第321話、希少高い妄想少女と、典型的紋切り型ヒロインの始まりの因縁



致命的なズレに気づくことのなかった怜亜と王神は。

無事に学校を卒業し、当たり前のように同じ職場についた。


音楽関係の仕事。

……と言っても、王神にとってのメインは、カーヴ能力者としての日々で。

怜亜は同じ派閥の補給隊員……ある音楽会社の受付の一人、だったわけだが。




そんな二人のずっと一緒な関係は。

しかしあっさりと終わりが訪れることとなる。



それは、黒い太陽が落ちた日。

カーヴ能力者派閥同士の、大きな大きな戦いがあった日。


何がきっかけで始まったのかも知らなかった怜亜は。

元『位偽』派閥の副長である、『コーデリア』のテルの元、前線に出る王神たちの元へと、色々な物資を運ぶ、補給隊の一人として働いていた。



食料や、副長が能力で作り出した武器防具などを運ぶ任務。

その補給隊は、主に戦いに使える能力を持たない能力者たちで作られた部隊で。

足の早い人、一度に多くのものを運べる人など、そのための有用な力を持つ人たちが多い中。

怜亜は部隊が、他派閥のフィールド、あるいは『異世』に侵入する際の護衛としてついていた。


と言っても、怜亜は未だ能力の名前も分からなくて。

自分の能力の本質を掴めず、護衛どころかまともに戦う手段すらなかった。


しかし怜亜が他の能力者のフィールドに入ると、効果が弱まったり、通常の効果を及ぼさなかったりすることに気づいてからは何かと重宝されていて。

 


結果、王神と一緒に行動できる機会も増えるようになって。

怜亜はどこか、調子に乗っていた部分もあったのだろう。


名も知らず由来も知らず、及ぼす効果の真も知らずにいることが、どんなに怖いものなのか。

少しも注意する考えに至れなかったのだから。





今までにないくらいの、カーヴ能力者、派閥同士の戦い。

負ければその才能を奪われ、失ってしまう。


でも、命まで取られることはない。

元々が、カーヴ能力者たちの言うところの、才能を持ち合わせているなんて全く思っていなかった怜亜は。

その戦いをどこか……他人事とまではいかなくとも、しっかりとしたルールに則った、ゲームのようなものだという認識でいた。


戦略シミュレーションとか、サバイバルゲームとか、

それらと大して変わらない感覚で。




その日も、大きな戦いだってことに、それほど緊張することもなく。

同じ派閥の補給部隊の一人として、王神のように前線で戦う人たちのためのサポートに徹していた。


あらかじめ決められている慣例だったのか、夜の方が能力の発動がしやすかったのか。

大体はゴールデンタイムが終わってから、日付が変わるくらいまで続く、その戦い。


もう始まってから一週間間くらい経つそれに、いい加減辟易しつつも慣れてきていた怜亜たち『位偽』の補給隊は。


最後だろうと思われる補給を終え、広大な異世の中、本部として割り当てられた地点への帰還を開始していた。



この後王神との、ちょっと遅めのディナーを約束したいた怜亜は、いつもより早足だっただろう。


王神は勿論として、自身の身に降りかかるかもしれない危険のことなんて、

これっぽっちも考えてはいなかったわけだけど。



タイミングがいいのか悪いのか。

灰色のブロック煉瓦の壁に囲まれた狭い道、その十字路にさしかかったところで。


補給部隊のメンバーの一人、この仕事を通して友達になった、『こうみん』こと仲村幸永(なかむら・こうみ)が。

ブロンド赤眼の、人形のようなな見た目に全くそぐわないのを通り越して、ギャップ萌えすらある蓮っ葉な口調で声をあげたことで、その足を止めることとなる。




「戦いの気配だ……結構強者みたいだぜ」


何かが見えて、警戒している子猫みたいな呟き。


「ちょ、ちょっとこうみん、まさかまた出歯亀?」

「見学だよ見学。ちょっとだけだからさ、みんな先に戻っていいぞ」


また彼女の我が儘かと、そわそわしだす補給隊の面子もなんのその。

引き止める暇もあらばこそ、まさにまっしぐらな様子で駈け出していってしまう。



「もう! 待ってよ!」


本人はそんな意識ゼロなのだが。

幸永はいいとこのお嬢様なのだ。

ほったらかしにしたなんて知れたら、なんて言われるか。

……怜亜は、とにかくそんな浅い理由で、彼女を追いかける。

ごくろうさま、なんて他人事みたいな他のメンバーに、苦笑を残しながら。




しばらくは、どこにでもあるような、灰色煉瓦の狭い住宅街の道であったが。


すぐに変わる、その場の空気。

ブワッと全身の毛が逆立つ。


いやな空気だった。

きっと、この異世を作り出している人の性格が滲み出ているのだろう。

それだけで、すぐさま回れ右したかった怜亜だったけれど。

こうみんは、逆に嬉々とした様子でギアを上げていた。


怜亜と違って、実は結構実力があるくせに補給部隊に甘んじていたのは。

こうやって自由に動いて、自由に横槍を入れられるから、というのが本人の弁である。


今となっては、もっとちゃんと叱るなりなんなりしておけばよかったと、後悔してもしきれなかった。

……補給部隊だって、言うほど自由じゃないんだからね、って。

まぁ、お互い死した身としては、何言ったって後の祭りであるのだが。





「へっ。随分とご機嫌じゃねぇか、おい」


ふいに道が開けて。

言葉とは裏腹に、いやなものを吐き出すかのような幸永の呟き。


一緒になって顔を向ければ、そこにはむっとむせ返るような気配。

無数に蠢く、赤茶色の肉の塊。


そこにいたのは。

オーク、なんてファンタジーなどで呼ばれる類のファミリアだった。

大きさも見た目の醜悪さの種類も、実に様々で。


元は、子供の遊び場に使われそうな、公園だったのだろう。

その場所を埋め尽くすほどの数。

五十はいるだろうか。


ひしめく肉の群れは、夢に出そうで。

まさしく、その醜悪な宴のいけにえにでもされたみたいに。


その中心には五人ほどの少女と。

血溜まりに倒れ伏す、男の人がいる。


みんながみんな、デビューしたてか、デビュー前の若い少女たち。

男の人は、マネージャーだろうか。

プロデューサーだろうか。

怜亜たちと同じ補給部隊だとすると、引率役を担っていたのかもしれない。


どちらにしろ柱を折られ、パニック状態なのだろう。

必死に奮戦している子がいる中、泣き縋って暴走しかけている子もいて。




「カスどもがぁーっ!!」


瞬間、鬨の声をあげ、炎の弾丸を……バスケットボールほどのそれを打ち出したのはこうみんだった。


それは、オークの群れの中で炸裂し、熱と爆風を撒き散らす。

ブヒブヒと、そのものな悲鳴の中、そのまま突っ込んで炎の剣やら矛やらで、無双を開始する幸永。


逃げ惑うオークたちに、形勢逆転を感じつつも。

怜亜は怪我人の元へと駆け寄った。




「くっ。何故だ! 傷口が塞がらないっ!」

「歌もきかないよぅ! なんで!?」



黒髪ボブのクールで賢そうな女の子と、ひまわり色の髪の、こうみんに似た赤眼のやんちゃそうな女の子。


二人だけでなくここにいる全員が、後に二つ名を持って生きていくことになるなんて知る由もなかったわけだが。


ボブの子は医療の知識があるのか、止血を含め、血塗れになるもうまくいかないようで。


ひまわり色の髪の子は、ボーカリスト……希少な歌唱系の能力者なのか、癒しの歌を行使し続けているのにも関わらず、その効果はないようだった。



「ごめん! ちょっと看させて!」


突然の乱入者に、驚く二人。

それでも怜亜の意図を汲み取ってくれたのだろう。

血溜まりに伏す男の人……なまっ白い優男風の彼のその傷口。

お腹の部分にそっと触れる。


この傷が、カーヴ能力によって……あるいは異世内でつけられた傷ならば。

怜亜の正体不明の能力も役に立つだろう。


普段は、いるだけでフィールドカーヴなどの効力を弱めるその力。

直接触れれば、能力によって与えられた効果を弱めることができる。


密かに、仲間内では……と言ってもこうみんだけだが、『青空の王』に並ぶ力、なんて言われてたりしていて。

実際、その血を止めることくらいなら、疑っていなかったわけだが。



「……嘘? 止まらない!? どうしてっ?」


思わず叫ぶあたしをお構いなしに、ドクドクと血は地面を濡らす。

大地に染みて、広がってゆく。


それとともに、だんだんと冷たくなっていく体温。

怜亜はそれでも手を添えたまま、必死で止まらない意味を考える。



直接、能力なしに刺された?

いや、それはありえない。

今いる場所が、異世である時点で。

ならば一体、どういうことなのかと、再び傷口を注視して。

直接患部に触れているのにも関わらず、血で手が濡れていないことに気づいた。


それはつまり……。



            (第322話につづく)






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