第63話、異世に誘われしは、主役にあらず


一方、その頃の知己たちは。


2曲目を終え、いざ3曲目と思ったところで観客が忽然と姿を消したため、大きな混乱に陥っていた。

 

「何だっ、何が起こった? 客が……消えよったぞっ!」


真っ先に驚愕の声を上げたのは圭太。



「……っ」

「ナンですかっ、何が起こったんですかいっ?」


ドラムの峯村は声こそ出さなかったが、やはり狼狽したようにせわしなく辺りを見回し。

稲葉に至っては、年甲斐もなく泣きそうである。



「法久くん、これは……もしや?」

「異世でやんすかね。今ここにいるのは、おいらたちだけのようでやんすけど……」


そして、彼らとは少し離れた所で。

知己が小声で法久に問い掛けるが。

当の法久は至極冷静にそう言うも、その表情は舞台で演奏している時と変わらないナイススマイルを浮かべていた。


ついでによく見てみると、風だか何かの関係でまるで透けているかのように、あるいは陽炎のようにゆらゆらと法久が揺らめいているのが分かる。

いや、実際のところ、ぶっちゃけて言えば透けているのだ。スカスカなのだ。



「あのさ、いいかげんそれ消して、普通に会話して欲しいんだけど」


知己はそう言って殴るふりをして、ズボッと法久の身体に手をめり込ませながらそう言う。


「……いいでやんすか?」

「ああ。じゃないとやりにくくてしょうがない」


少々考えてそう問い掛ける法久に、知己は吐き出すように頷く。

すると、ヒュインッ!とモーター音の止まるような音がして、法久が消えた。


その足元には紅白のヘルメットの中央に、光を照射するための穴を開けたダルルロボの法久がいる。


「っ知己っ! 法久はどうしたっ? 今消えて……それはなんだ? その、趣味の悪いぬいぐるみみたいなのは」

「シュミの悪いぬいぐるみとは、これまた失礼でやんすねっ!」

「っ!?」

「なんかしゃべっ、しゃべったーっ!」


峯村はびくりと飛び跳ねるように後退り、稲葉はもうすでに泣いていた。


「い、いまのは法久の声? それは、なんなのだ? ファミリアってやつか」

「……ああ、そうだよ。紅さんにはちょくちょく話してるからなんとなく分かってくれると思うけど、己たちは今、人智を超えたカーヴ能力者ってやつらに襲われている。そのための用心もあって、法久くんは実は今日、ここには来てなかったんだ」

「来ていないだと? では今日の彼奴はどこの誰だったんだ。まさかそいつが化けていたとでも?」


さすがに元カーヴ能力者で、尚且つ落ちてからも知己たちと交流していただけあって、圭太はこの手の会話になれているようだった。

逆に峯村と稲葉は、何をいきなり話しているんだと言う顔をしている。



「おしいな。ちょっと違うんだ。……からくりはこうさ」


知己は、圭太の疑問に答えるように法久を地面に下ろし、横っ腹のブルーなメタリックボディに備え付けられたベルトの脇にあるボタンを押した。


ヒュインッ!

すると、小さな法久の頭上、ヘルメットの穴のある部分からぱっと光が射し、ちいさなダルルロボの法久を隠すようにして、先程までのナイススマイルな法久が姿を現した。



「じゃーんっ、すごいでやんしょっ。おいらの科学力っ(ウソ)! 下にいるおいらに合わせての動きはもちろん、表情もある程度変えられるでやんすよ~」

「で、では今日の演奏はどうやったんだ?」


戸惑ったように圭太がそう言うと、法久がそれについて得意げに解説を始める。


「まあ、この場では演奏していないでやんすけど、一応生でやんすよ。今しゃべっているように、周りを見ながらおいらの演奏をこちらに送ったのでやんす」

「何故、そんなわざわざまわりくどいことを?」

「いや……まあ、いろいろわけがあってさ。それより、とにかくここから出よう」


圭太は当然そう聞いてくるが、知己は曖昧にそう返すしかなかった。

本物の法久の居場所はできるならあまり他の人には知られたくなかったからだ。

それがたとえ長年来のバンド仲間でも、同じ班(チーム)の仲間でも。



「そうさな、そうするか。まあ、深くは聞くまい。今日の演奏にしたって文句のつける所などなかったからな。……して、外に出るというのは一体どういう意味だ?」

「うん。今さ、己たちはいわゆる異空間ってやつに閉じ込められて……っ!?」



思ったよりも冷静でいてくれる圭太と、戦々恐々としている稲葉、そして言葉を失ったままの峯村に、今の状況をざっと説明しようとして。

ふと上空から響く……飛行機の音に知己ははっとなる。


「飛行機だって? まさか、じゃあ……この世界は?」


そして知己は、すぐに自分が大きな勘違いをしていることに気づいた。

知己の突然の狼狽に息を飲んで黙り込む一同の中。


「どうやら、異世に閉じ込められたのはおいらたちじゃなくて、お客さんの方でやんすか」


法久が一人、重々しくそんな事を宣言する。



「くっ。ある程度予測していたとは言え、まさか本当に?」


知己は実に渋みの含んだ表情で、同じ言葉を呟く。

相手……おそらくパームに間違いないだろうが。

彼らを甘く見ていたのかもしれない。

この状況はつまり、何の関係もない一般人を人質に取られたのにも等しかった。


いや、甘く見ていたと言う言葉はニュアンスが違うだろう。

知己はまだ、パームを直ちに殲滅すべき相手だと、ここまでする奴らなのだと、思い切れていなかったせいにある。


カーヴの力は音楽から生まれた力だ。

でも、音楽は決して戦うための道具なんかじゃない。


この世界において、今更戯言だと思われるかもしれないが。

カーヴを使う事と、音を楽しむことの違いを、知己は伝えたかった。

その思いは、ちくまやカナリだけでなく、全ての能力者に。



しかし、これでは……カナリの言う通りだ。

結果的に多くの人を危険にさらしかねない状態に今はなっている。

 

それだけでも赦しがたいことではあるが、その中には『あおぞらの家』の子供たちや、恭子……そして美弥がいるのだ。


―――もし、彼女たちに手を出すようなことがあれば。




「……これ以上はパームの横暴を赦すわけにはいかない。全力で叩き潰すっ!!」


知己は、怒りをそのまま乗せるように。

虹色のカーヴを竜巻のように迸らせ、そう宣言する。



「知己……」


圭太が、そんな知己の怒りを感じ取り、その名を呼ぶ。

彼も含めて、稲葉や峯村も心配そうに知己を見つめていて……。





「まず、異世の入口を探すでやんすよ。後は、中にいる人たちを、信じるしかないでやんすね」


そして。

法久はゆっくりと一同を見渡した後、そう呟く。


中にはちくまやカナリ、そして恭子がいるはずだった。

彼女たちが、自らが異世にいる事に気づき、その異世を作り上げた能力者か……あるいはその世界を保つ拠り代をどうにかしない限り、相手の思う壺だろう。



まだ、相手の目的がなんであるのか、はっきりしていないが。

知己が一番に考えているのは、『喜望』の手勢を減らそうとするのではないか、ということだった。



だとすれば、狙われるのはカナリとちくま、だろう。


だが。

オロチの時や慎之介の時のように、向こうが入口を開けてくれない以上、こちらから閉じた異世を探し出すのは容易なことではない。



そうは言っても今知己たちにできることは、それくらいしかないわけで。

外に術者がいるのなら、それを探すと言う手もあるが。

後は、法久の言う通り、二人を信じる以外にない。


二人はまだ経験不足であるし、心配な点も多いが。

それでも知己は二人の能力の、未だ底の知れない可能性と、初見でシンクロしかけた、相性の良さを知っていたから……。



「……ああ、そうだな。急ごうっ!」


知己はしっかりと法久の言葉に頷き、そう言う。



そして。

どこまでも澄んだ青空の下、再び新たな戦いの幕が切って落とされたのだった……。



             (第64話につづく)







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