第158話、まほろばの少女、稲田の神に叱られる?
それから、最後の一組。
奥まった場所にある、それでもこの病院の存在理由とも言っていい、カーヴに関する患者たちのいる場所の一角で。
タクヤと晶は、今までの戦いで敗れたもの敗ったものたちに、何か異常はないか見回っていた。
「皆さんお変わりなく、静かにしてましたねぇ」
「……」
朗らかな、それでいて馬鹿丁寧な口調で、タクヤは隣にいる晶に問いかける。
けれど、晶はそれに答えない。
一見、そのやり取りは、ちくまとこゆーざさんのやり取りと同じようなものに見えたが。
「あの、阿蘇さんって方も、あれ以降静かなものですし、辰野さん、でしたっけ? 僕たちがここに来たばかりの頃は、結構うるさく歩き回っていた記憶がありますけど……今は、ほんとに静かなものですね。まるで、皆さん揃って稲穂にでもなってしまったかのように」
その実、それは大きく異なっていた。
ちくまのはただの語りかけであったのに対し。
タクヤのものは、晶に対しての詰問だったからだ。
「ずいぶん辛辣な言い方するんだね。主人と使い魔は似るものだって聞いていたけど」
とは言え、このまま一方通行は悲しいなぁとタクヤが思っていた所に。
晶は向き直るようにして、あえてのきつい言い方で言葉を返す。
「そうですか? まあ、えてしてそう言うものは、自身では分からないものです」
だからタクヤも引かず、淡々とそんな事を言う。
すると、晶は頷いて。
「そうだよ。わたしが眠らせてるの。もちろん、他のひとの許可は取ってない。……こう答えれば、満足? 黙っていたことについては、わたしに否があるけど、特にあなたの主にマイナスになるようなことは、してないつもり……だよ」
そう言って、淡く笑った。
「ははは。これは一本とられましたかね?」
まさしく、そのことだけしか考えていなくて。
こんな風につっかかってた自分を見透かされたようで。
タクヤは少し恥ずかしくなる。
ちょっと、過敏に警戒しすぎたかもしれないな、と。
確かに、起きていても『マイナス』にしかならない人間なら、確かに眠ってもらっておいたほうがいい気はしていた。
まあ、黙っていた理由については問い詰める価値はあるのかもしれないが、タクヤにとっては、そこまでする理由は特になかった。
自分は良くも悪くも、晶の言葉通りの存在なのだから。
「あ、そうです。眠ってるで思い出しましたが、なんだかこの病院、寒くないですか? 布団一枚でみなさん風邪引かないんですかねぇ?」
そんなわけで、タクヤは話題を変えるように、もうひとつ気になっていたことを口にする。
すると晶は、こくりと首を傾げてみせて。
「わたしも寒いのは嫌い……病院の人にお願いしましょう」
大人しそうな見かけとは違い行動力があるのか、そう言って走り出す。
「原因はなんなんでしょうねって聞きたかったんですが……」
そんな事を考えるより先に、やるべきことがあるだろうと言わんばかりの晶に、タクヤは自然と苦笑を浮かべ、その後を追いかける。
そうして、看護士さんを手伝って、一度見回った場所へ逆戻りしていったわけなのだが。
「おや? この部屋は配らなくてよろしいのですか?」
ある個室にさしかかった時、中を確認しもせず、晶がそこを通過したのに疑問を覚え、タクヤは思わずそう口にしていた。
「この部屋には誰もいないから。それより急いで。歌恋ちゃんが風邪ひく」
「あぁ。了解です」
なるほど、それであんなに急いでいたのかと、タクヤは納得する。
数日ほど前、知己たちが若桜町に向かった次の日だっただろうか。
それまで、他の病院に収容されていたというひとりの少女が、この金箱病院に転院してきたのだ。
稲葉設永の娘である、歌恋と言う名の少女が。
晶は、その少女を誰より気にかけていた。
もしかしたら、知り合いだったのかもしれない。
(それにしても……)
言うや否や、駆け出して行ってしまった晶を背に、タクヤは誰もいないと言った部屋をかえりみた。
その部屋の、入り口のスライド式のドアにある小さな窓から見る限り、そこには確かに誰もいないように見える。
わずかに見える白いベッドにも、人の気配はないようだった。
「プレートの外し忘れ、ですかね?」
その部屋の扉横にある、ネームプレート。
そこには、患者がいることを示すように、『風間真』の名前があった。
ここではないどこかで見た事があるような、どこか引っかかるその名前。
タクヤはそれを思い出そうとしたけれど。
「ま、必要ならそのうち思い出すでしょう」
自分に言い聞かせるようにそう呟いて。
さっさと行ってしまった、晶を追いかけていって……。
「失礼しますよ」
タクヤは静かに音を立てぬようにして、さっき晶が誰もいないと言った部屋の隣にある個室へと入ってゆく。
その個室のベッドには、長い亜麻色髪の少女が、やはり他の患者と同じように眠っていた。
いや、彼女に限っては他の患者とは様相が異なるようだった。
「静かに穏やかに、という感じではなさそうですねぇ」
まるで、悪夢にでも魘されているかのように。
彼女の呼吸は不規則で、その表情も安らかというものとは程遠い。
別に答えを期待したわけではないタクヤの独り言だったが。
熱を逃がさない為にと面毛布を重ねひいたまま、じっと彼女を見つめていた晶が、独り言を返すように、そのまま口を開く。
「歌恋ちゃんはね、悪い夢の中にいるの。……だから早く、その原因を取り除かなくちゃいけないの」
「ほうほう。君にはそんなことが可能だと?」
そんな事が当たり前にできると、確信しているかのような、晶の言葉。
だからそのまま、タクヤは思わずそう口にしたのだが。
「できるよ……友達だもん。絶対助けてあげるって約束したの」
そこで、ようやくタクヤに向き直り、強い意志を秘めた瞳で晶はそんなことを言った。
「友達ですか。懐かしい響きですねぇ。僕はこの世界でそのような人はいないので、ちょっと羨ましいかな」
主にかつて言われたことのある、懐かしい言葉。
今はもう、そう呼べないことが、自分自身で一番よくわかっている……。
「……そんな風に思ってるから、友達できないんだよ」
なんて、ちょっと自分に浸っていると。
ちょっと怒ったように、晶のきっついお言葉が返ってくる。
「ははは。これは手厳しい。君は、自分を創りたもうた神ですら友達呼ばわりしろと、そう言いたいのですね?」
「……わたし、やっぱりタクヤのこと、嫌い」
拗ねた子供のように、額にバッテンを浮かべ、そう呟く晶。
「残念ですねぇ、僕は結構嫌いじゃなくなったんですけどね、あなたのこと」
タクヤはそれに苦笑し、からかうように、でも本気でそう答える。
そんな時だった。
病室の外から、ドアをノックする音がしたのは。
「お客さん、ですねぇ。なるほど、小さな変化を加えることで事態が大きく変容する、というのは正しいことなのかもしれませんね。さすが、班のリーダーと言った所でしょうか」
タクヤはのんびりしみじみとそんな事を呟くが、その目は笑っていなかった。
「……ずいぶん礼儀正しい敵、だね。みんなこうならいいんだけど」
同じく真剣な眼差しで、晶は呟く。
それは、ノックするタイミングとほぼ同じだっただろうか。
いつの間にか、ベッドで寝ていたはずの歌恋の姿はなく。
先ほどまで寒さすら感じていた辺りの空気が、一変している。
敵能力者の異世。
どうやらふたりは、それに取り込まれたらしい。
「失礼しますっ、お片づけに、参りましたぁ」
「……っ!?」
一瞬の混乱。
だってその声は晶にとってとても懐かしい、聞き覚えのある声だったからだ。
一体どうして?
そう、考える間もなく。
ドアの向こうで、何かの力が膨れ上がったかと思うと。
お互いを隔てていたドアが、轟音響かせて吹き飛んでいって……。
(第159話につづく)
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