第322話、『悪』役の悲喜交々、裏事情



「止めてぇぇっ!!」


あたしが結論に至ろうとしたその瞬間。

暴走しそうになって、蹲っていたと思われた、薄い栗色髪のおっとりしてそうな少女が、悲鳴のような声をあげる。

爆発的に高まる力を感じ、咄嗟に駆け寄る怜亜。



「は、はやくっ……」

「……っ!」


途端、僅かながら収まる彼女の暴走。

効いていえう、怜亜の能力が。


やっぱり……と思って、顔を上げれば。

地面に染み出す血が、まるで影のように、生き物のように伸び、

ある一点に向かって伸びてくるのが分かって。



「危ないっ、避けてっ!」


叫ぶのは、幸永とともに包丁のようなもので戦っていた、ブラウンソバージュの天使みたいな女の子。


血の影が伸びる先には、同じように大仰な杖を持ち、戦っていた亜麻色ショートの、この中で一番幼く見えた女の子がいる。



「……っ!」


彼女は、振り返る形で、固まって動けないでいた。

……まるで、かわしたくないみたいに。




「だらっしゃぁ!」


年の功、とは思いたくなかったけれど。

ソバージュの彼女が叫ぶより早く、怜亜と幸永は駆け出していた。


こうみんが、炎の槌で、影の血の進路を塞いで。

そのうちにと、怜亜は亜麻色ショートの少女の元へと、ダッシュする。

予定としては、そのまま抱き締めるように、かっさらって血の影が進むルートに入り込むつもりでいた。



「あぐっ!?」


実際、それはうまくいっていたし、最悪受けても自分ならばと余裕すら持っていたわけだが。



「か……あっ」


瞬間、影はぐんと伸びて。

怜亜ごと、後ろにいた女の子まで貫いた。

すぐ後ろから聞こえるは、呼吸を止められたかのような、吐息。


「レアっ!!」


血相を変えて駆け寄ってくる、幸永の姿が見える。

怜亜は、腹部の感覚が無くなり、込み上げてくるものをぐっとこらえながら。

どてっぱらに刺さったそれを、両の手で払った。


それにより、血の影が霧散するのを確認すると、

全身の力抜けへたり込みそうになる自分を叱咤しつつ、背後を伺う。



間に入って遮れば、大丈夫だって、油断していたのは事実だったが。

その行動は、全く無駄にはならなかったと思いたかった。

怜亜を貫いたぶん、後ろの子の傷は浅いはず。


裏切りか、それとも何かに取り憑かれたか操られたか。

彼女たちにとっての親しいものの皮を被った偽物か。


この一撃は、確かにあの倒れていた男の人のものだった。

亜麻色ショートの女の子と、その男の人に何があったのかは分からない。

分からないなりに、最悪の展開だけは防ぐことができた。



幸い、ここは異世の中であるから。

怜亜の傷だって大したことじゃないし、そんな慌てて血相変えて駆け寄ってくるほどじゃないと。

幸永に言いたかったのに。



そんな怜亜の無知ゆえの行動は。

その日から、カーヴ能力者たちを取り巻く環境を一変させる一手となった。



どくん、と。

怜亜と後ろの彼女の血が混じり合い。

触れた部分が、心臓にでもなったみたいに、大きく鳴動する。




「……なっ!?」


振り向くヒマもあらばこそ。

続くのは、墓の上を歩かれた、なんて表現するもおこがましい、原始の恐怖が怜亜を襲う。


ほとんど物理的な圧力を持つそれは。

黒い色をしていた。

あまりに熱すぎて、逆に凍えるような悪寒を孕んでいる。


怜亜は、後ろを振り返るのを止めたかった。

でも、それから逃げ出したいと思った時には既に遅すぎて。




瞬間。

異世が……異世と現実の断絶された境界すら超えて浸食する、滅亡の闇。




「黒い太陽……」


そう呟いたのは誰だったのか。

怜亜かもしれないし、後ろの彼女かもしれない。


お互いが挟むように、突如として生まれたそれ。

どくんどくんと脈打って、至る所から漆黒のプロミネンスを吐き出し、震えながら成長しようとしている。




「レア、離れろーっ!」


叫び、更に駆け寄ってこようとする幸永。

でも、怜亜にはもう、その言葉は意味をなさなかった。


目の前のそれは。

例えるなら、限界の限界まで引き伸ばしたゴムだ。

あるいは、エネルギーを溜めに溜め、今まさに大地震を引き起こそうとしているプレート。


ここまで引き絞ったのは、怜亜ではない。

それはおそらく、目の前の彼女自身でもなく。

彼女は必死に我慢しながら、そのゴムを手に持っていただけで。


怜亜は、そんな彼女の手を離してしまったのだろう。

黒い視界越しに見えるのは、何かに開放されたかのような……

むしろ安堵した風の、彼女の本音で。



……きっと、その時怜亜は。

つられるように笑っていたのだろう。

どこまでも、自己中心的で、独善的な笑顔を浮かべていたのだ。




それこそが、怜亜の二十年足らずの短い人生で見た、最期の景色。


もちろんその時は。

おまけがついてくるなんて、これっぽっちも思ってなかったわけだが……。





          ※      ※      ※




おまけの人生。

それは後に、『とりとまの魔王』と呼ばれる存在の。

言うなればいちファミリアとして生きることだった。


そう言う言い方をすればスマートだが。

ぶっちゃけて言えば、黒い太陽にのまれ、殺されて死兵……アンデットとして、

言われたことをはいはい聞かなくちゃいけない羽目になった、って所だろうか。

ちなみに、こうみんこと幸永も一緒で。




ただ、あの場にいたほかの子たちの所在はよく分からなかった。

あの時、幸永も怜亜しか気にしてなかったようで。


でもそれも、仕方ないと言えば仕方なかったのだろう。


そもそもその瞬間、あの場所……異世にいた半数以上のカーヴ能力者たちは。

黒い太陽に焼かれて、現実も異世も関係なく、『消えてしまった』のだから。



大量殺人(えいゆう)なんて目じゃない、極悪人の中の極悪人。

だけど死人で償うこともできない半端もの。

心は擦り切れ、世界に絶望し、生意気にも早く楽にして欲しいと願っている。


そんなネガティブキャンペーン真っ最中で。

その様はまさに生ける屍のようであった……



なんてことになっていれば。

怜亜はまだまともでいられたのだろうけれど。




そんな暗い話なんていらねーよ、とばかりに。

今日も今日とて、怜亜は同期ゾンビこうみんとともに。


『パーム』と呼ばれる『パーフェクト・クライム』を支え、その願いを叶え……

強いては世界を救う、そんな団体のアジトへと呼び出されていた。




そこはかつて、『位偽』の本社があった場所。

黒い太陽の爆心地の……人の誰も寄り付かない地下深く。


それまで、様々な下準備と言うか、地下活動を続けてきた怜亜たちが、ついに表舞台に姿を現すその瞬間。


――これで、久しぶりのダーリンに会いにゆける。

怜亜は、そんな独りよがりなことを考えつつも。


表立って活動する『パーム』の幹部、『六聖人』なんて恥ずかしげもなく呼ばれている、自分以外の五人を眺めてみた。



まず一人目、言わずもがなのこうみんこと仲村幸永。

怜亜のとばっちりを受けてゾンビ生活をする羽目になった、一見すると悲劇の女の子。

現在金髪ポニー。黒い瞳にの中には燃える炎。

儚いお人形さんみたいな風体だけど、その性格はオレ様気質のバトルジャンキー。


巻き込んでごめんなんて言えば、逆に怒られるくらいで。

これで、正義の味方な強い強い能力者と戦いまくれるぜって、ご機嫌な女の子だ。



二人目は、これからの作戦において裏方兼、怜亜の相棒でもある、『おっさん』こと東寺尾柳一(ひがしてらお・りゅういち)。

バンドで言うなら、ギターとかやってそうな、裏方雑用的なお人よしで。

紅い万能粘土で大活躍な、『パーム』の屋台骨的存在である。



三人目は、辰野稔(たつの・じん)。

こちらは典型的なドレッドヘアーのDQN(ドキュン)ポジの人で。

ヤツは六聖人最弱よ! なんて言われそうなモブなので割愛してしまいそうな、とにかく派手に散る役目を負った、ちょっぴり同情する部分はなくもない人物で。



四人目は、梨顔(なしお)トラン。

こちらもよくいそうな、ガタイのいいスキンヘッドの悪役的たち位置の人物ではあるが。


その出自は、悲惨といえば悲惨なのだろう。

彼は言うならば、フレッシュゴーレムなのだ。

今は『おっさん』がつくった肉襦袢を常に身に纏っているが。


あの、黒い太陽の力で重体となり、死ねなかった(能力が関係しているらしい)らしく、それはそれはひどい有様だったそうで。

実際は男じゃなく、女の子だったというウワサもあったりするのは。

その見た目とギャップのある、喋り方のせいもあるのだろう。



そして五人目が、オロチ。

正体不明、年齢不詳、存在薄弱の根暗っぽい少年。

『パーム』の本当のリーダーである、『クリムゾン・バタフライ』が、表向きな活動に忙しいとのことで、実質この場を取り仕切ってる人物でもある。


以上、怜亜を含めて六人が作戦の要だ。

まぁ、他にもパームのメンバーは何人かいるわけだが。



そんな怜亜たちは。


これから各々に別れて、『パーフェクト・クライム』をやっつけようとしている、つまるところ正義の味方である、『喜望』の派閥へ、ちょっかいをかける手筈になっていて……。



           (第323話につづく)








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