第156話、見た目姉妹の、意識の高い? やりとり



一方その頃。

 

二つ目のすべきこと……新人のスカウトを名目に、弥生と美里の二人は一般病棟を歩き回っていたのだが。

 


「やよちゃ~ん。やっぱり新人さんのスカウトなんて、ムダじゃないかなぁ」

 

ぶーたれた表情で、実はもっともなことを口にする美里に、弥生は疲れた笑みをこぼしてしまう。

 

「そうは言ってもね、若桜高校とか信更安庭学園以外で、能力者がたくさん集まってるところって言えば、やっぱりここしかないのよ。ま、当たり前って言えばそうなんだけど」

 

何せ、傷つき倒れたもの、能力者同士の戦いに敗れ目を覚まさないもの、『パーフェクト・クライム』の被害にあったものが軒並みこの場所へ運ばれてくるのだ。

彼らを治療するものとして、回復治療に類する力を持つ能力者たちは多い。


だが逆に、一線に立つほどのものがいるかどうかと聞かれれば、正直微妙と言わざるを得なかった。

力ある者がいるならば、とっくにスカウトしている。

そもそも、ここは知り合いばかりなのだから。




「ううん、そうなんだけどさ。今更さ、いつ死んじゃってもおかしくないシゴト、やりますなんて人、ここにいないんじゃないかなって思って。だってほら、ここにいる人って、もう仕事持ってるでしょ? あとは、その日暮らしの寝てる人ばっかりじゃん。楽なほう、楽なほうにいきたがるのが、人間の常ってヤツだよね?」

「……」

 


その日暮らしで寝てるだけ、とは立場的にもあまりよろしくない表現のような気がしないでもないが。

美里の言葉は、やはり真実をついているような気がする。

 

人は誰だって、清く完璧でありたいと思う。

だけど、誰もがそうあり続けるわけではないのだろう。



法久のことがなければ、自分も楽(それもこっちの勝手な言い分ではあるが)していたのだろうかと、なんとなく考えてしまう弥生。


でも多分、それはないだろう。

自分がここにいるのは、確かにそれが一番の要因ではあるけれど。

それでも自分はどちらにしろ、ここにいるだろうと思える。

 

目の前にいる、美里や仁子たち。

弥生にとって彼女たちは、とっくに切り離せない一部なのだから。

 


「それじゃあさ、美里はどうして? 美里自身はどうして『いつ死んでもおかしくないようなこと』をしてるの?」

 

だから、というわけではないだろうが。

そう言えば面と向かってこのことを聞いたことはなかったかもしれない。


思わず口をついて出た、ちょっとした疑問。

そこには自分がここにいる理由を、美里も仁子も知っているのに、というのもあっただろう。

 

 

「んー。難しい質問だねぇ。やよちゃんやよっし~みたいに、好きな人のためっていうのも、ひゃくパーじゃない気がするし、世界を救うヒーローになるっていうのも、キャラじゃないしなー。あ、うん。そうだ、あれだよ、あれ。みさとには戦場が似合う。戦場しか似合わぬ……って言うの?」

 

すると、美里はゾクリとするほど邪気のない笑みで、そんな事を言った。



「……しか、って言うには、自分を知らなすぎな気もするけどね」

 

呆れたように、呟く弥生。

まあ、だいたい予想通りのお答えと言えばそうなのだが。

それでもこういう時はいつも自分の小市民さを痛感してしまう弥生である。

 


あの分からず屋を追いかけていたら、いつの間にかチームのリーダーになっていて。

気付けばAAの能力者という位置にいたけれど。


いつだって、自分は平凡などこにでもいそうな奴だって、そう思っている。

美里や仁子のような天賦の才を持つ人たちに引っ張られて支えられて、なんとかここにいるってことを。



「そりゃ、新人のスカウトなんて無駄なんて、はっきり言っちゃうわけよね。最低でも私くらいのレベルの人が、ってことだものね」

「あはは。やよちゃんこそ、謙遜しちゃって」


全くもって謙遜なんかじゃないんだけどな、なんて弥生は思う。

何せ、今金箱にいるメンバー全員がAAAクラスみたいなもの、なのだから。


これは、ちょっとすごい……というか、異常なことなんじゃないのかと思ったりもするのだ。

敵も来ないわけである。

十人いないはずのAAAクラスの半分以上が、ここにいるのだから。



……なんて考えていると、日差しの強くなってきた窓の外、そんなAAAクラスのふたりが、何故か庭を走っているのが目に入った。



「あれ? よっし~とカナちゃんだ。何してるんだろ? 特訓?」


美里もそれに気付き、窓にへばりつくようにして外を見る。



「特訓……ね。カナリちゃん大丈夫かな。よっし~、うまくやれたのかしら」

「よっし~なら大丈夫でしょ。ううん、よっし~じゃなきゃムリ。みさとだったら、すぐにぼろが出ちゃうね。ってゆーかさ、ヒドイよね。マスターの人格疑っちゃうよ。みさとならちょっとゆるせない。ファミリアに人間のふり……じゃなくて、人間だと思い込ませるなんてさ。何かのはずみで気付いちゃったら、どうするのさ」

「……やっぱり、美里も気付いてたんだ」

 


まあ、美里は生粋のファミリア使いだから、気付かないはずはないのだろう。

正直、初めに弥生自身が診たとき、彼女には悪いけれど、これはとんでもない厄介ごとを押し付けられたと、そう思ってしまった。

 

下手なことを言おうものなら、自分が彼女の存在を消してしまうんじゃないか、そんな恐怖すらあった。

確かに言い方を変えれば、治療を要する『病』にかかっていると、言っていいのかもしれないが……。

 



「うん。しかもあれは相当深いよ。たぶん、その思い込みも命令のひとつだったんじゃないかな。もともとあるはずの、心のつながりさえ隔てちゃうくらいなんだから」

「流石ね、そこまで分かるなんて。でも、何でそんなこと、する必要あったのかしら?」

「さぁねぇ? そればっかりは本人に聞いてみないと。カナちゃんを見る限りでは、相当やな感じ、だけどね」

 

そう言う美里は怒っていた。

それは何より、カナリのためだったのだろう。


芯の強い、真面目そうな女の子。

でも、それとともに感じる、哀しみの塊でつくられているかのような、そんな彼女。



「私たちにもできること、あればいいんだけど」

「そだね。よっし~にたらい回しにしてる、なんて思われるのもなんだし、みんなで支えてあげよ。カナちゃんがそれに気付いたときに、自分のままでいられるようにさ。あ、でも、そんなに心配しなくてもいいかも。よっし~、何か思いついたみたいだし、うちのこゆーざさんとかタクヤとか、アキちゃんもいるし。ほら、あの子……ちくまくん!彼がいるじゃない。みんなともだち、だよっ」

「……そうね」

 

両手を広げて、ちょっと意味深に微笑む美里。

その時はまだ、美里が言った真の意味を、弥生は気付くことはなかった。

 

この今の状況が。

弥生自身が思うより『すごいこと』、であることに……。 




             (第157話につづく)






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