第209話、典型的紋切り型ヒロインの憂鬱



その瞬間。

ゴウッと音を立てて。

幸永の指先に渦巻く太陽のような……大玉ほどの大きさの炎がともった。


それはタクヤごと渡り廊下を破壊して見せた技だった。

相手の能力がなければ発動すらできないファーストの力ではあるが。

そんな幸永が唯一自在に扱えるのが、『パーフェクト・クライム』の闇の太陽のコピーだった。

それはおそらく、今の幸永自身が『パーフェクト・クライム』の力によって構成されているからなのだろうと、幸永自身は解釈している。

確信が持てないのはその炎の塊が、オリジナルとは程遠いせいもあるだろうが……。



「ん? それはさっきも見た奴じゃない?」


案の定、美里は全く臆した様子もなくそう呟いた。

それはもう破ったから別のを見せろ、とでも言わんばかりに。



「それは、どうかな?」


たが、幸永は構わず指を降りおろした。

それは、一直線に美里の方へと向かい……。


「弾けろっ!」


美里へ届くその直前で、針を打ち込まれたかのように歪み、大爆発を起こした。

爆発を引き起こしたのは、幸永の声だった。


いや、セカンドの能力の応用で、幸永の一部であった幸永の声が不可視の風の刃に変質した、と言った方がいいかもしれない。



「美里さん!」

「っ!」


その音に混じって聞こえてくる、二人の戦いの邪魔にならぬようにと離れていたタクヤとカナリの声。


(……まだ無事みたいだな)


幸永は、そんな二人に視線をやるとともに、内心でそんなことを呟く。

幸永としては、ずっとこうして美里と戦っていたい気分ではあるのだが、実際はそう言うわけにはいかなかった。


この戦いは言わば前哨戦。

舞台が整うまでの余興なのかもしれなくて。

そんなことを考える自分に舌打ちし、幸永は低い体勢をとって爆心地へと突っ込んだ。


右手に、氷の刃と化した五本の爪を携えて。

そして、躊躇なく美里のいるであろう場所に向かって氷の刃を差し込んだ。


すると、案の定の空虚な手応え。

思わずこぼれる感嘆の苦笑と同時に、休む間もなく上空をないだ。


がつっと、何かをとらえた気配。

そこでようやく視線を向けて、幸永は更に目を見開いた。


爪の隙間に挟まっていたのは一本の矢。

しかし、それを打ち出したはずの美里の姿はどこにもなくて。


幸永が答えを見出すより先に、足下から底冷えする妖気のごときものが吹き上がってくる。

冷たいものが翼の付け根を這い落ちる感覚。

本能的に身を引いた幸永の眼前を、黄金の軌跡が走った。


ぢっ、と額に焼けるような痛み。

舞い散る幸永の前髪。

それは、全く容赦も何もなく、自分を殺しにきている、ということへの理解。


瞬間、今までしゃがむような体勢でいたらしい美里と、目があった。

半ば分かってはいたことだが、炎の一撃など牽制程度にしかならなかったらしい。

触れ合いそうなほど近くに見える空色の瞳に、強い意志の光……怒りを超越した何かが宿っているのが分かって。


美里に一見そんな素振りなどなかったからこそ、つついてはいけない藪をつついてしまっていることに改めて気づかされる幸永。



「……弾けろ!」


それは、恐怖に圧された部分もあったのだろう。

至近距離で声を暴力的な風へと変化させ、打ち出す。


幸永にも見えない不可視の刃。

まず避けられるはずのないだろうそれを、美里は避けなかった。


避けられなかったのではなく。

まるで目に見えないものなど気にしないとでも言わんばかりに。

伸び上がって黄金の残滓を残す文字通り弓なりの弓を降り下ろす。

……幸永に向かって。


それを見た幸永は、自身で繰り出した風の刃の事などそっちのけで、凍える爪の両の手でガードする体勢を取った。

結果的に見れば、その幸永の行動は間違ってなかったのだろう。


バスンッ!

やけに軽い音がしてあっけなく打ち負かされる不可視の刃。

霧散したそれは、小さな刃となって美里を襲ったが。

敵の首をはねようとすることに躊躇すらない彼女が自信を切り裂く刃など気にするはずもなく。

頬に走った赤の線を気にした様子もなく、勢い衰えぬままに弓を降り下ろした。



瞬間、火花散るような衝突音。

しかし、長くは続かない。


「……っ!?」


いきなりふっと、大地に縫いつけられたかのような圧迫感が消えて、たたらを踏む幸永。

再び顔を上げればやはりそこには美里の姿がなくて。



「が……あっ」


幸永の懐よりなお深く沈み込んだ美里が、その爆発的な力を秘めた弓を大地叩きつけたことに気づいたのは。

氷の刃を粉々に砕かれ、上空に巻き上げられたその時だった。

せり上がる焦燥感。

今の無防備な状態で追撃がくればただではすまないだろう。



(やっちまった~。すまんかっちゃん)


それこそ謝ってすむ問題でもないけれど、ここまできて今更慈悲もないだろう。


もとよりこの結末は覚悟していたから。

ここで討たれるのならば。

自分はそこまでのやつだった、と言うことなのだろうが……。



なぜか、そこで来るはずの追撃が来なかった。

疑問に思い、必死に身を捩って美里を見ると、美里は幸永の方を見てはいなくて。


それは、幸永が信じられないほどの隙だった。

そのチャンスに、無意識に身体が動く。



「【過度適合】ファースト! スキルワルツ!!」


今までの無詠唱のものとはわけの違う、全力。

灰色の炎塊が、幸永の手のひらに生まれて。

引きちぎれるほどに翼を羽撃かせて向きを変えると、幸永は重力に任せて下降していった。



「……っ!」


そんな幸永にようやく気づく美里。

先ほどまで微塵もなかったはずの動揺がそこにあって。

いつもの幸永なら、勝負は勝負として、致命的なミスをおかした相手に同情はしても容赦はしなかっただろう。


しかし、ここまでの僅かなやりとりで、美里がそんなミスをおかすことはあり得ないことに思えた。


再びぶり返す疑問。

それが罠かもしれないことを知りつつも美里が見ていた方に視線をやって。

目に映ったのは、自身を抱えるようにして倒れ伏す、カナリ……そしてタクヤの姿だった。



その時幸永の頬撫でるは、冷たい冷たいアジールの風。

そこでようやく気づかされるのは、楽しくもスリリングだった時間の終わり。

克葉の氷ドームが本当の意味で完成したと言う事で。



「ちっ。タイミング最悪じゃねえか、まさにSKYだな」


パームの目的を達成するために邪魔になるファミリアを一時的に封印する結界。

美里と対する前から、 克葉がそれを展開する事は分かっていたけれど。

結果的にそれで命拾いをしてしまった事がなんだか悔しくて。

幸永は怒ったようにそう呟き、それまであった灰色の炎を霧散させてしまった。



「……何で攻撃をやめたの?」


そして、美里に背を向け無防備に立ち尽くす幸永への問いかけ。

幸永は、面倒くさそうに振り向いて。


「フェアじゃないだろ。オレは一応、こうなることは知ってたしな」


そう言った。


「いったい、何をしたの? かなちゃんとタクヤに!」


それは、当然の問いかけだろう。

そしてそれを美里に伝えることが、パームの目的の第一歩でもあって。


「やったのはかっちゃんだよ。氷ドームは見たろ? あれにちょっかいをかけると、この能力は発動することになってる」

「……発動するとどうなるの?」


気の乗らない感じを全面に押し出しつつ幸永がそう呟くと。

美里は素直にそう聞き返してきた。


ただ単純に。

幸永がそれを話さないことなど、あり得ないと言わんばかりに。


幸永としては、それはそれで都合がいいわけだけど。

正しくそう言う立ち位置にいるとしても、自分がなんだか悪人みたいで嫌だった。

それは……戦ってい時の、多大なるプレッシャーとのギャップのせいもあるだろうけど。



「……オレたちには何ら影響はないみたいだが、今この病院内は、ファミリアにとって北極も真っ青の極寒の地のように感じられるらしい。適切な処置を取ったとしても、もって三日だそうだ」


そう説明しながら、こんな面倒くさいことは向いていないと、つくづく思う幸永である。

言いながらテンションの下がっていく自分を何とか押さえながら、言葉を続ける。



「ちなみに、氷ドームを内側から壊せばってのは考えない方がいい。火炎放射機かドリル戦車でもない限り物理的壊すのは不可能だし、能力で壊すのも不可能だ。あんたみたいな豪傑ですらそれは例外ない。何せファミリアを含めた能力を凍らせ、無効化する壁、だからな」


あるいはその無効化をなかったことにするような規格外な能力者でもいれば話は別だが。

それは後で考えればいいことで。


一拍置き、ふと幸永が顔を上げると。

思っていた以上に近いところに美里がいて、思わず飛び上がりそうになる。



「どうすれば助かるの?」


あなたをここで殺せばすむのかしら?

そんな笑えないセリフが浮かんできそうな雰囲気に、結果的に弁解するみたいに幸永は言葉を返す。


「この病院の最深部。龍脈より深い場所にドームの核となる結晶体がある。三日以内にそれを壊せば先輩方の勝ち。氷ドームは消えるって寸法だ。……あるいは、能力者を殺すって単純な方法もあるけどな」


まるでたちの悪いゲームだと。

言いながら、幸永は思う。

同時にこのシナリオを考えたヤツの気が知れないとも。



「……地下だね、分かった」


しかし、そんな幸永すら胡散臭いと思えることを、美里は信じたらしい。


「ち、ちょっと待てって。オレが言うのもなんだが、少しは疑えよ」


何も疑いもせずに、無防備に小さな背中を向けて、タクヤたちのところへ走り出そうとする美里に、幸永は思わず声をかけてしまう。


すると、美里はぱっと振り向いて。



「こうみんならそゆことでウソはつかないでしょ?」


そう言った。

思わず絶句する幸永。

いつの間にかあだ名が付けられていることもそうだけど、まるで長年の知親とでも言わんばかりの言葉に。


「言わされてるだけかもしれないだろ。それに、オレをここでどうにかしとかんと、肝心なとこで邪魔しにくるかもしれないじゃないか」


そんな美里の死合をしていたもの同士とは思えない態度に、幸永は言わなくてもいい事まで口にしてしまう。

すると、おかしそうに美里は笑って、


「そうかもね。でも、かなちゃんやタクヤがたいへんなことになってるのは本当だから……美里はいくよ」


そう言い、もう幸永の方は見ずに駆けていってしまう。

それ以外に術はないと言わんばかりに。

幸永にその意志があるのなら、いつでもこの背中を狙えばいい、とでも言わんばかりに。



結局。

幸永は、そんな美里を追うことはなかった。

幸永自身がそうしたかったと言うのもあるが。

パームの目論見通りに事が進んでいるせいも確かにあって。


次合いまみえる時には。

さっきまでのような純粋に戦いを楽しむことなどできなくなるだろうと考えると。


幸永は憂鬱で仕方がなくて……。



             (第210話につづく)






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