第59話、トップスター青様、乱入する
―――『喜望』主催のチャリティーライブ。
そのライブは、この場所桜咲中央公園で行われるのは3回目になる。
その他の場所も含め、今日で15回目になるこのライブは、さまざまな災害、
特に『パーフェクト・クライム』の件においての災害復興のために、『喜望』が中心となって行うライブのことであった。
今回出演するアーティストたちのほとんどが、『喜望』の所属アーティストである。(とは言っても、カーヴ能力者であると言う意味ではなく純粋にアーティストとしての所属)
そんな中で、ネセサリーは出演を公表されていないシークレットゲストであったが、それはあくまで表向きだ。
まあ、あれだけ宣伝しながらやってきたのだから、当然知己の姿を見た者が多いというせいもあるだろう。
「ねえねえ、カナリちゃん。知己たちって今日出るんだよね?」
「うん。そうみたい」
「そっか、よかった。来たかいがあったのだー」
そんな背景のあるライブに出演する一組目が登場するかしないかの時。
それでも確認するかのように美弥がそんな事を聞いてくる。
そう言えば、行きでは彼女たちとは会わなかったなと思い出し。
別に隠す必要もないと思ったので、カナリは素直にそう答えた。
美弥の人となりが穏やかなせいか、大抵人見知りするカナリも、気づけば彼女とは自然と打ち解けていた。
その言葉だけで嬉しそうな美弥を見ていると、カナリ自身まで嬉しくなってくるのだから、それはもう美弥の才能と言えなくもないんだろう。
『それではトップバッター! メディアウェイブの登場でーっすっ!』
そんなやり取りをしていると、やがて響く場内アナウンス。
無意識なのだろうか、ライブの感覚にあてられたのか、興奮したように軽く跳ねるちくま。
カナリ自身だって、それは新鮮な空気だ。
それはどちらかと言うと、いつもと状況が違う、そんな感じで。
少し大きすぎるほどに響く、アップテンポの前奏とともに。
登場口から次々と駆けるように飛び出してきたのは、華やかなフリフリのステージ衣装を身に付けた少女たちだった。
『……ランチタイム・ダック!』
どうやらダンス、あるいはパフォーマンスと歌が中心の、いわゆるアイドルグループというやつらしい。
色とりどりのステージ衣装に身を包んだ少女たちに、思わず目を奪われていると。
そのうちのセンターにいる1人が、リズムを取りながらこれからやるらしい曲名を叫んだ。
「……?」
どういう意味だろう?
カナリがそのタイトルに、思わず首を傾げていると。
すぐにそれに答えるかのように、センターにいる二人の少女が歌い始めた。
教えて欲しい、普通って何?
私はここ、気づいて欲しい……ランチタイム・ダック!
一つになるパワー、みんな似てて、みんなが違う。
そう、だって、それが人の愛なねじれだもの~♪
「……っ、ちくま、これって?」
「う、うん。こ、これは……」
どうやらそれなりに有名な曲らしい。
周りの子供たちはもちろん、美弥も恭子もランチタイム・ダック! のあいの手を入れている。
二人はそんな光景にちょっと驚いて、そう囁きあった。
いや、そのシュールな歌詞についてではない。
舞台上の少女たちの、演奏から……歌から発せられる、微力なカーヴのような何か、についてである。
「もしかしなくても、これってカーヴの力? あの人たちは、カーヴ能力者なの?」
今日の出演者の中には、ネセサリーの知己や法久以外に能力を有する者はいない、と聞いている。
中には圭太のようにシンカー落ちして一般人となったものはいるかもしれないが……。
「ううん、わかんないよ。でも、確かにカーヴの力……うーん、ちょっと違うのかな?」
「違う? 例えばどの辺が?」
「なんて言うのかな、説明するの難しいんだけど、僕らの力と比べて柔らかい気がするんだ」
曖昧にそう答えるちくまを受けて、カナリはもう一度、ステージ上で歌っている少女たちに目を向ける。
だが、カナリには、よく目を凝らし耳を澄ましても。
カーヴ云々よりも洗練された一体感のあるダンスと、一人一人が別のパートを担当して、音を何重にも調和させるという……一見のコミカルさとのギャップが浮き彫りになるばかりだった。
カーヴの事とは無関係に本当にうまいなと、カナリはそう思う。
これだけの実力があってもカーヴに縁のない人がいるのだから、この世は不条理なものだと。
彼女たちは、大人数のグループという特徴を大いに活用している気がした。
これは1人の歌い手や、バンドには出せない魅力なのだろう。
カナリが道を外れてそんなことを考えていた時。
凝視するように彼女たちを見つめていたせいか……ふと、センターにいる少女の1人と目があった。
―――どっちが上か、一度知っておきたかったんだよね!
「……っ?」
そしてその瞬間。
再びカナリの頭の中に、そんな自分自身が発したと分かるフレーズが、なつかしさとともに木霊する。
まただ、とカナリは心中で1人呟いた。
ここに来てから、どんどん何かを思い出している気がして。
ひょっとしたら自分は記憶を失う前、彼女たちとも面識があったのではないか。
カナリはそう思い視線を合わせつづけ、訴えつづけたが……。
しかし、やはりそれはよくある気のせいだったのか。
やがて何もなかったかのように、向こうが視線を外してしまった。
「ほら、カナリちゃん。ノリが悪いのだっ。いっしょにうたおー、なのだっ」
それでも諦めきれずにこっちを見てくれないものかと、凝視していると。
耳打ちするように、美弥がそう言ってくる。
見れば、隣のちくまは子供たちと一緒になって「ランチタイム・ダック~♪」と叫んでいた。
そうなると、断る理由が見つからない。
会ったことがあるかどうかは、ライブの後でも聞けるだろう。
「う、うん」
カナリはそう考えて、それに頷いた。
心中では、ちょっとなー、とか思いながら。
と……そんな時だった。
時間で言えば二分少々なのだが、不意に曲調が変わり、バックサウンドの音量も落ちる。
何が始まるのかと思っていると、やっぱり美弥がそれを教えてくれた。
「この歌、ここでいっつもラップが入るのだ。ライブの時は、ゲストが担当するから、たぶん……」
わぁーっ!!
だが、そんな美弥の言葉は最後まで届くことはなかった。
舞台上に花火が打ちあがり、その煌びやかな光にまぎれるように一人の人物が登場したからだ。
よほどの大物らしく、周りの歓声はどんどんと膨れ上がる。
『……Ba-Chu,Babe!But-Chu,Babe!!』
テンポの激しいブレスと、とにかく高いテンション。
今までの可愛らしくもシュールな曲調とは少しばかり毛色が違う、というか。
濃ゆい気がするのはもちろん、いい所を全て持っていってしまった、そんな感覚すらある。
カナリから見ても、現れたその人物……まだ少年といってもいい風貌のその人物は、周りの黄色かったり、野太かったりする歓声にも納得できるほどの美形だった。
知己のような憂いと妖艶さを含む、シニカルなものでもなく。
どこまでもピュアで、時に稚拙なところさえ窺えるちくまとも違う。
お飾りの無くてもいいような銀縁の眼鏡以外、特筆すべきところは特にないように思えるのに、どこか惹かれてしまうような……まさに偶想、と呼ぶのにふさわしい黄金律をなした少年……あるいは青年である。
『ノリ最高っーー!』
『青様ーーっ!』
彼の名前なのだろう。
周りの観客たちは、彼のラップの合間を縫うように、そう連呼する。
「ねえ、カナリさん。僕の気のせいかな? あの人、どっかで会ったような気がするんだけど。初めてみる人なのに」
「わたしも、何かどこかで見たことあるような気がするわ……」
二人して、微妙な表情を浮かべていると。
それを不思議に思ったのか、美弥が首をかしげながら声をかけてきた。
「あれ? なに、二人とも。『ノリ』のこと知らないの? さっきまで一緒にいたんじゃなかったのだ?」
「うん、わたしもそう思うんだけど、目の前の事実が信じられないというかなんて言うか……もしかしなくても、あれって法久さんなの?」
ついさっきまで一緒にいて、青様とかノリとか呼ばれそうな人物など、一人しか知らない。
カナリがおそるおそるそう言うと、美弥は当然とばかりにこくりと頷いた。
そしてさらに、得意げに言葉を続ける。
「うん、そうなのだ。……あ、わかった。きっと二人は、いつもの青木島さんしか見たことなかったんだね。青木島さん、舞台に上がる時はへんしんして『ノリ』になるのだ」
「ふ、ふーん」
変身って逆じゃないのかなと思いつつも、相槌を打ってしまうカナリ。
なんとなく心中では、ジョイと同じで異なる形態をいくつか持つファミリアなのかなと考えていて。
「ねえ、カナリさん。僕たちに見せたかったのって、法久さんのあの姿じゃないよねぇ?」
「……たぶんね」
まさか、そんなわけはないだろうが。
カナリはちくまのそんな問いに、断定は出来なかった。
ひょっとして、ちくまの言うことも一理あるんじゃないか、そんな事を思ってしまったからで。
あのいかにも得意気で、自信満々な見知らぬよく知る人物を見ていると。
どうもそんな気がしてならない、カナリなのだった……。
(第60話につづく)
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