第324話、じっくり考えてみて、私がこんなメロディを口ずさむのは



そんな風に、勢い込んで。

一度引き離されてしまった王神を捜し求めるうちに。


巨大な生けるダンジョンへ取り込まれて。

新しい友達ができて。


さぁこれから、と思った時だった。

育んだ絆を引き裂くみたいに、それぞれがバラバラに飛ばされてしまったのは。





(宣言もなしに、これだもの……)


それでも何とか赤色の地面に怪我もせず降り立って。

辺りを見回せば、そこには仲間の一人もいなかった。


あの飛ばされた瞬間、誰かにしがみついたつもりだったのに。

手にあるのは抜け殻……ではなく、天使のまゆには全く持って似合わないリュックのみで。



ダンジョンなどによくある典型的な罠だが。

こっちの事情なんてお構いなしの傍若無人さに、『ママ』もよくこんな人と結婚したものよねぇ、なんて自分勝手に怜亜が考えていると。



ついさっき通ったような気がしなくもない、ピンク色の洞窟みたいな通路の、上から伸びる鍾乳洞の出っ張りの影に隠れながらもふわふわ浮かぶ、何かを発見する。




「紅いダルルロボ?」


見た目は、法久のファミリアのような体だが。

その肉感ある紅さは、どうにも『おっさん』の能力でできた『紅』を思わせる。


敵にしろ味方にしろ、どうするべきかと考え込んでいると。

名前を呼ばれたとでも思ったのか、紅いダルルロボはユラユラと怜亜の元へと降りてきて。


 

「……っ」


条件反射でびくっとなること請け合いの、頭の回転と、べっこり込む後頭部。

 

「もうっ、脅かさないでよっ」


思わずそう愚痴ると、それが聞こえているのかいないのか。

へこんだ部分に、ノートパソコンの画面みたいなものが現れて。

ぶぅんと電源が入ったかと思うと、何やら横書きのメッセージが表示された。




《   最終ステージは個人戦です。

【横隔膜】のフロアより上にある、『魂の宝珠』を【心臓の間】まで持ってきてください。

『魂の宝珠』があるのは、【脊髄の間】、【右耳】、【右手】、【左耳】、【左手】の五ヶ所です。

【心臓の間】には、三つの宝珠を掲げる杯があります。

つまり、五つある『魂の宝珠』のうち、三つを持って【心臓の間】へ辿り着ければゴールとなります。

その先には、あなたの望むもの……『異世界への扉』があることでしょう。

あなたの目指す道は、【左足】です。


魂の宝珠を獲得するために。

魂の宝珠の前には五つのルートごと様々な『試練』や、プレイヤー達を妨害する『敵』立ち塞がります。

【左足】にあるのは『等換の試練』です。        》




 

「……」


等換の試練。

『魂の宝珠』。

それを守る敵。

一見すると、安易な展開のそれ。

しかし、五つある宝珠のうち、三つ得ることができればクリアできるという点に、ミソがある気がした。


このゲームには逃げ道がある。

怜亜が駄目でも、他の娘たちがなんとかしてくれる。

なんて思ってしまった時点で、負けなのだろう。

むしろ、自分がやらなければといった気概を持つべきだ。



怜亜はそう決意し、ほぼ一方通行な赤茶色の洞窟を進んでゆく。

それに従うようについてくる、紅いダルルロボのことは、気にならなかった。

どうせ監視役でも任されているんだろう、なんて思ってはいたけれど。






「……ダーリン」


そうして、怜亜は王神との、再度の再開を果たす。

そこは、丸く膨らんだ行き止まりの袋小路。


声届く距離で名前を呼んだのにも拘らず、王神からの返事はない。

何故なら王神は、囚われていたからだ。


薄い桃色の、弾力性のありそうな液体。

それは、地面と天井に繋がる、ガラス状の繭のようなものの中を一杯に満たしていて。


その中に浮かぶ王神。

瞳を閉じたまま、無数の触手に雁字搦めにされていた。

どくどく脈動するそれは、確実に王神から何かを奪い、吸い続けている。



「……」


怜亜の愛を、想いを信じてくれなかった、わからずやの王神。

悪役な怜亜を責めることも憎むこともなく、まるで自分のせいだと言いたげに謝っていた王神。

言うに事欠いて、怜亜が大好きだと思う感情まで、自分のせいだと言う始末。


いや、言いようによってはその通りなわけだが。

でもそれは、怜亜の、怜亜だけの意思だ。

それだけは譲れない。

故意に作られたものだなんてことは、ありえない。


何故ならば。

王神がずっとそうだと思い込んでいた『糸』が切れたって、怜亜は怜亜のままでいられたのだから。


故に怜亜は叫ぶ。声の限りに。

今度会ったらと、決めていたその一言を。




「このっ……勘違いやろーっ!! 」


―――自意識過剰なのよっ! 主にマイナス面でっ!


―――そんなところも大好きだけどっ!



伴奏は、手に持ったベースのひとかき。

ピンチだったまゆを起きぬけに助けた時と同じ、フルスロットルで。

血塗られしベースの能力を発動させる。


本来なら、この一撃だけで、あんなガラスなんて跡形もなく吹き飛んだことだろう。

しかし、このベースの力は、怜亜の名も無い能力によって抑えられている。

それに気づいたのも今更であったが。


その抑えられ加減は、自分で自分を褒めたいくらい絶妙で。

うまく、王神を拘束している繭のようなものの、天井に繋がっている部分だけをぶち抜く。


割れるガラスの音。

溢れ出す、粘着性のある色水。

そのまま重力に従って、水の流れに従って、ぐらりと倒れてくる王神。


次の瞬間、怜亜は駆け出していた。

そんな王神を受け止めるために。



「うぎぃっ! お、おもいぃっ。きゃあっ!?」


しかし、怜亜は失念していた。

着痩せする王神が、脱いだらムキムキで、怜亜の倍近くの体重だってことを。

ガラスの礫は降ってくるし、何だかよく分からない液体でぬとぬとだし、そのまま受け止めきれずにのしかかられたみたいになってしまって。


まったくもってしまらないなぁ、と。

結果的に、抱きしめられるかのごとき状況になったのは、役得かもしれないけれど。

どうせなら、意識のある時に、王神の意思でそうしてもらいたかったと。



……なんて、思考が脱線しかけた時だった。

そんな怜亜を引き戻すかのように、辺りのロケーションにはあまり似つかわしくないエマージェンシーサインが鳴り響いたのは。




「……うん。やっぱりそうなるよね」


怜亜は、ひーこら言いながら王神を赤黒い洞窟の壁際に横たえると。

すぐさま警告音の元へと近寄っていく。


それは、ガラス繭、その支柱部分から発せられていた。

何やら機械っぽいボタンあって、その中央にくぼみ。

中に炎を宿したかのような水晶がはまっている。


中の炎は、まだ小さい。

これこそが『魂の宝珠』なのだろう。


これを完全なものにするためには。

王神がそうであったように、円形の台座の上に、代価となるものを置く必要があるはずで。


……つまりは、これが試練。

自分の大切な人を取るか、仲間たちの意思を汲んで、宝珠を取るか。

なんともいやらしい、選択できない二つの選択肢。



更に、ここで五つのうち三つあればいいと言うミソが生きてくる。

普通なら、みんなごめんねって、大切な人を選んでしまう場面だろう。

他の娘たちも、同じような試練に遭っているとは限らないが、きっと似たり寄ったりなもののはずだ。



「まぁ……こんな感じになるとは思ってたけどね」


怜亜は、くすりと再度笑みをもらして。

王神を台座から除けたことで、どんどん強くなっていく、禍々しい何者かの気配……おそらく、ここのガーディアンであり敵だろう……を脇目に、まゆのリュックを勝手に漁りだす。



銀紙つきのおにぎりに水筒。

各種色々な調味料に、マッチ。

手ぬぐいタオルに、裁縫道具。

化粧品の類はなかったけど、思ってた以上の乙女っぷり。


料理が趣味なのは知っていたが、どうにも違和感は拭えなかったりした。

真澄とか塁とか、男の子っぽい感じの娘は多かったが。

中身が一番男くさいのは、実はまゆなのよねぇ、なんて思っていたから余計に。




「……あった! さすがまゆね、抜け目ないわ~」


そんな事を考えつつ、取り出したのは、紙とペン。

怜亜は、もうそこまで来てそうな敵の気配に焦りつつも、すらすらと文字を書き連ねてゆく。


書くことは、託すことは決まっていた。

結構な文章量になりつつも、何とか書き終えると、折りたたんでペンに挟み、『ママ』に託された【カギ】をリュックに入れ、そのリュックごと、王神の傍にそれを置いて。




「さてっと。……この上に乗ればいいのかな?」


一度だけ、結構かわいい王神の寝顔を眺めた後。

誰に確認するでもなくそう呟いて台座の上へと飛び乗る。


しかし、サイレンは鳴り止まない。

これだけじゃ駄目かと、立位体前屈の要領で、宝珠の周りにあるボタンを片っ端から押し込んでゆく。


その様はスマートじゃないと言うか、美しくはなかったが。

そのうちの一つに当たりがあったのか、不意に止むサイレン。

しずしずと引っ込んでゆく、敵の気配。



「ビンゴ! ……って、わわっ」


よっしゃうまくいったと思ったのも束の間。

足下から伸びてくる、触手としか言えないものに拘束されて、ちょっとびびる怜亜。


だけど、そんな怜亜の躊躇いなどお構いなしに、再生してせり上がってくるガラスの繭。

それは、あれよあれよと言う間に天井まで達して。



「ひゃっ。ちべた……くない?」


どこからともなく満たされる、薄桃色の水。

あっと言う間に視界を染めるも、何故か息苦しくはなくて。



「……っ!」


その代わりに、この身に起こったのは、強烈な脱力感と眠気だった。

抵抗する暇もなく、瞼が落ち、視界を塞ごうとしてくる。



(まぁ……これで後は、野となれ山となれ、ね……)


後はお任せします。

とばかりに、最後に見つめるのは王神の寝姿。

 


この一見すると選べない理不尽な二つの選択肢。

正解はそう、選ばなければいいのだ。


選ぶのは三つ目。

自分がいけにえに取って代わってしまえばいい。


実にシンプル。単純明快。

ここ最近……この異世に来てからは、魔王のヤンデレ発言がすっかり止んで、気にはなっていたが。


元々この命は、あってないようなもの。

だったら、王神には余計な期待を持たせることもないだろう。


どうせ悪役なら、そのままで。

王神の勘違いは、思えば渡りに船だったのだ。



(ありがとう、ダーリン。後は頼むね……)


その後に続くはずの、愛してるは届かない。

怜亜の視界は、完全に闇に閉ざされたから。



……でも。もしかしたら。

最初からそれは届くものじゃなかったのかもしれない。

それを思い知らされるのがいやだったから。


怜亜は眠りにつく。

もう、いやな思いしなくてのいいようにって。


少しだけ願いながら……。



           (第325話につづく)







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