で取り込み映す能力である。


一度取り込み、映し出されたそれは、僅かばかり元の力より大きく、強くなる。

相手が強ければ強いほどこちらの威力も増す。


つまりはそう言うことなのだが。

美里の息つく暇もない、数の暴力で責めてくるその力には対応できなかった。


一つ映している間に、百飛んでくる。

そんな頃合いだからだ。


それを考えれば美里のような相手は天敵、と言ってもよかった。

基本的にファーストの力は受け身能力であるから、攻勢に出られないのだ。


事実、先ほどの怒濤の攻撃をその力で防ぐことはできなかった。

美里がまだタイトルですら口にしていない事を考えると、先が思いやられる気がしなくもないが。


相打ちに持っていけたのは初めの数10発、くらいだろうか。

持ち前の人ならざる頑健さと、セカンドの力を発動しなければ、かすり傷ではきかなかっただろう。



―――【過度適合】セカンド、『エレメンタルマーチ』。


それはこの世をつくり、この世のすべてに存在する、12の属性(フォーム)への融合、あるいは身体の一部を変質させる力だった。

幸永は苛烈な攻勢の中で、噴き上がる粉塵……あるいはその風と融合したのだ。


弓矢を構える美里は、きっとそのことに気づいているはずだった。

ファーストの力では自身の力を防げないと。

今の美里の言葉は、それを分かっていての挑発と挑戦なのだろう。


ここで幸永がセカンドの能力を使うことで……その正体を暴き、その上でそれすら破ってみせるという絶対の自信に裏打ちされたシナリオ。

素直にそれに乗ってしまえば、幸永の負けは必至のようにも思えて。



ならば……その目論見を上回るほどの力で立ち向かう必要があった。


使う幸永自身が震えくるほどの、第三の力を。

自身の力を思うとおりに使えるようになってから……一度きりしか使ったことのないその力を。


だが、幸永はそれを直前で思いとどまった。

自分がこうなってから初めてできた友達の怜亜に、戯れにと使って見せた時に後悔したのを思い出したからだ。



―――『能力を使われたことすら分かんなかったよ』


幸永は、能力を解除してすぐの怜亜の言葉が忘れられない。

反則、と言ってもいい能力。

既に意味はなさないが、きっとそれは『パーフェクト・クライム』ですら防げないだろうという確信があって。

力を以て戦いたい幸永の意志とは別に、パームの目的達成のために幸永がここにいる理由でもあって。

あっさり目的を達成してしまうのは、ひどく味気ない気がしたから。



「……試してみればいいんじゃないか?」



先ほどの倍は近いその場所で、弓を構える美里に対し。

幸永はできるだけ余裕綽々な様子で指を一本立てたのだった。

内心、これで倒されたら目も当てられないな、なんて思いつつ……。




             (第209話につづく)






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