第326話、転ばぬ先の杖な癖で、なんとはなしに契約していたから



「ギィエエエエエエェェッ……!!」

「……おいでなすったか。参ったね、こりゃどうも」


次の瞬間。

不快極まりない奇声を上げて現れたのは。

どこまでも黒い、言うなれば肉食恐竜の足、だった。


その指一本が、王神の胴ほどもある、どす黒い五本の爪。

それと対を成す、踵後ろの青黒い鉤爪。

極めつけは、足首の付け根にある、瞳孔の開ききった金色の瞳と、血の滴るような口。

アジールで計る能力者ランクで、少なく見積もってもAA以上か。



はぐれファミリアを見つけ出し、力を示して能力により従わせる。

それが戦闘における王神の能力、【皇蓮操神】。


しかし、未だかつてAA以上のものを捕え、使役できた事はなかった。

それでも、やらなくてはいけない。

今の王神には、思いつく限りそれしか術はなかったから。




「受けろ! 【皇蓮操神】っ!!」


先手必勝。

王神にしか見えないはずの赤色の光彩が。

縒り纏められ、光糸となって左足の怪物を襲う。



「ギェッ!?」


案の定、避けもせずにそれを受ける左足。

赤の線は、いくつも左足に突き刺さり、絡み合い、飛び上がろうとしたそれを、一時的に押さえつける。


「ギエエエェェッ!!」


だが、左足の動きを止められたのは、一瞬だった。

奇声上げ、足首に血管は知らせ、その口を開く。


その奥には、破壊の塊。

受ければ、ただではすまないだろう。


 

「汝、我が統制下に従属せよ! 代価この俺自身だっ!!」


故に、それより早く、最後の切り札。



「ぎ、ギィエッ!?」

「……かはっ。ぐっ。ぐおおおおおぉぉっ!!」



途端、操りの力が逆流し、頭がかっと熱くなる。

先程掴まった時と同じ現象。

このまま押し切られれば、そこですべてが終わる。



……だったら、あがいてみようじゃないか。


この脳に刃突き込まれたような痛みを一度、経験できたのは大きかった。

慣れることはないだろうが、まだ耐えられる。



「ギアアアァァァッ!!」

「ぬぅおおおぉぉぉぉーーっ!!」


そこからは、戦のあやも何も無い、単純な我慢比べだった。

ついには神経が焼き切れ、痛みが皮を突き破り、血の雨をかぶったかのように、王神の視界が赤く染まる。


それでも、捕らえし赤線を離さずにいれば。

その痛みは、首を通り、全身を駆け巡る。

まるで、痛みそのものになってしまったかのような、奇妙な感覚。

相手の過ぎた力に、全身と言う全身から、血が噴き出してくる。



「ぎ、ギィッ……!」

「がっ……ぅおおおおぉぉぉっ!!」


腰が砕け、膝が笑い、立っているのか座っているのかすらも分からずに。

王神はただただ、声を上げていた。


男は黙って行動。

……結局の所それすらできないのか、なんて内心で自嘲して。



「……ィッ」


そんな王神の意識が剥離されるその寸前に。

ひたりと止む相手の抵抗。


王神は、ふらふらと立ち上がり、寄り掛かり倒れるようにして、取ったばかりの宝珠を嵌め直す。


そして……真の強者であった左足に、笑みを浮かべて問いかける。




 

「……お前、名を何と言う」

 

―――サディ・フィット。



返ってきたのは、テレパシーのような言葉。

それは、王神の能力が、彼に通った証拠でもあって。




「よし、サディ・フィット。この台座の上に……ウェイトだ」

「ギッ!」


息も絶え絶え命じれば、短く鳴いて跳ね上がり、台座へと飛び乗る左足。




「……すまないな」



―――この試練は、俺たちの勝ちだと。


王神は、一つ謝辞を述べつつ。

先程押したものとは別のボタンを押す。


すると、薄桃色のガラス状のものがぐんとせり上がって。

先程に比べ、何倍もの大きさに膨らみ、サディ・フィットを呑み込んだ。

それでも彼は微動だにせず、座したままで。



それ以降は、自身の業が咎められているようで。

流石に見ていられなかったが。



それでも、魂の力は。

王神と怜亜の分もあって、それなりに溜まっていたのだろう。


王神が再び顔を上げた時には。

充電完了を告げる、鈍く桜色の光を放ち続ける『魂の宝珠』がそこにあって。



「……」


水に浸かり、雁字搦めになっても動かないサディ・フィット。

もう一度だけ頭を下げ、王神は再び宝珠を取り出す。



今度は何も起こらなかった。

王神は、試練に勝った事を実感しつつ、宝珠を懐に入れる。

後は、怜亜を連れて、袋小路の逆、延々と続く道を引き返せばいい。



そう思い、怜亜に視線を向けようとして。


しかし王神は、彼女の姿を捉えることはできなかった。


目前に見えるのは。

彼女の寝顔ではなく、赤黒い地面。




(ああ、顔から倒れこんだのか……)


そう気づいたのは、したくもない地面との一次接触をし終えた後で。



(おかしいな。海鳴りが聞こえる……)


転んだ衝撃すら感じられなくなった王神は。

それが本物であることすら、気づける余裕はなくて。




(誰か、助力を……)


王神は能力により、何体かのはぐれファミリアと契約をしていた。

呼べば助けに来て、運んでくれる。


そう思っていた。

当然、ここが外の世界と遮断された、閉ざされし異世であることなど、考えにも至らなくて。



(……あった、一つ。頼むっ、応えてくれっ……)


それでも、一本だけ繋がっていた糸。


何故、その一本だけだったのか。

それは誰に繋がっていたのか。


王神は、確かめることはできなかった。



何故ならその瞬間。


王神の意識は、深い深い闇に呑まれていたからだ……。



            (第327話につづく)






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