第323話、あなたの思い通りにはならないと、思い知らせてあげる


「さて、作戦の詰めの資料は行き渡ったかな。……まぁ、これは念のためだし、気楽に行こう。何か困ったことがあったら、柳一君の『紅』を通じて連絡してもらえばいい」


悪の秘密結社にしては、随分とノリが軽かった。

何故ならば、皆が皆、悪者だという認識が、あるようでないからだ。

怜亜だって、罪悪感はあるからこそ、せめてもの罪滅ぼしのためにと、動くつもりでいて。



「まぁ、任せてもらおうか。……連絡なんてしないに越したことはないがな」

「やってやんよぅ。派手にかますぜ」

「同意デス。一世一代の舞台デスからね」

「頼もしいわねぇ。ワタシも頑張らなくっちゃぁ」



三者三様ならぬ、四人の個性に溢れた返しの言葉。

仲は悪くないのだろう。

いいかって言われたら、首を傾げたいところだが。

目的は一緒だから、一つになれるのかもしれない。



目的。それは何のひねりもなく、団体名の通りだ。

『パーフェクト・クライム』には、願いがある。


それは、世界を闇に染めることなんかじゃない。

世界を光で照らすことなんかじゃない。

もっともっと人間くさい、誰だって思うような、単純で真摯な願いだ。



大好きな人と一緒にいたい。

大好きな人に嫌われたくない。

大好きな人と幸せを共有する……そんなゼイタクがしたい。


とりとまの魔王として生まれた瞬間に、それがどれだけ難しいことなのかってよく分かっている。

一人じゃ無理かもしれないって、よくよく分かっている。


だから怜亜たちがいる。

そんな人らしい存在だからこそ、怜亜たちはただ操られ、時にはヤンデレっぽいヒステリーな励まし? の言葉を受けつつ、従ったフリをして。

本当の所は自分の意志で、力になってあげたいと思っている。


それは口にしなくても、程度は違っても、ここにいる皆、同じ気持ちで。





「あたしはとにかくっ、ダーリンに会ってラヴラヴするわ! 誰にも邪魔はさせないっ!」


だからこそ、怜亜はそう叫ぶ。

本当はもう無理だって、分かっていたから。

それでも同じ想いの魔王に、自身の分まで夢を叶えて欲しいと、そう思ったから。



「レア、そこは空気読めよ~。締めの言葉なんだからさぁ」


まぁ、らしいと言えばらしいけどな。

こうみんこと幸永は、怜亜の心の内まで理解した上で、そう言って苦笑を浮かべる。


その場にあるのは、なんとも言えない脱力した空気。

傍から見れば、きっと分からなかっただろう。


……その瞬間が。

おまけの……みんなとの本当の意味で最後の邂逅だったなんてことは。





        ※      ※      ※




そうして。

死して尚表舞台に立った怜亜は、王神と再会する。


舞台は、信更安庭学園。

目的は、大まか言えば人材の確保だった。


とりとまの魔王の願いを知っている人。

知っていて力を貸してくれる人。

邪魔になるなら当然排除する。

最も、邪魔してくるのは大抵その願いを知らない人たちだったが。



怜亜が最初に目をつけたのは、信更安庭学園の長である、『ママ』だった。

出会った当初は、役の一環で、オロチから渡された武器(何でも『コーデリア』のテルが、能力で創り、あまりにも危険なため封印した一品らしい)、ゴリィ(血塗られし)ベースを持っていたこともあり、流されて戦う羽目になったりしたが。



『ママ』は、怜亜たちの願いを知っていてくれた。

そこで初めて、怜亜たちには、意外と助けてくれる人たちがいた事に。

そもそも敵味方なんてものは曖昧だってことを思い知らされたわけだが。



怜亜は知らなかった。

ぶつかりあって、親身になって接してくれた『ママ』が。

使命と家族の合間で、ずっと苦しんでいたことを。


その事を知っていれば、助けられたのだろうか。

……それは今でも、答えは出ていなかったが。



まさしく家族を想い、使命のためにと、自ら命を絶った『ママ』。

今まで多くの命を奪っておいてって思われるかもしれないが。

だけど、その身近な一つの命は、既に壊れたはずの怜亜の心を、容易に軋ませる。

世の理不尽を呪いたくなる。


託されたものが無かったら。

きっと怜亜は、自分を保ってなどいられなかったかもしれない。



また一つ、重なり、託される願い。

いずれ怜亜もその一つとなって、願いを叶えるための礎となる。


その覚悟は、とうにしていたはずだし、王神とだって、せめて一度だけでも会えればしあわせだって、自分に言い聞かせて、納得させていたはずだったのに。



そんな王神とのさいごの邂逅が。

全てを台無しにするみたいに、怜亜を変えようとしていた。




それは、『ママ』に願いを託されたその場所。

最後の介錯で、全身血塗れになっていた怜亜。


元々大きな瞳をより大きくさせ、唖然とする王神。


なんと言うタイミングの悪さだろう。

でもそれは逆に、ちょうど良かったのかもしれなかった。


元より血みどろな、おまけの自分。

こんなろくでなしなら、ほんの僅かな未練だって、感じずにすむだろう。


怜亜は、『ママ』の死を利用する形で、王神に最後の告白をする。

始めた出会った時からの、掛け値ない『好き』をぶつけたのだ。

もう後が無いくせに矛盾してるって、分かっていながら。



……そんな風に、自分本位で考えていたから。

きっと怜亜は、気付けなかったのかもしれない。

それが、どんな結果を生むか、なんて。




それは、怜亜のその気持ちがどんな風に伝わって、それに対してダーリンがどう思っているのか、聞こうとしなかったことにも原因はあったのだろう。

返ってきた王神のその言葉は、よくも悪くも想像していたものとは、全く違っていた。



―――君が俺のことを想う気持ちは、君の本当の気持ちじゃない。俺が作り出した偽物の気持ちなんだよ。


―――本当にすまない。全ての責任は俺がとるから……。



それはまるで。

怜亜がこうして今、ここにいることそのすべてが、自分のせいだとも言いたげな台詞。


字面だけだと、一見悪くないように見えるそれは。

怜亜を久しく感じていなかった怒りで熱くさせる。



―――言うに事欠いてこの気持ちが、つくられた偽物ですって?


―――この好きの感情が、無理矢理植えつけられた偽物ですって?



いくら王神でも、言っていいことと悪いことがある。

怜亜は、役目も何もすっとんで、それに反論しようとした。

だけどそう言う王神の相貌は、どこまでも頑なで。

現実に想われていたことを信じようとしない。


終いには、縁でも切るみたいに、怜亜と桜花見を繋いでいたナニカを断ち切るような仕草をして。


もう大丈夫だと、呪縛から逃れられたのだと。

むしろ開放されたかのような、達観した様子の王神。


……許せなかった。

でもそれより、あまりに自分に自信のない、初めて知った王神の一面に、愕然とする怜亜がいて。



すぐに生まれるは、新たな使命感。


信じられないなら、信じさせてあげると。

この世でたったひとりの人を想う希少(レア)な自分を。


その想いが、一体どれほど強いかってことを……。



           (第324話につづく)






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