第155話、よっし~さんの、脅迫的カウンセリング




そんなわけで。

弥生たちスタック班+ネセサリー班のふたりは、ちゃっかり用意されていたくじ引きにより、これから行う任務へのメンバーの入れ替えをした。


ただ、弥生は何も起こらないことに焦りを覚えていたが、その実、なにもしていなかったわけではなかった。

むしろ、やるべきことは多かったりする。




「あの、その……よろしくお願いします」


まるで、これから何かの贄にでもされるかのように、縮こまって宛がわれた診察室の丸椅子に座っているカナリの姿がある。

どうやら、『弥生っちの心の声』のせいで、すっかり萎縮してしまったらしい。


しょうがないなぁ、なんて内心思いつつ?

できるだけやさしく、仁子はそんな少女に声をかけた。



「弥生っちから診察の経過は聞かせてもらったわ~。特に異常はないみたいって言っていたけど、どう? くだんの赤い蝶、見えたりする?」

「え、あ、はい。大丈夫です。ここ数日は、特に何も」


何故か今にも泣きそうな、大丈夫と言うには心持ち青い顔で、カナリはこくこく頷いた。

やっぱりちょっと、やりすぎだったのかなと。

そこに来てようやくそんな考えに至る仁子である。

 

もしかしたら本当に、弥生の言う通りに、自分自身の気持ちも入ってたのかも、なんて思う。

それは弥生のように、健気で綺麗なものではないのだろうけど。

 

まあ、それはともかく。

たくさんあるやるべきことの一つが、知己たちにも頼まれた……カナリに対しての『治療』であった。

 



数日前に運ばれてきた、元パームの一味であった稲葉設永。

彼は、パームから反旗を翻したとみるや、パームの手により、カーヴ能力者として滅ぼされたのだが。

カナリは、それと同じことが自分にも起きるのではないかと危惧しているらしい。

仁子たちはそれを聞き、それぞれのスタイルでカナリの事を診ることにした。

 

 

スタック班(チーム)は、回復、守護を主とするチームであると認識されている。

事実、新加入の晶を除く三人には、それぞれ異なる形で『治療、回復』を行えるカーヴ能力を有していた。

 

美里は、外的な傷や損傷に当たる回復を。

弥生は、内に巣くい蝕もうとするものへの治療を。

そして、仁子がそのどちらにも属さない類のもの、と言った風に。

 

美里と弥生の二人には、すでにカナリのことを『診て』もらっている。

結果は特に異常がない、というものだった。

そんな流れで、仁子にお鉢が回ってきたわけなのだが……。

 


「そっか~。カナリちゃん自身がそう言うんだし、本当に大丈夫かもしれないわね~。おに……じゃなく、知己さんも言ってたわよ。稲葉さんとカナリちゃんじゃ、根本から違うって。ほら、稲葉さんは、カーヴの力、自分のものじゃなかったでしょう? でも、カナリちゃんの力は、カナリちゃんのものだよね。だから……うん。大丈夫じゃないかな~」

「でも……」

 

話を聞く限りでは、カナリには同じことは起こらないだろうと、客観的に見ても分かる。

だが、問題はどうして彼女がそう思ったか、だった。

 

事実、明るく励ますように、大丈夫だろうことをアピールしたのだが。

カナリには何か思うところがあるのか、何かを言いづらそうに口ごもっている。



「でも、何かあるの? カナリちゃんが、自分も稲葉さんと同じ目に遭うかも知れないって、思う訳が」


仁子が窺うようにそう尋ねると、カナリは頷いて。


「はい。あの、その……わたしの力、本当にわたしのものなのか、実は分からないんです。気付いたら、使えるようになってたから」

「あ~。なるほど」


カーヴ能力者の真理だね~、なんて心の中で苦笑する仁子。

誰が、どうして、何の理由で、自分にこんな力があるのだろう?

それは、きっとカーヴ能力者の誰もが考えたことのあることだろうと。

 

みんなそんなものなんだよと言ってしまうのは簡単だが。

そんな言葉だけで納得がいくのなら、彼女はこうして悩んでなどいないだろう。




(でも、珍しい子ね。今になってそんなこと考えるなんて)

 

確かにそれは、誰もが持ってる疑問かもしれない。

でも、カーヴ能力者にとってカーヴを使うことは、人が呼吸したり、歩いたり、眠ったり、と言った当たり前の行動と同義なのだ。

 

感受性が強いというか、ようやく世界の仕組みが分かってきて、物事に疑問を持ち始める子供のような……カーヴの力に目覚めたばかりの新米能力者のような、そんな感覚を受ける。

 


そんな事を考えていてふと沸き上がってきた、ひとつの可能性。

まさかとは思うが、その可能性はゼロではないことを、仁子は身に染みて理解していた。

 


「そうだね。それじゃ、質問してもいい?」

「はい」

「ここ数日の調子はどう? 眠かったり身体が動きにくかったり、だる~何もやりたくねぇよ~って、無気力な感じとか、ないかしら?」

「え、えっと。大丈夫だと思いますけど……」

 

本当の問診であるかのような仁子の問いかけに、首を傾げ、それでも首を振るカナリ。

 

「それじゃあ、以前と比べてみたら、どう? たとえば、そうね~。私たちと行動をともにするようになってから、とか」

「あ、はい、そうですね。ずいぶん気分が良い気がします。これが、あなた方の力ですか?」

「え? あはは。そ、そうかな? いわゆる、癒し系って言うの?」

 

あまりにも、予想通りすぎるカナリの言葉に。

仁子は思わず絶句しかけ、誤魔化すように半笑いを浮かべる。

そして、内心思うのだ。


してやられた!

と。

 


美里も弥生も、そして多分……知己や法久だって気付いていたはずなのだ。

稲葉設永のように、紅の蝶に彼女が襲われることなど、絶対ないことを。

 

でもその代わり……彼女が知ることで、彼女の存在意義すらなくなってしまうかもしれない事実を、彼女自身が気付いていないということを。

 

 



「それで、診察の結果なんだけど」

「え? もういいんですか?」

「ええ。弥生っちたちは異常ないって言ったかもしれないけど……このままじゃ、あなたは死ぬわ」

 

仁子の緩慢とした口調ががらっと変わった瞬間、温度すら下がった気がした。

唐突に、きっぱりと仁子の言った言葉に、重い静寂が支配する。



「……え? でも、そんな」

「そんなことはないはず。でも、何か漠然とした不安がある。……違う?」

「……」

 


たとえ冗談だとしても。

言われた方は気分のいいものではないだろう。

でも、これは大げさではあっても、決して冗談なんかじゃなかった。

 

今なら自分にお鉢が回ってきた意味が、よく分かる。

こんなことは……こんな役は、自分にしかできないだろう、と。

 

だから、挑みかかるように、仁子はカナリを見据えた。

いくら自分が嫌な悪役を買って出ようと、これは結局彼女の問題なのだ。

彼女自身に、この壁を越えられるほどの意志がなければ、どうにもならないのだから。

 


「このままって言いましたよね? それじゃ、このままじゃなければ、なんとかなるって、そういうことですよね? あなたは、それを知っているはず……教えてくださいっ! わたしはっ」


死ねない。

そう、充分に伝わってくる、カナリの気迫、想い。



(資格あり、ね……)


さっきまでの、控えめで遠慮がちな雰囲気とは違う、譲れない何かを持つ、カナリの瞳がそこにあった。


(とりあえず、第一関門は突破、かな?)


仁子は、本当の彼女に近づけた気がして、ふっと表情を和らげる。



「もちろんよ~。そのために私たちがいるんだから。それじゃあね、手始めに私のことはよっし~って、そう呼んでね」

「え? そ、その」


自分が生きることと、それと何か関係あるのだろう、とでも言わんばかりのカナリ。


「何? 死にたいの、カナリっち?」

「い、いえ。そんなことはない、でありますっ、よっし~さん!」


でも、少し声に力を入れたら、サーイエッサーばりの敬礼口調。

不謹慎な気もしないでもないが、ちょっと面白い気がしないでもない仁子である。

あの兄してこの妹あり、なんて勝手に兄を貶めたりしつつ。



「よし、それじゃあまずさっそく、見回りもかねてダッシュよ~」

「は、はいっ!」


静かな診療室に、そんな力の抜けきって間延びした仁子の声と。

気合いの入りきったカナリの声が、木霊するのであった……。




            (第156話につづく)







  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る