第212話、過去と未来に交信する男、都合が悪くなって逃げ出す



それから。

仁子とさつきは、美里たちと合流することにした。


仁子としては、氷ドームが内側から破壊できない事実と、ラセツによりこの場に能力を抑制するような能力が発動されたことを説明しにいく、くらいの気持ちだったのだが。

待ち合わせの場所である中庭には美里と、地下に行っていたはずのちくまの姿しかなかった。


カナリとタクヤ、晶とこゆーざさんの姿が見えない。

ぶり返す嫌な予感。

その予感を無理矢理振り払おうと二人に声をかけようとして。


「……っ」


ばっと振り向いたちくまの、焦ったような顔が目に入った。

その視線の先にはさつきがいる。

ぎらぎらと刺すような雰囲気とは裏腹に、どこか虚ろなさつきは、その事に気づいていないようだったが。


「……えっ?わたっ、わた……じゃなくて、ぼくがやるの? む、むりですよぅ」


突然声を上げたかと思ったら、煙のように霧散して消えていく『金』のアジールの気配。

それからすぐにぽんっ、とコミカルな音がいくつもして、それまでいなかったはずの四人が煙に巻かれて姿を現した。


一様に昏睡状態の四人の姿に焦る仁子だったが、その時のちくまの百面相ときたらそれはそれは目まぐるしいものがあった。


焦りから、一転して電池が切れたかのような無表情状態が続いたと思ったら、今度は戸惑い再び焦りだし、泣き言を漏らす。



「……」


さつきは、相変わらずの無反応。

どこか、ここではない遠くを見据えている感じで。

何が起きてるのかよく分からない仁子は、取り敢えず美里に声をかけてみる。



「美里、ちくまっちに何かあったの? それに、他のみんなは……」

「……うん。全部含めて中で話そうよ。お互いに話すことはあるだろうし、みんなをこのままにしておくのもまずいから」


そんな美里も、そのかえって落ち着いた静かな口調から、平静ではないのがよく分かって。


「そう、ね」


仁子のできることは、ただ頷くだけで……。




それぞれがつかみ所のない不安を抱えたまま。

ひどく冷たく冷えきった四人をそれぞれが背負い、すっかり無人の廃墟の様相を呈してきた、金箱病院内を歩く。


外と変わらないほどにうそ寒さを感じてしまうのは。

今が非常灯の明かりも消えてしまっている闇の中にいるせいもあるのだろう。


お互いに特に語ることのないまま、空の見える破壊尽くされたナースステーションを、地下へと続くまるで誘うように電気の通っているエレベーターのすぐ側を……扉が大きく破壊されている、かつて風間真と言う主が暮らし、後を引き継いだ形で眠りについていた稲葉歌恋の病室をなぞるように通り過ぎて。



一行が辿り着いたのは。

ついさっきまで魔球班(チーム)の面々が眠りについていたはずの病室だった。

そこを話し合いの場として選んだのは、そこがこれから向かう地下にほど近い場所であり、部屋自体も比較的無事に体裁を保っていたことと、氷ドームの封印の力によって身体が冷えきり、昏睡状態に陥っている四人を、せめて暖かい場所で寝かしつける必要性があったからだった。


どく薄暗い部屋。

非常電源による壁際の小さな明かりだけが、一同を照らしていて。



「まず、今まであったことの整理だね」


そんな中、最初に口火を切ったのは美里だった。

もう、今がどういう状況であるのか、それぞれがだいたい把握してはいたけれど。

個々にしか知らないこともあるのは確かだったからだ。



美里たちのチームで知り得たこと。

まずは、紅い異形によるものなのか……能力者同士の戦いに破れたもの、あるいはカーヴに関わったものたち失踪だろう。


美里によると敵味方関係なくすべてのものたちのベッドがもぬけの殻になっていたという。

そしてその後の、幸永との戦い。


その最中に、突然倒れたカナリとタクヤ。

それを塩崎克葉の力だと断言した敵であるはずの幸永は。

カナリやタクヤに襲いかかった凍える力を放置すればもって三日であることと、それを解くための核となるものが病院の地下にあることを話した。



「その話、信用できるのかな?」

「分からない。でも、みさととしてはこうみんの言葉は信じたいんだ。じゃなければ、かっちゃんを見つけだして倒すしかないけど……」


問いかけた仁子に、思うまま言葉を返す美里。


「……その役目は私がやるわ」


と、そこまで美里たちの会話を黙って聞いていたさつきが、そうこぼした。


「居場所知ってるの?」


美里の言葉に、静かに首を振るさつき。


「はっきりとはしないけれど、あの人は待ってるはずよ。おそらく、美里の言う核のある地下にね」


言葉とは裏腹の、断定口調。

それは一見根拠のないもののようにも見えたが。


「あ、あのですね。その人が地下にいるかどうかは分からないですけど……わ、ぼくたちが地下にいたとき、確かに感じたんです。ぼくたちがいた場所より、ずっとずっと深い場所で、強い氷の力を」


それに答えたのは、まるで初対面で緊張しているみたいなちくまだった。

自然とちくまたちのチームに起こったことに話が及ぶ。



赤い異形が変容した弥生の偽物との戦い。

その戦いにより発現するちくまの別人格。


それにより異形との戦いは勝利したが、その瞬間に突如吹きすさむ氷の風。

倒れ伏すこゆーざさんと、晶を連れて今に至る、というわけなのだが……。



「ちょっと待って? 弥生の偽物……」


敵にはそんな能力まであるのだろうかと、言いかけて仁子は思わず口をつぐむ。

偽物なんて言葉は使いたくないし、言うつもりもないけれど、弥生ではないさつきにとってみれば、あまり聞いて気分のいいものじゃないだろうからだ。


「たぶん、ちくまくんたちと地下に行った時ね。その時にあの赤いやつに触れたから、コピーをとられたのかも。実際あの時、ちくまくんを襲った赤いやつは、ちくまくんの炎の能力を跳ね返したと言うよりも、自身で使ってるように見えたから……」


なんてことを思っていたら、特に気にした様子も見せずに、さっきまでの静けさが嘘のようにそうまくしたてるさつき。

仁子にはそれに、気にしていないと言うよりも、どうでもいいとでも言いたげな自棄を感じていたが。

そう言われたちくまは、当の本人であるはずなのに初めて知ったとばかりに頷いていて。


そんなちくまを知ってか知らずか、さつきは火がついたようにさらに言葉を続けた。



「それから、さっき別人格がどうのって言っていたけど、それはどういうこと? あの小さな珠はなに?」

「え、えっと、それはですね……」


何を言ってもそこに僅かな焦りが滲むからなのか。

それを聞いたちくまはびくりと跳ね上がり、なんだか怯えているみたいに見えた。


「ああ、それはみさとが話すよ、いい?」


このままでは雰囲気が悪くなるかもしれない。

なんて仁子が思うより早く、美里が口を挟んだ。

そこには、有無を言わせない響きがある。

頷くさつきに、美里は言葉を続けた。



「うんとね、今ここにいる前の、ゴールドって子に聞いたんだけど、別人格っていうより、ちくまくんの力そのものらしいよ。ちくまくん自身がピンチになったときに代わりに行動してくれる、そんな感じのね。で、さっきの珠は、そのゴールドって子の個別の能力だったみたい。あの珠の中に異世が広がってて、氷の風にやられたタクヤたちをかくまってくれてたんだけど、今は別の子に変わっちゃったからみんなもどってきたってわけ。……あ、そうだきみにはまだ名前聞いてなかったね」

「あ、は、はい。すみません。えーと、ぼくはウインドと言います。個別能力はこの杖で、風を起こせます。それでその、氷の封印の力がぼくたちにも全く影響してないわけじゃないので、あまりぼく自身も長くいられるわけじゃないですけど……」


問いかける美里に、ウインドと名乗った別人格のちくまは窺うようにさつきを見て、頭を下げる。


「……」


二人の言葉には、ちゃんと筋が通っている。

あの状況を鑑みるに、言葉の通りなのだろう。


たとえさつきの目に、自分が来たからゴールドなる人格からウインドという人格に変わったように見えたとしても。


それは気のせいなのだと。


あの一瞬で、ゴールドという人格が。

さつきにとってよく知る人物なのだと気付いてしまったことも。

忘れるべきなのだと、つまりはそういうことなのだろう。


自身が弥生だと微塵も疑っていなかった頃なら、興味深さも手伝ってその真意を問おうとしたのかもしれない。

あの一瞬でちくまの中に潜む、ゴールドという人格の正体に気づけたことを、うれしいと思えたかもしれない。



でも今のさつきには、すべてがどうでもよくなってしまっていたから。

身に刻まれたこの屈辱を克葉に返すこと以外は何の意味もなさなくなっていたから。


ついてでた言葉は気を紛らわすための戯れにすぎなかったのだろう。


ただ、あえてそこに理由を挙げるとするならば、ファミリアであると宣言したちくまが、どうして平気な感じで立っていられるのか、知りたかっただけだなのだ。


自分はすでにこうして話しているだけでも視界が霞んできているのに、と……。



             (第213話につづく)






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る