第325話、ファミリアに好かれがちのおっさんは勘違いに気づく



哲を捜し求め、敵か味方かも分からない広大な異世に入り込んで。

仲間たちと分散させられて。

能力を逆手に取られ、意識を奪われたはずの王神。


もう二度と目覚める事叶わずあの世生きか。

今までの全てを忘れ廃人となるか。


そのいずれかだと思っていた王神を嘲笑うかのように。

王神が自身を保ったままの目覚めは、唐突に訪れる。



「……ぐっ。こ、ここは」


性懲りもなく能力を使い操ろうとして、それを返されたからなのか。

脳の神経が焼かれたかのように、ズキズキと痛む頭。


自分のしでかしたことは、倍になって返ってくる。

王神はその事を身に沁みながら、それでもなんとか起き上がって。


まず視界に……感触があったのは。

見慣れない、小さな緑色のリュック。

その上に置かれた、ペンつきの紙。


何だろうと手を伸ばそうとして、頭上に漂う何者かの気配にはっとなって。

立ち上がりざま、それと間合いを取る。


随分と重い自身の身体に、ベトベトした何かで濡れそぼった服。

全く無事というわけにはいかなかったかと一人ごちつつ、王神は気配へ向けて顔を上げて。



「……怜亜!?」


赤に近いピンク色の水槽……その中に閉じ込められ、捕えられている怜亜の姿を目にし、絶句する。


一体、どれくらいの時間、意識を失っていたのか。

状況を全く理解できない王神は、それでも彼女に近付こうと、一歩踏み出す。


すると、それを待っていたかのように、先程感じた気配の正体……赤色の、恐らく『紅』の一種なのだろう、法久のファミリアに酷似したそれが、旋回しながら近付いてくる。


再度警戒するも、それから敵意は感じられない。

ならば、一旦それは捨て置き、更に怜亜に近付く。




「……捕まっているのか?」



ないはずの再開を果たしたあの時。

血の海に浸かりながら、言い訳しなかった彼女。


信更安庭の理事長を手にかけたこと。

全く後悔をしていないように見えた、意思ある瞳。

王神に捕えられ、捻じ曲げられたことにより生まれた、彼女の王神への気持ち。


つくりもののはずなのに、本物だったらよかったのにと、思ってしまう王神がいる。


だが、王神の気を引くためにと、目前の結果を称した彼女。

そこまで追い詰めてしまったのは確かだから。


王神には責任があった。

自らの呪縛から逃れられた、彼女に対する、すべてを受け入れるその責任が。



 

「ふむ……このいずれかが、彼女を解放するものだといいのだが」


捕えられ、たゆたう彼女のその下。

円形の台座には、炎秘めた宝石や、いくつかのボタンが備え付けられている。


しかし、捕えておきながら、それを簡単に解放できるようなものを、おいそれと用意するだろうか。

事は慎重に考えなくてはいけない。


などと考え込んでいると、それまでふらふら宙を舞っていた『紅』が、自分に注目しろ、とばかりに肩口で静止する。


流されるままにそちらに目をやると。

紅は浮いたまま背中を向け、その後頭部を開き、パネルのようなものを呼び出す。


警戒を少し上げたまま見据えていると。



《 最終ステージは個人戦です。

【横隔膜】のフロアより上にある、『魂の宝珠』を【心臓の間】まで持ってきてください。

『魂の宝珠』があるのは、【脊髄の間】、【右耳】、【右手】、【左耳】、【左手】の五ヶ所です。

【心臓の間】には、三つの宝珠を掲げる杯があります。

つまり、五つある『魂の宝珠』のうち、三つを持って【心臓の間】へ辿り着ければゴールとなります。

その先には、あなたの望むもの……『異世界への扉』があることでしょう。

あなたの目指す道は、【左足】です。


魂の宝珠を獲得するために。

魂の宝珠の前には五つのルートごと様々な『試練』や、プレイヤー達を妨害する『敵』立ち塞がります。

【左足】にあるのは『等換の試練』です。    》



書き出されたのは、そんな一文。

目覚めたばかりで、状況の掴めない王神には、詳細と現状をすぐさま理解すると言うのは、少々無理があった。

しかし、少なくとも、怜亜の命が天秤にかけられていることだけは理解して。



「……そうだ、あの紙」


事情を知らないからこそ、当然怜亜を助けるといった一手を躊躇った王神は。

そんなろくでもない自分を誤魔化すみたいに、目覚めの場所へと舞い戻る。


そして、ペンに挟まれた紙を開き、目を通した。





《  大好きなダーリンへ。

   いきなりずうずうしくて、ごめんなさい。

   だけど、こういう性格なの。許してね?

   許してくれるついでに、一緒に置いてあった荷物を、

   持ち主に返してあげてほしいのです。

   ここの家の天使ちゃんのだから、すぐに分かると思います。

   後、台座にとっついてる綺麗な宝珠の炎が、

   これ以上おっきくならないよってくらい大きくなったら、

   荷物と一緒に天使ちゃんに渡してあげてください。

    

   P.S

   ご察しの通り、ここにいるあたしは死んじゃってなお、

   あくの手先に操られてたお化けちゃんです。

   そのうち消えるから、あんまり気にしないでね。

   もう会えないと思っていたのに、会えて嬉しかったよ。

             ……あなたのレアより      》




 

 

「……」

 

王神は、三回ほど目を通した後、二つ折りにしてペンとともにそれを懐に仕舞い込む。

そして、堪え切れずに苦笑を浮かべた。



「……くく。ツメが甘かったな」


ちゃっかりしているように見えて、肝心な時はいつだってそうだった。


あの、黒い太陽が落ちてきた時だってそう。

仲間と一緒に帰っていれば、何事もなくきっと無事だったのに。

 

自嘲を含んだ笑み。

王神の視線の先には、手持ち無沙汰にふらふらしている『紅』の姿。

 

恐らく怜亜は、あの『紅』が、律儀に王神にまで現状報告をしてくるなどと、

予想もしていなかったのだろう。



「危うく、騙されるところだった……」


むしろ、誰よりも愚かだったのは、王神自身だったのだろう。

このまま大人しく、手紙を鵜呑みにしていたら。

後悔じゃ済まされなかったに違いない。



「感謝しよう。仕事熱心な『紅』よ」

「……」


頭下げるも、案の定無反応。

王神は、それにますます笑みを深めて。




「……つまり、これを外してしまえばいいわけだ」


怜亜と紅。二人の意見を尊重し、吟味し、王神なりに出した答え。

呟きとともに炎を内包せし宝珠を手に取ると。

ばしゃんと纏められし水の決壊する音。



「おっと」


怜亜らしく、ゆっくりと前のめりになる所を、そのまま体で受け止め、その場を離脱。


これで目を覚ましたら、初めて全力で怒られそうだなぁ、なんて王神が思っていると。

辺りに響くは、警告音。


宝珠の炎を見る限り、まだそれは完成されていないのだろう。

この状況で、持ち去ろうとすればどうなるか。

当然、ここを守護する敵方のお出ましになるに違いなくて。


ひしひし、刻一刻と感じる、強大なアジールに辟易しつつも。

王神は荷物とともに、怜亜を安全な所まで運んでいって。


宝珠を携えたまま、自身のアジールを高めてゆく……。



           (第326話につづく)






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