第六十章、『Blue Sky-Infect Paranoia~ジオラマの鳥』

第467話、表と裏の、男女のやり取り悲喜交々



「お、美弥さん、すっごく緊張してるね」

「ぶたいに立つの、これがはじめてなんでしょ? しかたのないぶぶんはあると思うけど、ちょっと意外ではあるよね。今までのみやちゃん、きんちょーとかしそうに見えなかったし」

 


正咲がそう言う通り、緊張感からなのか。

モニター越しからでもはっきりと伝わって来る、今までなかったはずの幼さのようなもの。


やはり別人であったのか。

似た者同士のようなものであるからこそ、マネージャーさんもうず先生もそれに気づいていたことだろう。

故にうず先生、あるいは知己たち『ネセサリー』に任せておけば良いような気がするものの、真の中には生まれた嫌な予感、焦燥めいたものは消えてはくれなかった。


まゆの言う通りどうにか出番の合間をぬって、うず先生のもとへ向かうべきかと考えていると。

じっとモニターを注視していた当のまゆが、あっと声を上げる。



「見て、あっち! 観客席っ。ううん、審査員席と? 知己さんがいるっ」

「……うげっ。って、おいおいおいっ。何してくれちゃってるんですかぁっ!? もう始まるしっ。今更止められませんよぉっ」


本人としては、これから対する歌い手たちのためにと。

極力存在感を、アジールを抑えているつもりなのだろうが。

きらきら……いや、ぎらぎらした瞳で、可愛い娘をずっと凝視したままであったから。

変に近寄りがたく、周りが引いて距離をとっているように見えるからこそ、必要以上に目立っていて。



「……やっぱり、ちがう。あのひと、みやちゃんじゃない。ううん、あの子がほんもののみやちゃんなんだね」

「知己さんがあれだけ注目してるんだもんね。おかげでお……美弥さん、緊張も解けたみたい」


正咲と麻理の小さな呟き。

それは、こちらでも気づくくらいなのだから、当然舞台上の美弥とみなきも知己のことに気づいたようで。

初めは少し驚いていたものの、こうなったらもうしょうがない、とでも言わんばかりに嬉しげに手を振る美弥と。

おすまししつつもそんな知己に向かってサムズアップしているみなきが見てとれる。



そんな舞台と審査員席のやりとりに、孝樹が今すぐ飛び出してとっ捕まえなければいけないのに時間がねぇと慌てふためいていると。

まさにそのタイミングで、いわゆるひとつの戦いのゴングが鳴り響く。


先攻らしき『気狂い狒々』の。

選手の登場曲などで度々耳にするナンバーが流れ出したから。


それぞれが複雑な思惑の中。

止まることなく表側のステージが開幕を告げるのだった……。





         ※      ※      ※




「……ねぇ。一体何が目的なのか分からないのだけど、そろそをこのあたりで手打ちにしておかない?ワタシたちの表の出番までそれほどあるわけじゃないの。恭子やかっちゃんも首を長くして待ってるわよ」

「そう思うんなら、そっちこそその物騒なものしまいなさいよ。でもまぁ、大丈夫。今更すっぽかすなんてことしないから」

「アナタがけだものちゃんたちをしまってくれるのなら今すぐにでもそうするわよ。んもう。本番前にいい加減、無駄な汗かきたくないんだけど」

「かっさかさよりはいいんじゃないの。ただでさえあんた、テレビに映っちゃいけない類のモノなんだから」

「もうっ。ちょっと目を離した隙に随分と口が悪くなったのねぇ。いったいどこのドナタの影響かしら。ワタシの大好きなライカちゅわんは、そんな悪いコじゃなかったでしょうに」



変わらず相対するひとりの漢女(おとめ)と、ひとりの少女。

片や、無尽蔵に湧き続ける黒き滲みのごとき獣たちを生み出し続け。

片やそれを際限なく創造される刀剣、武具により殲滅し続けている中での、そんなやりとり。


漢女……榛原輝夫は。

相棒である黒姫瀬華に、これ以上いたずらに刃を向けたくないからこそ、言葉で揺さぶりをかけているわけだが。

そんなハイバラの挑発に乗り、熱くなることもなく。

しかし、いつもの大人ぶった余裕さがないからなのか、ハイバラの軽口をそのまま返すかのように少しばかりワルい言葉が降ってくる。

 


「ふん、だ。随分と分かったようなことを言うじゃないの。言っとくけど、これが本来の私よ。人の力を借りて着飾った、偽りの私じゃなく、ね」

「……つまり、何度も聞いて悪いのだけど、この状況はあくまでもアナタの意思ってことでいいのよね」

「ええ、そうよ。私はずっとこの時この瞬間を待ってたんだから。あんたであっても簡単に止められると思わないことね」


余裕がない、と言うよりは。

ライカが今やりたいこと、しなければならないことの責任の重さ、プレッシャーを紛らわすための言葉のやりとりなのかもしれない。


そんな間にも、際限なく終わりなどないとでも言いたげに。

次から次へと闇色の獣(それは、厳密に言えばファミリアとも違うように見えた)が飛び出してきて。



しかし一体一体の強さ、抵抗力はさほどでもないのか。

ハイバラが創り出し生み出せし刀剣、武器具の威力があるからなのか。

黒き獣たちが生まれるのに合わせて中空に浮かびしそれを投擲すれば。

一撃の元に打倒し霧散させていく……。



            (第468話につづく)






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