第60話、未来のために、もう一度……



それから、やるだけやってあっさり姿を消した法久?の盛り上げの効果があったせいか、テンションの熱く燃えるライブを……二人は体験することができた。


1アーティストにつき、2、3曲程度で。

代わる代わる様々なジャンルのアーティストの競演は、ここに来て良かったと思えるような、強い何かがあった。


その何かは、それぞれのアーティストごとにその色は違えど、出てくるどのアーティストも発していて。

 

その歌声を聞いているうちに、そのカーヴの力に似て非なるものがなんであるのか、知己たちが伝えたかったことは何なのか、カナリは分かったような気がしていた。



そしてそれを自分の中でまとめようと思い立った時。

その日のライブは、ピークを迎える。

それは透ける青空と、今の今まで頂点にいた太陽が、その熱くなり過ぎた熱を冷まし、還るために降りてこようとする時分だった。



『さあ、お待ちかね、既に公然の秘密と化した今日のシークレットゲスト! 『ネセサリー』の登場だっ!!』


そのピークにあわせて花火が上がり、最高潮に盛り上がるアナウンスと観客席。



「待ってましたなのだっ!」


今までノリはよくても、しっかり座り込んでライブを楽しんでいた美弥が立ち上がり身を乗り出す様を見て、カナリも心中では不本意、とか思いながらも何故か高揚を抑えられなかった。

とっくに立ち上がっていたちくまも、身体全身に力が入っているのがよく分かる。



そして今まさに自分がステージに立つんじゃないかって思うくらいの感情の中。

そんなカナリたちを迎えてくれたのは、重低音のベースと軽快に踊るギター、

加えて今までのアーティストたちとは比べ物にならないほどの圧力だった。



「ちくまっ、これっ。すごいカーヴの力っ?」


それはまるで、知己自身がそのアジールを開いて、自らの能力を展開したような圧迫感に似ている。


「うん、うんっ。で、でも……なんでだろう? 全然、まったく怖いって感じがしないよ?」


そうなのだ。

その度合いと大きさだけならのまれたら最後、落ちてしまいそうな圧倒的なものなのに、ちくまの言葉通り怖さといったものは全く感じられなかった。

むしろその逆、暖かく包み込まれ安心できるような……そんな力だ。

 


その力に捲かれ圧さるように、白いカーテンのような煙は空に舞い上がり。

やがて舞台上で演奏するネセサリーが見えてくる。


言わずもがな、中央のマイクのある位置には、知己がいた。

その表情は、カナリが今まで見たどれとも違うものだった。


それは、たとえて言うなら夢うつつ。 

瞳を閉じているせいもあるだろうが、そう表現するのが一番近いんだろう。


そんな知己は、流石に見慣れた『喜望』仕様のジャケットではなく。

真紅の革ジャンに、足元の広がったジーンズといった格好をしていた。

 

その右隣を守るように固めるのは、どうどうとした体躯に赤茶の髪を立てた、ベースの圭太が。


その左隣には、先程ステージを盛り上げてみせた、わずかに青の含んだ黒髪を肩越しにさらりと流す、ナルシストなイケメン風の、未だ法久と信じられそうもない人物がいる。


その背後にはキーボードの稲葉とドラムの峯村が。

競うように、ネセサリーという世界を支えていた。


相変わらず、ステージから放出されるその力は凄まじいものがある。

もし、何も話を聞かされていなかったとして、いきなりこれを見せられたらと考えると、ゾッとしなかった。



見た目も、知己のカーヴを彷彿とさせる虹色なのだ。

おそらく、これがネセサリーのカラーとでも呼ぶべきものなのだろうが。

そこまで考えて、そう言えば知己の歌声を聞くのは、これが初めてだということにカナリは気づく。


カーヴ能力を使役している時でも、自分やちくまとは違い、その歌声を聞く事はなかったからだ。



と、そんな事を考えていると。

先程のような気のせいではなく、これから歌おうと言わんばかりの知己と目が合った。


それは、正確にはこちらの方を見た、と言う表現の方が正しいのかもしれないが……。


ここに来た意味をしっかり目に焼き付けようと、カナリが見返していると。

その時が満ちるのを待っていたかのように、知己はマイクに口をつける。


すると。

流れ包み過ぎ去っていく風のように自然と。

その声が耳に、心に届いてきた……。







―――いつでも、みんなが今を生きていくことは……。


―――出会い、別れを、何度も繰り返してる。


―――交差する思いが、溢れてるステージ。


―――例えば一度の人生だとしたら、思い切り……笑って生きたい。


―――時には自分本位な罪悪感、不器用に悩むけれど。


―――仕事も、恋でも同じことなんだきっと。あとには引けない瞬間がある。


―――なんでも刹那だけじゃダメだけど……誤魔化しの毎日はもういらないから。


―――寂しい人がたくさん暮らすこの町に、優しい笑顔の花が咲き乱れるまで。


―――精一杯の……笑顔でいたい。







そして。

その瞬間、カナリの元に届いて来たのは。

思ったよりも高く、透明感のある知己の声だけではなかった。



頭の中がカッと熱くなるような。

カナリ自身が忘れていた、記憶の奔流が流れてくる。




「……うず先生」


ぽつりと呟くその声は、半ば擦れ、周りの喧騒にのまれていく。


どうして、『ネセサリー』という言葉を聞いた時に思い出さなかったのだろう。

カナリは、そう思った。


自分は確かに、知っていたのだ。

このネセサリーと言うバンドのことを、深く、深く。



身体は大きいけれど根のやさしい、ベースの紅さん。


こまごまと場を盛り上げるのが常の、ちょっと意地悪なとこもあるギターのノリ。


その妖しい雰囲気と、可愛い物好きのギャップが激しい、ボーカルのともみん。


それから……どんな悪戯も、わがままも穏やかに受け止めてくれる。

ほわほわの空気のような、ドラムのうず先生。……またの名をナオさん。





―――『世界に笑顔の花が咲きますように』


なんでもないことのように、のんびりと呟いたそんな言葉。

それを為すために、自分たちはたくさんの事を彼……うず先生から学び、成長してきたはずだった。


彼のその言葉を使命としたのは、決して強制などではなく。

自分たちの意志でそうしようと決めたのに。



その言葉を生んだ彼は、もうどこにもいなくて……。



その間にも心に届き続けるネセサリーの歌は、確かに心地よく心安らかになるものなのに。

今はもう、うず先生がいないのだと。

それだけを証明しているものに思えてならない。




そんなうず先生に、最期に教えられたものはなんだっただろう?

カナリは、持て余す記憶に流されながら、そんな事を思う。


確かそれは、『パーフェクト・クライム』の力が降臨した最初の日で。



『―――ネセサリーには、気をつけなきゃいけないよ……』



そう思うカナリの考えに答えをくれるように。

そんなフレーズが浮かび上がってきた。


そう、それこそが……うず先生の最期の言葉だった。



カナリはその言葉を反芻し、意味を考えてみる。



(気をつける。一体何に対して? 分からない、わかんないよ、先生……)


こんなにも近くにいる自分は正しいのだろうか?

でも、少なくとも、彼らとともにいる事を、自分は嫌だと感じていないし、うず先生のいない事を考えさえしなければ。

このネセサリーの世界に、ずっと浸っていたいと言う気持ちは確かにあった。


こうなってくると、自分ひとりで考えていてもどうしようもなくなってくる。

そして、今さらながら……自分は今一人である事実に気づいた。



(何で、何で一人なの、わたし?)

同じ使命を受けた、同じ仲間がいて。

互いにトクベツなひとがいたはずなのに。


「……っ」

それらが誰なのか。

考えようと思い出そうとすると、烈しい頭痛がカナリを襲った。

まるで、もう一人の自分が思い出すなと絶叫しているみたいに。


だから、その時カナリは。

自分のことで手一杯になっていて。


辺りに異常が起きていることなど気づきもしないのだった……。



             (第61話につづく)






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