第157話、結局犬猫マスコットは人になりたがる



ところ変わってその頃、ちくまは。

あの、赤い敵…、ファミリアらしきものが他にいないかどうか、病院じゅうを歩き回っていた。


それは、そのファミリアを過去に見て、遭遇したことのあるのがちくまだけ、というのもあっただろうが……。

 


「ねえ、あのさ。何だか寒くない? 夏ってこんなに寒いものだったっけ? でもでも寒いけど、最近体の調子はいいみたいなんだよね。何でだろう?」

「……」


誰彼構わずの独り言のように傍から見えてしまうそれは、よくよく見ればそうではなかった。

ちくまの話している相手は、ちくまの頭の上にいた。

ちくまの頭に乗っていても、あまり重さを感じないような真っ白の猫、こゆーざさん。

ちくまの今回のパートナーであり、ちくまが必死に? コミュニケーションを取ろうとしている相手である。



「この冷たさは、『赤い月』にいた頃を思い出すよ。おんなじつるつる緑の地面だからかなぁ? それとも、人を閉じ込めておく場所って、みんなこうなのかな?」

「……」


当たり前のように、ちくまはこゆーざさんに問いかけるが。

当たり前のようにこゆーざさんはそれには答えず、そっぽを向きつつあくびなんぞしている。



「でもさ、この辺りってあまり人、いないよね。っていうか、全然いないよ? あ、ともったら下にたくさんいるね。どうしたのかな?」

 

めげないのか、返事を期待してはいないのか変わらぬ調子で、ちくまはこゆーざさんに語りかけるように呟き。

あっと声をあげ、せわしなくぱたぱたと、見下ろす先に病院の表玄関が見える窓に張り付いた。

 


「あれ? あの人たち、ここに入院してた普通のひとたちじゃないかな。でっかい荷物みんな持ってる。何があったんだろう? 集団夜逃げ?」

「……」

 

顔が変形するくらい窓ガラスにくっつけて、そんなとんちんかんなことを呟くちくま。

思わず、ぴくりとこゆーざさんは耳を動かす。


 

「んー。よし、ちょっと話聞いてみようかな」

 

自身の任務が索敵であるということはとうに忘れてしまったのか、ひとしきりなにやら考え込んだ後、唸りながらガラス戸を叩く仕草をする。


もちろん、それで何かが変わるわけもなく。

その時はまだ、こゆーざさんもちくまが何をしたいのか、理解できなかった。

ただ、あまりにその行動は突飛で、逆に興味を引き付けられると言えばそうなもかもしれないが……

 

再びちくまがたなごころを開いて、手のひらをガラス戸に当てた時。

ついにこゆーざさんはひげを動かし、眠そうな眉をあげた。

 



ガラス戸に、一瞬曇りが広がったと思うと。

そのちくまが触れている部分がまるで炉にくべたかのように、変色をし始めたからである。


がぶっ。


「よし、もう少しでがぶ……がぶ?」


がぶってなんだろう? ちょっとだけ考え込んだちくまの額に、つぅっと流れる赤い血。

ちくまがそれを理解した瞬間、頭に猛烈な痛みを感じて。



「にぎゃーっ!」


まるで猫みたいな声あげて、ちくまはあわてて頭上にいたこゆーざさんを振り払う。


「いーたーいよーっ! 何すん、の?」


それまで大人しかったのに、何でそんなことするのだろうと。

本気で分からないちくまは、涙目でこゆーざさんに抗議しようとする。


だが、視線を向けた先にこゆーざさんの姿がない。

それどころかちくまの視界一杯、鼻先近くの所まで、黄色のとげとげの枝分かれした何かがあった。



「このたわけが。我輩たちは現(うつつ)に在するだけで罪だというのに。そんなことでは、本当に完なる罪と取り違えられるぞ」

「??」

 

ばりばりのもっさりした何かが、よく分からない言葉をしゃべっている?

ちょっとだけ混乱しかけたちくまは……しかしよくよく見たら、そのばりばりがしゃべっているのではなく、その向こうにいる誰かがしゃべっているんだ、ということに気付き、少し下がってもう一度そっちの方を見てみることにする。

 


すると、そこには……一人の少女がいた。

白一色の、夏を過ごすには間違っている気がしないでもない暖かそうなふわふわのドレスに、一対の白いぼんぼん。

ひどく華奢な印象を受けるが、月色の大きな瞳には、煌くほどの鋭さと強さがあった。

でも、それより何より印象的なのは。



「あ、でっかいエビフライ」

 

そう、ちくまが無意識に呟いてしまうくらいの、胸元に垂らしまとめた一本の金色おさげ髪、だった。

 


「ふむ。やはり常識など皆無か」

 

エビフライ? の少女は、呆れたように一つ息を吐くと。

 

「いだだだっ、や、やめてよっ!」

 

おもむろにばりばりしたもの……竹箒の穂の部分を、ちくまの顔面にめり込ませた。

傍から見るぶんには笑えるが、これがとても痛い。

 


「ごめんなさいっ、ごめんなさいぃっ!」

「ふふふ……」

 

泣きべそかいて謝り倒すちくまに満足したのか、嗜虐心たっぷりの笑みをこぼし、少女はちくまを解放した。

 


「いきなりなんなのさぁ」

「いきなり、などではないよ。いい加減、我慢の限界だったのだからな。お前のようなツッコミ所満載な、危なっかしいやつは初めてだよ」

「どゆこと?」

 

まるで、あなたに迷惑なんてかけてないよ、と言わんばかりのちくまの表情である。

まあ、確かに直前で止めたから迷惑はかけられていないし、勝手なお節介と言えばそうなもかもしれないが。

少女は再び、呆れたように溜息をつき、

 

「……そうか。ちくま、といったな? お前、新参か。見慣れぬ気配だとは思ったが、そんなお前にも分かるように教えてやる。この世界ではな、この世界の常識にのっとって行動しなければならないんだよ。だからな、先ほどのような力で窓を溶かし、外に出るなどもっての他だ。ついでに言わせてもらえば、窓を壊した後、どうするつもりだったのだ?」

「え? どうって、みんなどこに行くのかなって、話を聞こうと思ったんだけど」

 

外見にあまりあわない古臭い口調で少女は問いかけるが、ちくまには質問の意図が分からないらしい。

首をひねって、そんな答えを返すしかなかった。



「それ以前の問題だな。ここは五階だ。彼らの元へ辿り着く頃にはもう、彼らはいないだろうさ。普通の人間の行動の尺度で測ればな」

「???」

「そんなことで、今までよくバレなかったな、お前」

 

普通の人間なら窓から飛び降りて、なんて行動はしない。

そう、ストレートに言ったとしても、理解してくれないような気がして。

もはや呆れを通り越して切なさすら込み上げてくる始末である。

 


「バレるって、何が?」

「ふむ、そうか。お前も封ぜられている、ということか。……あの少女のように」

 

だが、不思議そうに問いかけてくるちくまの言葉を聞き、エビフライの少女は、ようやく全てに納得がいったとばかりに一つ頷く。

でも、勝手にひとりで納得されても困るのはちくまである。


少女の言っていることはほとんどよく分からない、ということもあるけれど。

それより何より。


「んー。んと、よく分からないんだけどさ。それより、きみは誰?」

「……ふっ」


もっとも知りたかったことをちくまは少女に問いかける。

すると、少女は一瞬きょとんとし。

さらに一瞬だけ寂しげで悲しげな笑みを浮かべて。




「お~い、ちくまくん。なにしてるー?」


後ろから声をかけられて、振り返ればそこに、美里と弥生の姿があって。



「あ、うん、このひとが……」


そう言って視線を戻した時にはすでに少女の姿はなく。



「あれ? こゆーざさん……いた」


そこには白い、一匹の猫の姿があったのだった。

まるでこれが答えだ、とでも言わんばかりの……すました顔で。




           (第158話につづく)







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