第170話、こうして類友たちは集結する



その後。

『新しい自分』になって帰ってきた塁は。

ひどい緊張の中で、空き部屋を挟んだ向こうにいる『彼』に、声をかけた。

あまりにも緊張していたから、何を話したかは、塁自身はっきり覚えていなかったが。

ただ、あの子はここにいると、訴えていた気がして。

   

 

すると。

今までの塞ぎこみようが冗談だったかのように、彼は元気を取り戻していった。

 

それだけ、あの子が好きだったのだと思うと、心が痛んだが。

その心と身体の痛みは、もういない自分の証でもあったのだと納得していて。



やがて、真ん中にあった空き部屋が空き部屋じゃなくなって。

毎夜聞いていた悲しい泣き声が、心揺さぶる温かい歌声に変わっても。

その痛みだけは忘れないように塁は心がけていた。



その後に……おそらく、露崎が『赤い月』の劣悪だった環境を上に告発したのだろう。

俗に言う『赤い月の事件』が起こって。

というか、知己が怒って、いろいろやらかして


結局『赤い月』から出られるようになっても。

こうして再び、『赤い月』のある信更安庭学園に戻ってきても。

痛みというただひとつの塁を証明するものは。

やはりどこかに残っていたようで。

   




「度々何ですか。しつこいと私でも怒りますよ」


実は全然そんなつもりないのに、三度戻ってきた塁に。

眉を上げて露崎は不満げな言葉を漏らす。


「大丈夫ですって。いくら私でも、生身の人間だってことくらい自覚してますから。って、そうじゃなくてですね、一度お礼を言っておかなければと、そう思ったんです。今の自分じゃなく、大矢塁として。……ありがとうございました。露崎さんのおかげで、バカみたいに元気になりました! って」

「そ、そんなものはいりません。私には私の目的があったのですから。それより口は慎みなさい。正体を知られてしまったら、どうするのです?」


塁が改めてそう言うと。

今度はわずかに眉を寄せて、露崎はそんな心配するような事を言う。

それを聞いた塁は自然と笑みを浮かべていて。



「平気です。彼はもう、私なんて忘れてますから。まぁ、私のこと知っている人、けっこういるんですけどね。春恵さんとか、法久さんとか……」

「あなたと言う人は……」


手に負えない、とばかりに片手のひらで顔を覆う露崎。

まぁ、二人には教えたというより、ばれてしまったわけだが。



「その油断が、命取りになると、そう思いなさい」


続けて、ちょっと怒ったように露崎は忠告する。

憚る事なく心配してくれたことが、何だかとても嬉しくて。

痛み以外に、自分自身を知覚できるような、そんな感覚を塁は覚えて。



「大丈夫ですって。……私の力と攻夫は完璧ですから」


故に塁は笑顔で、そう言ってみせたが。

本当は……大丈夫と言う意味合いは、ちょっと違っていた。

 


『彼』は、とても強くなったから。

ばれたって過去の泣いてばかりの彼に戻ることはもうないだろうって、そう思っていたのだ。



―――『バカじゃないのか!? 重いんだよっ!』

  

  

そう、語尾を忘れた昔のような法久に嘯かれたのは。

『赤い月』を出る時だっただろうか。

どうやって塁に気付いたのか、未だに分からなかったが。

 

別に、ばれてしまってもいいと、塁は思っていた。

こんな自分が、他の人から見れば重いのだってわかっている。

ばれれば嫌われる、なんてレベルじゃすまないってことも、充分承知の上だった。


たとえ怒りや憎悪が向けられようとも、それによって彼の涙が止まるならば。




「それでは、改めて春恵さんを探してきます。……あ、それと、露崎さんの夢今度聞きに来ますからね」

「……っ」

「うん、それ、私も気になるところなのよねぇ」

 

そして。

再び頭を下げて、その場を後にする、そんな塁の後ろ手には。

   

はっと息をのむ露崎と。

その相棒の、今の今まで我関せずでいてくれていた近沢雅の。

からかうような声が響いていて……。





           ※      ※      ※




リアは、長い間外に出ていない。

お父さんと、お父さんのものになったツカサがダメだって、そう言うからだ。


でもリアは、あんまりさみしいとは思わなかった。

いつも、雅と千夏が、話し相手になってくれたからだ。



けれど。

リアは本当にリアなのか、とか。

リアはここにいていいのかな、なんて思う事もあった。


そんな風に考え込んでしまうのは。

主にピアノを弾いている時で。

ピアノを弾いていると。

リアじゃない、何だか他のリアになったかのような、気分になるのだ。


ピアノ弾いているうちに意識がぼぅっとなって。

たくさんの知ってる人、知らない人の顔が浮かんでくる。


お母さん、お父さん、お姉ちゃん。

それから知らない……白い女の子。黒い女の子。


どうしてみんなの顔が浮かんでくるのかは分からなかったが。

どうしてか、みんながリアを呼んでいる気がして。



どうして、リアは外に出てはいけないのか。

お父さんがまだお父さんだったころ、聞いたことがあった。


お父さんは……外に出たらお姉ちゃんのように、ずっとずぅっと遠い所へ行って、帰ってこられなくなってしまって。

もう二度とおしゃべりも、笑ってくれることも、撫でてくれることもできなくなるのだと言っていた。


お姉ちゃんがいなくなって、リアは今も悲しみに暮れていて。

リアが外に出てしまったら、お父さんもツカサも雅も千夏も、そう思うかもしれない。

ならば外になんて出なくていいって、リアはそう思っていたわけだが。




今から少し前。

そんなリアの所に、白い髪、赤い瞳のうさぎみたいな少女……阿海真澄がやってきた。


真澄は、リアにいろいろなものを与えてくれた。

リアにできた、はじめてのお友達。


なのに……。

真澄は、ここから出たいって。

遠い所にいって、帰ってこられなくなってしまう外に帰りたいって、訴えるのだ。


リアはその時、そんなの嫌だって、思ってしまった。

真澄と会えなくなるのは嫌だって、ここにいてほしいって、そう思ったのだ。




そうしたら……真澄は。

ツカサになったお父さんに食べられてしまった。


お母さんと、同じように。



リアにはどうすればいいのか、考えることしかできなかった。

考えて考えて……リアは、真澄の言ったことを、思い出したのだ。


「また、遊びに来る」という、そんな言葉を。



リアは、それを思い出して、首を傾げる。

外に出てしまったら、帰ってこれなくなるはずなのに。

真澄は何でそんなこと、言ったんだろうと。


真澄の言葉はお父さんの言葉とは、違っていた。


どっちが正しいこと、なのだろう。

リアには、やっぱり分からなくて……。



「そです。雅さんと千夏さんに聞けばいいです」


リアはその事に気付き、二人の所へ向かうことにした。

二人には、危ないから来てはいけないって言われていたが。

二人に怒られるよりも、リアはこの分からないもやもやを、なんとかしたかったのだ。




と。

リアが真澄を見つけた、壁がなくて庭の花たちや空が見える、風の気持ちいい場所へ、やって来た時。


真澄が空から落ちてきたのと同じくらいの高さの所……屋根あたりに、リアが初めて見る、誰かがいた。



「……? なにですか?」


その誰かは、赤ちゃんくらいの大きさの、人の形をしていた。

でも、全身は青くて、ピカピカと太陽の光を跳ね返していて、触ったら硬そうな感じで。

その誰かは、落ちてきた真澄とは違って、ふわふわと翼もないのに浮かんでいて。



リアは……気づけば自身の翼を使って、飛んでいた。

その誰かと、目があったから。


もしかしたら、真澄と同じように、リアの友達になってくれるかもしれない。

だからリアは、その人に声をかけようとしたのに。



ボンッ!!


お父さんが、その青く光る誰かを、ばらばらにしてしまって。



「ぁ……」


それから。その誰かがどうなったのか、リアには分からなかった。

何故ならリアは、眠たくもないのに、テレビの電源を切るみたいに、目の前がまっくらになって。

何も考えられなくなったから……。





           ※      ※      ※




王神から……慎之介が攫われたと、そんな連絡があったのは。

嘘のない澄んだ瞳を持つ、王神のつれあいを自称する少女と別れたすぐ後のことだった。

  

王神はそんな奴はいないと、そう否定していたが。

慎之介を攫ったのもあろうことか慎之介の彼女だというし、仲間のつもりでも知らないことは多いのだなと、勇はちょっと反省してたわけなのだが。

    


まあ、それはともかく。

この忙しい時に、慎之介が余計な手間をかけさせてくれたのは間違いない。

 

後でとっちめてやる。

勇はそう思いながら、とにかく哲と落ち合うために駆け出して。

    

 

そんな哲は、すぐに見つかった。

どうやら、勇とさほど変わらない場所にいたらしく、じっとまいそでの天使……春恵理事長の娘がいると言われ、真澄が中にいるというお屋敷……『城』を見上げている。


その瞳はなんだか真剣で。

なにより触れたら吹き飛ぶ障壁にも近かった。



「……哲! ここにいたのか?」

「あ、兄さん。よかった、近くにいたんですね」

 

呼びかけると、哲は安堵したように、そう言って笑う。

いつもの声。いつもの笑顔。

それだけで心安らいでしまう勇は、慎之介たちが言うように、やはり傍から見ればブラコンなのかもしれないな、なんて思っていて。

    


「また慎之介が迷惑をかけてるようだ。面倒だが、急いで王神さんの元へ向かうぞ」

「はい、兄さん」

 

勇はぶっきらぼうにそう言い放ち、踵を返す。

それに当たり前のように哲がついてきて。

    



―――世界が変質したのは、その瞬間だった。

    



「……兄さん!」

「分かっている!」

 

敵能力者の異世。

言われなくても、ざらつく空気ですぐにわかった。

 

自然と、無意識に、段取りもなく、勇たちはいつでも連携して戦えるように、双つの赤いアジールを展開させる。

    


そして。

視界がぶれるほどの地響きを起こし、勇たちへ向かって姿を現したのは。


血のように赤い、人影の大群で……。



             (第171話につづく)








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